第17話 卒業試験と出発

翌日、俺は卒業試験をするためにフリンと一緒にカーフさんの家を訪ね、裏庭へと案内される。


「じゃあ、練習の成果を見せてもらいましょう。数日で詠唱魔法はさすがに難しいでしょうけど……課題を発見できれば万々歳ね」


「まあ見ていてください。――いきます!」


そう言って俺は右手を上に突き上げ、静かに魔力を練る。


――何度も繰り返し練習した事象のイメージと魔法陣の融合もばっちりだ!

これならいける!


火球ファイアボール》!


キンッという金属をはじくような鋭い音と共に魔法陣が現れ、人がすっぽり覆われる位の大きさの火球が打ち出される。

――燃え盛る火球は空高く上がり、やがて弾けるように消えていった。



「し、信じられない……!こんな短期間でこれほどの魔法を身に付けるなんて……」


カーフさんは腰を抜かさんばかりに驚き、フリンも目を真ん丸にして固まっている。



「す、すみません。 ちょっと張り切り過ぎました……」


「すぐにでも各国の騎士団や魔導士ギルドからスカウトがきてもおかしくないわ……」


「ユウガさん、スゴすぎです!普通に戦っても物凄く強いのに、魔法まで……」


「普通、詠唱魔法は魔法陣に比べて魔力が逃げやすいので、例え得意属性でも威力が落ちるはずですが、全く問題ないようですね……! 多くの魔法使いはその威力低下を補うために杖を用いて増幅させたりするものなのです」



「なるほど……ちなみに、この詠唱というのは省略しても大丈夫なんでしょうか。一度イメージの紐づけができてしまえば、詠唱をしなくても魔法は発動するようですが……」


「たしかに、詠唱自体はなくても発動できますよ。ただ詠唱した方がよりイメージが固まりやすく、結果として安定した発動につながるのです。――特に戦闘中などはあらゆることに意識を割かねばなりません……そういう時に詠唱という動作を入れることで発動に失敗する危険性を下げることができるのです」



「――なるほど、よく分かりました。ありがとうございます……!」


確かに実践で使うとなると確実で安定した発動が求められるよな……

魔法職は基本的に前衛に出ないだろうし、狙ったタイミングで確実に発動できる方が合理的ということか。



「……もう私が教えることはありませんね、文句なしで合格ですユウガさん!」


カーフ師匠に“合格”をもらい、俺は頭を下げてお世話になったお礼を言う。


「本当にありがとうございました。ずっと魔法を使いたいと思っていたんですが、カーフさんのお陰で魔法の世界の入口に立つことができました……! これからもまだまだ精進します」


「あなたなら偉大な使い手になれるかもしれませんね。――合格のお祝いと言ってはなんだけれども、私が持っている基本属性の魔法陣を差し上げます。是非お役立て下さいね!」



再びお礼を言ってからカーフさんの自宅を後にし、フリンと一緒に家に向かう。

広場にさしかかった時、最後まで残っていたキャラバンの商隊が荷物をまとめて出発しようとしている様子が目に入る――


「あれだけ賑わっていたのに、一気に寂しくなるなあ」


「またすぐに来ますよ! 行商人たちはアナナスに行って大森林で採れた薬草類の仕入れを行うんですけど……薬草はどこの国でもいっぱい使うので、定期的に仕入れに来るんです」


「なるほど、そうするとアナナスは結構交易が盛んな街なんだな……!どんな所か楽しみだ」




家に帰り、4人で出発前最後の夕飯を囲む。

今夜はフリン達がささやかなお別れ会を開いてくれた。


特製のカロ鍋を食べながら、兄弟と出会ってから今日までの思い出を振り返る――


フリン達のお陰で大迷宮の生活で荒んだ心に沢山の栄養をもらった。

こんなに短期間で“人間”に戻してもらった恩は決して忘れられない。


……本当にいい家族だ。

これからも睦まじく暮らしていてほしいと心から願うのだった。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


次の日、フリンとフロウに見送られて俺はアナナスへと出発した。

涙を必死に我慢するフリンの頭を優しく撫で、西へ一歩を踏み出す。


アナナスに行く目的は、もちろん冒険者登録をすることであるが、このトゥリンガで一番の都市であるアナナスであれば珍しい薬草類があるのではないかと考えたのも理由の一つだ。


昨日セラさんを見たが、やはり体調が優れないようだった。

フリンが言うには内臓系の病気らしいが、もしガンだったら薬草で治るのだろうか……?


そもそもガンという病気の概念がこの世界にあるのかも分からない。

こういう時に医者の信征であれば適切な診断ができるかもしれないが、ない物ねだりをしても仕方ない。

俺は俺にできることを積み上げるしかないのだから……




アナナスまでの道のりは、商人たちが頻繁に通るためか意外と整備されていた。

もちろんアスファルトで舗装された日本の道路とは全く異なり、馬車が通れるように木や草が刈られているといったレベルの話である。


夜になれば街道の脇にある適当なスペースで野宿する。

――数日ぶりの野宿だが、すでに慣れっこだ。


手際よく寝床を作り、収納バッグから食料を取り出す。

覚えたての魔法で薪に火を付け、“懐かしの”黒龍の肉を取り出して炙ってみる。


するとどうだろう……今まで嗅いだことがないほど豊潤で上質な肉の香りがするではないか! 火で炙るだけでこれほどまで変わるのか……!


表面を焼目が付くまで炙り、しばらく余熱で内部に火を通す。

これを数回繰り返した後、ナイフで半分に切って断面を確認する――

よし、完璧だ……!



口に運ぶとA5ランクの肉が裸足で逃げ出すような濃厚な旨味が広がる。

生命力のみなぎり方も相変わらずだ。


これは改めて黒龍に感謝を捧げねば……


“食”という旅の新たな楽しみを得て、今日も夜は更けていく――

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