第9.5話 勇者一行①

「はあ……やっと着いた~!」


竜胆りんどうは大きく伸びをするように両手を上げると、それを横で見ていたまことが少しぶっきらぼうに竜胆に注意する。


「油断するなよ。 ここは危険地帯なんだから……」


「分かってるって! こんな瘴気が濃い所で油断なんかしないってば」


「……どうだか」



「おい! 二人ともあまり喧嘩しないようにな!」


――こんな風になだめるのが日常の光景になっている。

長女と少し生意気な次男が喧嘩するのをなだめる長男……そんな感じの関係だろうか。



「そんなことより見てみろよ。――谷底が全く見えないぜ。足すくんできたわ……」


地面に手足をつき、若干へっぴり腰で谷底を覗くのは父……ではなく幸司こうじ。――見た目はどう見ても戦士系だが、職業が賢者だったためローブを着こんでいる。

本人は気に入っているようだが、いまだにこのギャップに慣れないのは内緒だ。



俺たちがこの世界に召喚されてから一か月と少しが経った――


何とか王を説得し、谷には絶対に降りないという条件付きでこの〈カルヴァドス大迷宮〉のある峡谷へやって来た。

正確にはこの峡谷の谷底――数百メートル下に大迷宮の入口があるらしい。



峡谷周辺は大迷宮から漏れ出した瘴気と魔力で覆われており、一か月修行しただけの俺達にとっては非常に危険な道のりだった。

道中何度も危ない所を助けてもらったルベル騎士団長をはじめとする王国の騎士団には本当に感謝しかない。



俺も足下を覗いてみると、谷底は幸司が言う通り全く見えないくらい暗く深く続いており、俺たちを誘い込むように不気味に黒い口を開けている。


ゴクリと唾を飲み込む俺たちに、ルベル騎士団長は後ろから心配そうに声を掛けてきた。


「あまり覗き込まない方がいいですよ。いくら召喚勇者の皆さんでも誤って濃い瘴気を吸ってしまったら、そのまま気絶して300m下まで真っ逆さまですから……」




「うわ……そんなに下にあるのか。 悠賀さんが送られたのってこの迷宮の下層だよね? どう考えても無理じゃない……?」


「谷底に行くほど瘴気と魔力が濃いですね…… あまり言いたくはないけど、真の言う通りだと思うな……」


「第一、この迷宮の下層まで行って帰ってこれたのは勇者だった初代国王だけなんだよね? この世界に来たばかりの人間なんて生きられるわけないじゃないか!」



「……そうかもしれないな」


真や竜胆が言うことは理解できる。

――だがこれは理屈ではないんだ。


「別にお前たちを巻き込むつもりはないぞ。これは俺と信征ふたりの問題なんだ」


――幸司も同じ気持ちだったらしい。

同意を求めるようにこちらへ視線を送る幸司に、俺は大きく一度頷く。



「でも、いくら二人が強いからって無茶をすれば命が危ないよ? 僕らだって同じ日本から来た仲間をこれ以上失いたくないんだ。――安藤って人は誰かに遺体を持ち去られたんだよね? そんな危ない世界で一人おびえて暮らすのはごめんだよ……!」



安藤あんどう……俺達と一緒に召喚された一人で、その場で死亡が確認された人物だ。


あの居酒屋の常連で、竜胆とは顔見知りだったらしい。

俺達は特に知り合いではないが、王に知人であるか確認された時に一度顔を見ている。

王の命令で手厚く葬られる所だったが、何者かに遺体を持ち去られてしまったらしい。



「……そうならないように一日も早く実力を付けるんだ。深層に行って帰ってこれる力を」



「ねえ、まだ王様のこと許せていないんですか……?」


竜胆は若干言いづらそうにしながら静かに尋ねる。


「――俺が許せないのは自分自身だ。王から50年前の話を聞いた限り、確かに王の取って来た行動が間違っているとまでは言えない」


「……100万人以上が亡くなったんだよな。王や王妃が徹底して魔力災害を根絶しようと足掻いてきたことは十分伝わったさ」


幸司は神妙な顔つきでつぶやく。



「俺は、俺たちは――まず自分たちなりに魔力災害と闇の刻印を調べるつもりだ。――手始めに大陸の中で最もスキル研究が進んでいる“神都”へいけるよう王に働きかけようと思う」



「――ノブユキ殿、お話し中に申し訳ないが、そろそろ戻りましょう。瘴気が濃くなってきました……」


ルベル騎士団長が合図を出すと、護衛の騎士たちは手際よく引き上げの準備を始める。



「悠賀、すまない……! 必ずまた来るからな」


それぞれの思いを胸に、一行はその場を後にするのだった。

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