第14話 魔法の基礎

散歩から戻って玄関を開けると、家の中からドタバタとフリンが走ってくる。

俺の顔を確認するとホッとした様子で出迎えてくれた。


「もう! どこかへ行くなら教えてくださいよー! 心配したじゃないですか!」


プリプリと怒るフリン。

……何だか怒ってるのにかわいいな。

俺はポンとフリンの頭に軽く手を乗せ、髪を撫で付けるようにしながら謝罪する。


「悪かった、気持ちのいい朝だったんで少し散歩をしてたんだ」


「むむむー、まあいいですけど……ご飯できてるので食べましょう!」



夕食に続き4人で食卓を囲む。

皆でゆっくりと食事ができると思っていたが、何やら今日はフロウが村の狩猟チームの一員として出かける日らしい。

フロウは早々に朝食を切り上げ、俺たちとの会話を起用にこなしながらリビングの片隅で入念に弓の張り具合を確認している。


俺とフリンは食事を済ませた後でフロウを見送り、再びリビングへと戻ってフリンの洗い物を手伝いながら今日の予定を確認する。



「今日は私の師匠の所へあいさつに行きましょう。さっき薬を買いに行ったときに偶然会って、ユウガさんのことを話しておきました。珍しく師匠も気になっているみたいですよ!」


「そりゃありがたい! 楽しみだな」




洗い物を片付けた後、俺は早速フリンにその師匠の自宅へ案内してもらう。

師匠は村で唯一の魔法使いで、名前はカーフというらしい。


フリンが玄関のドアをノックすると、人間でいえば50代位の女性がドアを開けて迎え入れてくれた。 犬の獣人だろうか――耳や尻尾がそれっぽい感じがする。



「はじめまして、ユウガ=スオウといいます。 フリンが魔法を使っているのを見て、自分も使えたらと思ってこちらにお邪魔しました。よろしくお願いします」



「フリンから聞いていますよ。私はカーフと申します、こちらこそよろしくお願いします。 私など昔冒険者をしていた頃に魔法を使っていただけで、人に教えられるような腕前ではありませんが……」


そう言って苦笑いを浮かべるカーフさんにフリンがすかさずフォローを入れる。


「そんなことありません! 師匠の教え方はとても分かりやすくて上手なんですよ!」




場所を裏庭に移し、まずは基本的な知識を一通り教えてもらう。


「まず、魔法には属性というものがあり、火、水、土、風という基本属性が存在します。これらを組み合わせた雷や氷などの複合属性もありますが、当面は基本属性のどれかを集中的に鍛えると良いでしょう。

 また、属性を持たない無属性魔法というものもあります。――例えばシールドや武器や体の強化など、支援系の魔法がこれに該当します」



なるほど、雷や氷は応用の扱いなんだな。

まずは火属性魔法の習得を急ぎたい所だ――また生肉生活には戻りたくない……



「そして次に魔法の階級ですが、威力や複雑さに応じて初級、中級、上級、超級にランク分けされています。 一応〈究極魔法〉という階級もあるようですが、これは神話の中で出てくるような代物ですので気にしなくてよいでしょう。

――ここまではよろしいですか?」


「は、はい……! 何とか大丈夫です」


「では、次はもう少し難しい話になりますが、魔法の発動に必要な工程についてお話しします」


そう言ってカーフさんは祈る様に両手を胸の前で組み、体から青白い光を発し始める。


「これは〈魔力練成〉という工程です。魔力を知覚し、練磨して体の外に放出することでこの青白い光を発するようになるのです。――魔法を使える者と使えない者を分けるのは魔力を知覚できるか否かですから、まずはこれができないと魔法を使うことはできません……フリンのように魔力を知覚できるのは大体2~300人に1人と言われています」



「それならユウガさんは大丈夫だよ! ねえ、ユウガさん?」


フリンが嬉しそうに聞いてくる。


「ええ、自己流ですが……練成の工程まではできると思います」


そう言って俺は魔力を練り上げ体の周りに纏わせてみせると、カーフさんはそれを見て驚いた様子で感嘆の声を上げる。



「あら、何て流麗な練成でしょう……これほど滑らかに練成ができる人は見たことがありません……! これなら今日中に基礎は終えることができそうね!」


カーフさんはコホンと軽く咳払いをして、次の講義に移る。


「では、次は〈術式構築〉の工程を説明します。

基本的に魔法は全て〈術式〉と呼ばれる魔法回路に魔力を流すことで発動します。 紙などに描いた〈魔法陣〉を使ったり、〈詠唱〉という方法を使って発動するのが一般的ですね。――これも実際にやってみましょう。今からお見せするのは《火球ファイアボール》という魔法です」


そう言うとカーフさんは魔法陣が描かれたお札のような紙を取り出し、そこに魔力を流し込む。


――すると魔法陣が光り出したと同時に小さな火の玉が飛び出し、フワフワとその場で漂った後、やがてしぼんで消えていった。


「どうです、簡単でしょう? 魔法陣を使えば魔力練成ができる者であれば誰でも魔法を発動できます。 ユウガさんもやってみて下さい」



カーフさんから札を受け取り、言われた通り魔力を込めてみる――


ぼうっと魔法陣が光り出し、人の頭位の大きさの火球が出現し空へ打ち上げられる。――火球はそのままグングンと上がっていき、燃え尽きたのかその内見えなくなってしまった。



「ユウガさんすごーい! あんなに大きな火の玉初めて見ました!」


フリンは興奮した様子で飛び跳ねる。


「確かにすごいですね…… でも紙の魔法陣は魔力を込めすぎるとすぐに使えなくなってしまうから、魔力量が多そうなユウガさんには向かないかもしれませんね」


手元の札を見ると、確かに一度使っただけで焦げて使えなくなってしまっていた。

道具に頼る場合は魔力の調整が必須だな……



「それでは次に、もう一つの方法である〈詠唱〉について説明しましょう。これは少し理解しにくいかもしれませんが……」


カーフさんは少し間をおき言葉を続ける。


「詠唱魔法は先程の術式を魂に覚えこませて発動させるものだと思ってください」


???

よく分からない……

そんな感情を察してか、カーフさんは微笑みながら説明を補足する。


「やはり言葉だけでは分かりずらいですね。多くの魔法使いが同じことを思っていますのでご安心ください。――どちらかというと、これは実際に繰り返しやって覚えこませる類のものなんです」


カーフさんはそう言うと右手を高く上げる。


火球ファイアボール》!


キンッという音と共に右手の上に魔法陣が出現し、先程俺が出したのと同じくらいの火球が発射される。


「今くらいの発動時間と威力であれば合格です。練習頑張って下さいね!」


「ユウガさんならきっとスグにできますよ!」



「まずは火属性がやりやすいかもしれません。ユウガさん、頭の中で火をイメージできますか? そのままの状態で魔力練成を行ってください。――そこまでできたら、後はひたすらこの魔法陣とにらめっこです」


そう言ってカーフさんは先程と同じ魔法陣が描かれた札を取り出し、俺に手渡す。



「魔力は魂から生み出されます。練成によって魂が活性化した状態で、火という事象のイメージと、魔法陣を紐づける訓練をするのです。 先ほど魔法陣は魔力を流すと発動すると言いましたが、流す魔力が一定以下の場合は発動せず再び体に戻ります。 それを利用して、ひたすらに火の魔法陣と魂の間で魔力を循環させてください」


とりあえず言われた通りにやってみる。

魔力を練り、ほんの少しだけ魔法陣に流し込む――確かに今度は魔法が発動しない。魔力がゆっくりと体に戻っていくのを感じる。


なるほど、戻って来た魔力は最初とは少し性質が違うようだ。

こうやって“紐づけ”を体に、魂に覚えさせるのか……




――ここで俺はふと思い立って魔法陣に〈検索〉を掛けてみる。


頭にズシンとした衝撃が走り、頭痛がする……

少しよろけてしまい、フリンが慌てて駆け寄って来る。


「ごめん、少し集中し過ぎたみたいだ。もう大丈夫」



「術式の記憶は宿題にしましょう。こればかりは反復練習が必要ですから、諦めずにコツコツ取り組んで下さいね。 本当は〈魔導士ギルド〉で適正属性を調べてから、得意属性で練習すると早いのですが……トゥリンガには魔導士ギルドがありませんので機会があったら調べてもらうとよいでしょう」


カーフさんにお礼を言って、今日の授業は終了となった。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


――家に戻って昼食を食べ、洗い物をしているフリンに尋ねる。


「なあフリン、これから少し森に入って薬草を取ってこようと思うんだけど、何か特徴とかがあれば教えてくれないか? 図鑑みたいなものがあれば一番なんだけど……」


「ありますよ! 昔行商に来てくれた商人の方に安く譲ってもらったんです。ちょっと待っていて下さい、すぐに取ってきます!」


フリンに手渡されたのは、〈森の薬草〉というタイトルの本だった。

パラっとめくって中を見てみると、挿絵も付いていて非常に分かりやすい構成だった。


「この薬草が欲しいんです!」


この前フリンが言っていた薬草だろうか……〈パンデオン・キュアグラス〉という仰々しい名前が書いてある。効能の欄には万病に効果があり、特に内臓系の病によく効くらしい。


「分かった! もし見かけたら必ず持って帰って来るよ。夕飯までには戻るからよろしく」

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