第10話 鍛錬の成果

あれから何十日経っただろうか――


黒龍の肉を食らい、血を飲みながらひたすら生命力と魔力を鍛え続けた。


どちらも手足のように操ることができるようになり、周辺の小型の魔物程度なら苦も無く狩ることができるようになった。


どうやらこの広大な洞窟の生態系は、あの黒龍を頂点とするものだったらしい。

黒龍が死んだ直後は警戒心の高い小型魔物が中心だったが、しばらく経った今では体長3~5m位の中型魔物もちらほら姿を現すようになってきた。

そうした中型の魔物は、気配を消して近づき意識の外から攻撃することで大抵は対処可能だ。



――大分無茶をしてきたが、これは復活後に手に入れた〈自動回復〉スキルの存在が大きい。

ポーション等の薬に頼らなくても常に自分の体を修復してくれ、骨折すら半日もすれば完治してしまうのである。



「さて……血の滲むような鍛錬の日々は、今日で一旦終わりにしよう――」


俺はそうつぶやき、暗い洞窟の天井を見上げる。

――いよいよ地上に向けて出発すると決意した俺は、ここ最近洞窟の中をうろついているあの“大物”を倒すことで“卒業試験”とすることにしたのだった。



そっと目を閉じ、穴の外を存在感知でうかがう――

300m程離れた場所にジッと佇んでいるのは、俺が狙う大物……大きな蛇型の魔物だった。


体長は約30mほど…… なめらかな造形の日本の蛇とは違い、ごつごつと鱗やトゲのようなもので覆われている。



「一瞬で決める必要があるな……」


恐らく蛇であれば熱源を感知する力があるはず。

スキルもどんなものを持っているか分からない……俺は緊張しながら手に持ったナイフを固く握りしめる。



この洞窟での修行を経て身に付けた戦闘スタイルは、至って単純だ。

身体強化スキルに加え生命力で肉体を強化し、魔力を込めたナイフを振るって戦うのである。


魔力は自由に動かしたり圧縮することができるため、ナイフに込めた魔力を薄いブレード状に圧縮することでナイフの刀身を伸ばすのだ。

更に、身体を覆うように圧縮した魔力は“盾”のようにして使うこともできる。


相変わらず魔法を使うことができないため、こうした“原始的”な戦い方になってしまうが、これが中々バランスがよく短期間で戦闘力を高めることができた。



――そしてもうひとつ

“ともしび”の力についてもだいぶ扱い方が分かってきた。


黒龍の言っていた通り、“ともしび”から引き出す力や情報の量を絞ることに重点を置いて試行錯誤を重ねたのである。


その結果身に付けたのが〈検索〉と呼んでいる技術だ。

これはあらかじめ存在感知で対象を捉え、その状態で刻印に触れると、あの“ともしび”の空間からその対象に限定して存在情報を引き出すことができるのである。


膨大なデータベースからキーワードを入力して検索することに似ていたため、そのまま〈検索〉と呼ぶことにしたのだ。


これによって脳への負担を減らしながら対象を形づくる設計図―― という言い方が正しいのか分からないが、その存在を存在たらしめている定義情報のようなものを得ることができる。


……我ながら何を言っているか分からないが、ざっくり言えば魔物に使うと相手がどんな戦い方をするのか、どんなスキルや魔法を使ってくるか“おおよそ”分かるのである。


ちなみにこの〈検索〉だが、基本的には“一瞬だけ”発動するようにしている。

やろうと思えば相手が生まれてからこれまでにその存在が記録してきた全情報を読み取ることもできるが、情報量が圧倒的に多くなり戦うどころではなくなってしまうのだ。



結局、あの不思議な力と情報の集積地は、地球で言う所の〈アカシックレコード〉なのではないかという結論に達した。

――宇宙誕生から今に至るまで、全ての存在のあらゆる情報が蓄えられているとされる代物である。


日本にいた時はオカルトだと思っていたが、実際にこうしてその力の一端に触れ、それがこの世界では現実であることが分かった。


龍の祖の名前が〈アーカーシャ〉というのもずっと引っ掛かっていた。

ある時ふと思い出したが、〈アカシックレコード〉の別名が〈アーカーシャ〉だったのだ。


この世界と元の世界がどのように繋がっているのか分からないが、偶然の一致とは思えない。


もしかしたら龍の始祖も地球からやってきた人間だったのかも知れない……

そんな妄想をしたこともあり、俺は〈始まりの地〉を龍の祖にちなんで〈アーカーシャ〉と呼ぶことにしたのだった。




――さて、卒業試験までのおさらいはここまでにして、そろそろ行こうか……


存在感知を全開にし、数百メートルの範囲で索敵を行ないながら大蛇へ近づく。

〈検索〉を使うためには対象を明確に捉える必要があるため、最低30m以内に近づかなくてはならない。


対象の指定という工程はかなり精緻なコントロールが必要なため、本来は触れながら発動しなければ精度の高い情報を得られないが、反動を気にせず使えば遠くからの大雑把な対象指定でも検索できないことはない。



俺は慎重に大蛇との距離を縮め、静かに〈検索〉を掛ける。

直後、ズシンという衝撃が脳に走り、頭痛と疲労感が身体を襲ってくる――


辛うじて声を出すことは我慢したが、やはり反動はかなりきつい。

だが、その甲斐あって大雑把な大蛇の情報を得ることができた。



大蛇の熱源感知は、横方向に特化していて縦方向は弱い。

――つまり頭上からの攻撃が有効ということだ。

また牙と尾のトゲには毒があり、どちらも最優先で対処が必要なことも判明した。



さて、それでは仕掛けようか!

俺は大蛇に見つからないよう高台に上り、懐から体温で温めた石を取り出して下に落とす。


カツーンという音と共に石が地面に転がり、大蛇は素早くその方向にスルスルと向かってくる。

さすが蛇だ、あの図体で移動音がほとんどしない……



息を殺し、高台から大蛇の上に飛び降りる――

手にしたナイフに特大の魔力を込め、身長の倍はあろうかという魔力の刃を作り出す。


腕に生命力を巡らせ、刃を真っすぐに振り下ろして大蛇の首を狙う。

重さはナイフと変わらないため、振る速度を損なうことなく巨大な刃を叩きこむことができた。


青白い刃を受けた大蛇の首は音もなく両断され、着地と同時に首も地面に落ちてくる。


――とその時、

大蛇の尾が大きくしなりながらこちらへ向かってくるのを視界の端で捉える。


ブオンッという大きな音と共に振り抜かれた尾は、先程まで立っていた高台を破壊してしまい、頭上から轟音と共に岩が降り注いでくる――


辛うじて屈んで尾を避けた俺は、すぐさま落石をよけるべく足を力一杯踏み込み、間一髪でこれを回避する。


首を失ってもなお激しくのたうち回る大蛇を魔力のブレードでぶつ切りに切り伏せ、ついに大蛇を倒すことに成功――俺は気が付くと胸の前でガッツポーズをしていた。



見事大蛇を打倒し、肉と牙などを手早く採取してから隠れ家へ一旦戻る。

“卒業試験”を無事に終え、いよいよ長らく拠点にしていた洞窟を出ることになったのだ。



「テオドールさん、お世話になりました。俺は必ずこの大迷宮から脱出してみせます…… そしてアレナリア国王に――」



テオドールさんにお礼と別れを告げ、俺は事前に調べていた上方向へ続く横穴から洞窟を後にするのだった――



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


横穴は以前調べた時と若干様子が変わっていたが、道は途切れず続いていたため一安心する。


――ここに来てからずっと洞窟内を観察してきたが、どうもこの迷宮は“生きている”らしい。


いつの間にか地面の割れ目が塞がったり、穴のあいた壁が埋まったりしているのを何度か確認している。


恐らくだが、足元のはるか下から感じる謎の巨大エネルギーが関係しているのだろう。時々下から脈打つような力の波動を感じることがあるのだ。



まだまだこの迷宮に関しては不明な部分が多い……


だが、今はここから出ることが最優先だ。

一日でも早くここから出てやる……!

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