第12話 兄妹との出会い
「大丈夫か――!?」
存在感知を使い周囲の狼を全て片付けたことを確認してから、俺は手負いの少年に声を掛ける。
「あなたは、一体……?」
信じられないというような顔で呆然とする兄の元へ少女が駆け寄る――
「フロウ兄ぃ! よかった! 本当によかった……!」
「フリン……! ごめんよ、危ない目に合わせて本当にごめん……!」
抱き合いお互いの無事を喜び合う兄妹の様子を見て、思わず口元がほころぶ。
仕事柄、何度も大切な人を失った人々の顔を見てきた。
あの時の自分はただ仕事として向き合うだけで、どうしようもなく無力だった……
だが今は違う。この力を使えば、今度は立ち向かうことができる。
もっと強くなって、いつか――
「あの……!」
気が付くと兄妹はこちらを向いて頭を下げていた。
「本当にありがとうございました! 兄と無事にまた会えたのはあなたのお陰です!」
「僕からもお礼を言わせて下さい! このご恩は必ずお返しします!」
「ああ、気にしないでくれ、これも何かの縁だ。――とはいえ、二人だけでこんな所で何を……?」
俺がそう尋ねると、フリンと呼ばれていた少女が申し訳なさそうに答える。
「私が奥へ行こうと兄に言ったんです。奥にはよく効く薬草があると聞いていたので……」
「――薬草? 誰か怪我でもしているのかい?」
「お母さんが病気で……少しでも元気になってほしくて……」
涙を目に浮かべて話すフリン。
……今にも消え入りそうな声だ。
「そうだ! まだ名前をお聞きしていませんでした。僕はフロウと言います。この近くのフーシャ村で狩人をしています!」
「わ、私はフリンです。自己紹介が遅くなってすみません……!」
「ああ、俺の方こそ名乗るのが遅くなった……俺の名前はユウガ=スオウ。よろしくな!」
城で鑑定された際に表示されていた名前欄を思い出し、名前を最初において自己紹介をする。
「ユウガさん、お急ぎでなければ是非フーシャ村へお越しください! ちゃんとお礼がしたいんです! 村の人達は僕の方からちゃんと説明しますのでご安心ください」
「是非お願いします! 何もない村ですが、精一杯おもてなしします!」
願ってもない申し出だが、何か違和感のあるセリフだ……
村の人にちゃんと説明する――と言っていた。
あまり外と交流をしていない集落なのか?
俺が顔を出してふたりに迷惑が掛かってもいけないが、正直“普通”の食事は焦がれるほど食べたいし、湧き水以外で体も洗いたい……
さすがに髪やヒゲは魔力の刃である程度整えてはいたが、お世辞にも綺麗な身だしなみとは言えない状態だ。
――などとあれこれ考えていると、フロウが申し訳なさそうに帽子を取って頭を下げる。帽子を脱ぐと、フリンと同じように猫のような耳が付いているのに気づく。
「すみません……やっぱり〈獣人〉の集落には近づきたくないですよね…… 助けていただいただけでも有難いのに、余計なことを言ってしまい申し訳ありません」
何となく分かってきた――
恐らく人間と獣人は“そういう関係”なのだ。
だから普通は人間を集落に入れたりしないのだろう。説明が必要なのはそうした事情があるからか……
「いや、そういうわけじゃないんだ。気を悪くさせてしまって済まない。俺は――遠くの大陸からやって来た人間なので、このあたりの事情に詳しくなくて……」
一応、嘘は言っていない……正確に言うと島国だが。
「君たちや村の人に迷惑が掛かってしまうのではと思ったんだ。もしよければ少しの間お邪魔させてもらえると助かる」
それを聞いた兄妹は嬉しそうに顔を見合わせる。
「では僕に付いてきてください! フーシャ村の〈カロ鍋〉は、このトゥリンガでも有名なんですよ! ぜひ召し上がっていって下さいね!」
それは楽しみだ。
こっちへ来てからというものずっと黒龍や魔物の肉で食いつないできた……名物と聞いてしまったらもう期待は膨らむ一方だ……!
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
兄妹について歩く事およそ1時間――
森の木々が開け、木の柵で囲まれた集落が見えてきた。
フロウが先行し、入口にいる門番の獣人に事情を話す。
門番はこちらをチラリと見ると、少しいぶかしげな表情をしながらも門を開けて通してくれた。
「さあ! 僕たちの家はこっちです!」
そう言って集落の中へ案内され、しばらく歩いたところで一軒の家の前で立ち止まる。
「着きました、ここが僕たちの家です! 僕はこのまま村長の所へ行って事情を説明してくるので先に入っていて下さい! フリン、お母さんのこと頼んだよ!」
家に着くなり慌ただしく去っていくフロウ。
あんなに走り回って右肩の怪我は大丈夫なのか……?
「ではユウガさん、こっちへ来てください。お母さんがご挨拶したいみたいです」
フリンが玄関口から声を掛けてきて、そのまま俺を中へ通してくれる。
促されるまま家の奥にある部屋に入ると、そこは寝室だった。
――少し固そうなベッドの上で、痩せた女性が上半身を起こしてこちらを優しそうな表情で見ている。
「はじめましてユウガさん、私はフリン達の母セラと申します。この度はうちの子供達を助けていただいて本当にありがとうございました。――あの子達にはいつも森の奥には行かないよう言い聞かせていたのですが……」
そう言ってフリンの髪の毛をクシャっと撫でまわす。
「ごめんなさい、お母さん……」
「もう危ないことはしないでねフリン。――ユウガさん、私はこんな状態であまりおもてなしできませんが、どうぞゆっくりしていって下さいね」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。 もしよければここにいる間、薬草採取のお手伝い等しますので遠慮なく言ってください!」
フリンはそれを聞いて大喜び。
もっと効き目のある薬草がある場所を知っているので今度行こうとお願いされる。
「こらっフリン! 命の恩人にそんなお願いをしてはダメでしょ!」
あまりお母さんを心配させてもいけないため、フリンと一緒にリビングへ戻る。
早速名物だという〈カロ鍋〉の調理を始めるフリン。
裏に風呂があるというので、はやる気持ちを抑えながら早速見に行ってみることにした。
「おお…… 五右衛門風呂か!」
木の柵で覆われた空間に、分厚い金属の釜のような形をした浴槽が置いてある。
――下で薪を燃やして温めるスタイルは、まさに日本の五右衛門風呂を彷彿とさせる。
「フリン! 早速だけど、お風呂使ってもいいかな?」
日本人の血が騒ぐ…… 待ちきれずにお願いをしてみると、フリンはニコリと笑って元気に返事をする。
「いいですよ! じゃあ先にお風呂の準備をしますね!」
そう言って手際よく薪を並べ、右手をかざして何か呟く。
――するとその直後、薪に火が付いたではないか。
これはあれだ、俺がずっと憧れていたもの――魔法に違いない……!
「なあフリン、今のは魔法かい?」
「そうです! 私が唯一使える魔法なんですよ!……まあ薪に火を付ける位しかできませんけど」
「いや、十分すごいよ! 魔法は皆使えるものなのかい?」
フリンは首を横に振る。
「ううん、魔法を使えるのは数百人に一人だって師匠が言ってました。獣人は基本的に魔法が苦手だからもっと珍しいかも……」
なるほど、意外と少ないんだな……
もし自分に才能がなかったら―― いや、そんなことはないはず。
魔力強化のスキルがあるんだし、魔力で剣を作ったりできるんだ。きっと魔法も使えるはずさ……!
「ならやっぱりフリンはすごいじゃないか!――実は俺も魔法を習いたいんだけど、俺をその師匠に紹介してもらうこととかできるかな……?」
フリンは少し驚いた様子だったが、すぐに頷く。
「いいですよ! ただ師匠はあまり人に会いたがらない人だから先に確認しておきますね」
ついに……長年?の懸案事項の一つが解決するかもしれない。
――そうこうしている内にお風呂の準備ができたようだ。
「火は消えていますが数時間は丁度良い温度のままですからご心配なく! どうぞごゆっくり!」
この釜に何か温度を維持する仕掛けがあるのだろうか……
まあ今はそんな事はどうでもいい、早速入るとしよう!
しっかりと体を洗い流し、ゆっくりと湯の中へ入る――
……
…
ああ……幸せだ……
地上に出た時に思いきり泣いたからここは我慢するが、本当に泣きたくなるくらいの幸福感だ……
――久しぶりの風呂を心ゆくまで堪能し、満足げにリビングへ戻る。
何だかいい匂いがする……
野菜と肉……それと嗅いだことないスパイスの香りだ。
「ゆっくりできましたか? 丁度カロ鍋の準備もできましたよ!」
「ここまでしてもらって……本当にありがとう」
「命の恩人ですから! もしユウガさんが居てくれなければ今頃私たちは…… 本当に感謝しきれません。――さあ、兄も先ほど帰ってきましたし皆で食べましょう!」
そう言って寝室にふたりを呼びに行くフリン。
温かい夕食を囲んで4人は楽しい時間を過ごす――
大迷宮で経験したことをぼやかして冗談っぽく語ってあげると、思いのほかウケがよかった。
セラさんも心なしか、少し顔色が良くなった気がする。
明日はフリンに場所を聞いて薬草採取に行くとしよう……
夕食後、フロウがやってきて、明日村長の所へ行ってほしいと頼んできた。
是非お礼をしたいそうだ。
あまり村人には歓迎されていないと思っていたが、フロウがうまく皆を説明してくれたのだろう。
まだ日本で言えば中学生くらいなのにしっかりしているな……
夜になり、用意してもらった“空き部屋”をあてがってもらい、布団に入る――
少し固めだが、今まで岩盤の上で寝ていたことを思えば天国のようである。
「今日は久しぶりにゆっくり眠れそうだ……」
この仲睦まじい家族に一つ欠けているものについて聞こうかと思ったが、それは皆が話してくれるまでは触れないでおこう……
――などと考えている内に、いつの間にか眠りについていた。
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