第3章
第11話 外の世界へ
あれから睡眠回数ベースで大体200日が経った。
もはや正確な日数など分かるべくもないが、俺はひたすらこの闇の出口を目指して一歩一歩進み続けてきた。
大きな空洞に、細くて上下左右に曲がりくねった横穴……
まるでアリの巣のような巨大迷宮を彷徨い続ける日々が、来る日も来る日も繰り返される。
――そして、唐突にその瞬間はやって来た。
待ちに待った…… 懐かしい“光”を見つけたのだ。
眩しさで目が蒸発してしまったのではないかと思えるほど、本当に久方ぶりの日光だ……!
闇の状態に完全に目がなじんでしまっていたため、はやる気持ちを必死で押さえながら懐かしい光の感覚に目を慣らす。
――慎重に光の出所を確認すると、どうやら天井に岩の裂け目があって、そこから地上の光が差し込んでいるようだ。
「上まで10mはあるぞ……どうやって行こうか……?」
血の滲むような訓練をしてきたとはいえ、さすがにジャンプしただけでは届かないし、ロープを掛けようにも都合よく引っ掛かりそうな突起物もない。
どうする……地上までこれだけ近いなら、恐らく他にも出口はあるかもしれない。もう少し歩き回って探してみるべきか……?
いや!もう一秒たりとも暗闇を彷徨うなんてごめんだ!
「仕方ない……」
我ながら乱暴なやり方だとは思うが――
俺はおもむろにナイフを取り出し、ありったけの魔力を込める。
切れ味よりも頑丈さに重点を置いた頑強な魔法剣を壁面に向けて勢いよく振り下ろすと、刃がめり込んだ岩が砕けてガラガラと崩れていった。
「よし!問題なく削れるな。これならいけそうだ……!」
足場がないなら作ればいい。――“階段”の彫刻だ……!
地面から天井に向かって壁に斜めに上がる階段状の通路を掘ろう――
幸い地上につながる穴は壁と天井の境目付近にあるため、人が四つん這いで通れるくらいの高さと奥行きを持たせて階段を作れば地上までたどり着けるはずだ。
彫刻作業を行いつつ登っていくこと体感で3時間と少し――
俺はやっとのことで地上への道を塞ぐ最後の岩を崩すことに成功した。
差し込む太陽の光――
ついに地上への道が開通したのだ。
喜びに震える体と心を落ち着かせながら、待ち焦がれた……夢にまで見た地上へ這い出す。
――そこは鬱蒼と緑の木々が茂る森の中だった。
そう……“緑”だ!
この“色”をどんなに、どんなに渇望したか……!
気が付くと目から大粒の涙がこぼれ落ちていた――
俺はガクリと膝から崩れ落ち、大声で……叫ぶように泣いた。
何度も体に痛みを受けた。
何度も心が折れかけた。
激痛と恐怖の果てに死すら経験した……
ひたすら身を包む暗黒と、闇の刻印がもたらした得体の知れない能力と向き合い闘ってきた。
柔らかな草の感触
頬をなでるそよ風
日光に温められた土の匂い
地面に額を擦り付け、噛みしめる様に全身で喜びを味わう。
大地に寝そべって上を見上げると、背の高い木々が緑の葉を広げてそらを覆っていた。
重なり合う枝葉のすき間から気持ちのよい陽光が差し込んでくる――
そっと目を閉じ、腕で涙を拭う。
深呼吸をして、ゆっくりと立ち上がって別れを告げるように洞窟に一礼をした。
「さて、どっちへ進もうか――!」
すっかり元気を取り戻し、晴れやかな表情でひとり言をつぶやく。
目を閉じ、存在感知の範囲を広げてみる――
少し無理をして円形に半径600m程まで広げたが、どこまでも森が続いている。
――感知範囲を絞れば1km以上はいけそうだが、この感じだと恐らくそういう規模の森ではないんだろうな……
そこで、今度は背の高い木に登って周囲を見渡してみることにした。
身体強化と生命力を駆使してスルスルと幹を登り、あっという間に登りきる。
周囲には360度のパノラマが広がり、気持ちのいい風が全身を包む――
背後には、日本のそれと明らかにスケールが異なる巨大な山が連なり、正面には地平まで森が広がっている。
恐らく山脈から流れてきているのだろう……
一本の大きな川が流れているのを発見する。
あの山脈に人が住んでいるとは考えづらいため、俺はとりあえず川の流れる方向に進むことに決めた。
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川沿いに歩みを進めること2日――
道中、何度か狂暴な狼やらサルやらの魔物らしき生物に襲われたが、地下の魔物に比べれば何ということもなく、少し脅かすだけですぐに逃げていくレベルの相手がほとんどだった。
幸いだったのは、森の中だけあって食料問題に悩まされなかったことだ。
食べられそうな木の実などを見つけては体で食用か否かを実験し、少しずつ次元収納バッグのストックを増やしていった。
地下では味わえなかった甘さや酸っぱさが心から気持ちいい。
そんなことをしながら過ごしていた時――
ついに存在感知スキルが人型の生物の姿を捉えたのだ。
――何やら急いで移動しているようだ。
こんな周囲に道もない森の中だ、何か“訳あり”かもしれない……
違和感を覚えたため、急いでその方角へ向かいつつ感知を集中すると、程なくして移動する生物を詳細に捉えることに成功する。
走っていたのは、頭から猫のような耳を生やした小さな女の子だった。
命からがらという様子で走っているが、周りを探っても特に追ってくる存在は確認できない……
話を聞くため、脚に力を込めて加速する。
――あっという間に少女に追いついたので、俺は後ろから声を掛けてみる。
「待ってくれ! 何かあったのか?」
急に声を掛けられ、驚いた様子で振り返る猫耳少女。
後ろを向いた瞬間に、木の枝に足を取られて
こけると思ったのか、身体をこわばらせて思いきり目を瞑っている――
急に話しかけたのはまずかったか……俺は慌てて加速して倒れそうになる少女の体を受け止める。
「驚かせてごめん、大丈夫かい?」
「――お、お願いします! 助けてください!」
目を開けた少女は、間髪入れずに俺の服を掴みながら助けを求める。
その目には涙が溢れ、一見しただけで切羽詰まった様子が伝わってくる――
「兄が……兄がフォレストウルフの群れに襲われているんです! 私を逃がすために一人で戦っているんです……!」
「――事情は分かった。お兄さんはどこに?」
少女は自分が走って来た方向を指さして、震える声で懇願する。
「あっちの……あっちの大きな木がある辺りです! どうかお願いします!」
「了解! 君をここに残すわけにはいかないからこのまま行くよ! しっかり掴まって!」
少女をそのまま抱え上げ、大きな木の方へ走り出す。
――500m位先にいるな。
複数の存在に囲まれている……急がなくては!
そびえる木々を風のように避けながら進んでいくと、あまりの速度に少女は思わず目を瞑り、振り落とされないよう必死にしがみつく。
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その頃――
「くっ、だめだ数が多すぎる……!」
大きな木と岩を背にして立ち、狼たちを牽制しながら剣を構える。
右肩をやられた……
2、3体は何とか倒したが、一斉に掛かられたら終わりだ。
いつもならこんな奥地に入らないのに今日に限って……
俺のせいだ――
頼む……無事に逃げていてくれフリン……!
――いつの間にか自分を取り囲む狼の数が増えている。
背筋が凍るような感覚がして、気配がするその方向を見ると、木々の陰から群れのリーダーらしき一回り大きな狼が姿を現す。
その狼は周囲の様子を確かめるように注意深く見渡すと、遠吠えをするように高らかに吠える――その合図を受け、先程とは打って変わって一斉に狼達が飛び掛かってくるのだった。
これは……無理だな。一斉に掛かられちゃどうしようもない……
「フリン……ごめんな」
覚悟を決めたその瞬間――
無数の青白い刃がきらめき、またたく間に狼達を次々と両断していく。
「えっ――?」
目の前で狼が一瞬にして血しぶきとなって散る様子に驚いたのも束の間、リーダーと思しき狼の首が鮮やかにはね飛ぶ。
いつの間にか、首を失った狼の傍らには見慣れない黒髪の男が立っていた。
左腕にはフリンが抱えられている……
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