第9話 隠れ家

感傷に浸っている場合ではない……!

早急に寝床を確保しなければならないんだった。


ここまででだいぶ〈存在感知〉も板についてきた。感知の範囲を広げて、隠れられそうな横穴がないか探してみよう。



――俺は目を閉じ、精神を集中させる。


まだ広範囲を一気に感知できないため、俺はカメラを積んだドローンを思い浮かべ、それを飛ばすようなイメージで遠くを感知しようと試みる。


早速目線の高さで想像の“ドローン”を飛ばし、前方を感知しながらどんどん奥へ感知を伸ばしていく。


300~400m程進んだだろうか、やっと壁に行き着いた。

今度は壁沿いに感知範囲をずらして横穴がないかチェックしようとしたが、ここで視界が乱れてくる。


やはり感知範囲には限界があったようだ。

とりあえず、自分の足と“ドローン”の力を合わせて洞窟の輪郭を洗い出すことにした。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


――3時間くらい探索しただろうか。

“ドローン”のお陰で、今いる空洞の概要を掴むことができた。


自分は今、縦1km、横2.5kmほどの長方形型・高さ不明の巨大な空間にいるらしい。


横方面は緩やかに傾斜しており、下った先は行き止まりになっている。

逆に登り方面はいくつか横穴があり、“長方形”の左下…… 一際小高くなっている場所には自分が飛ばされてきた魔法陣の台座があった。



とりあえず台座まで行ってみようと思い、岩だらけの地面を歩き瓦礫を登ることおよそ5分――やっと台座に辿り着く。


「ここから落ちて、あそこまで走ったのか……」


思った以上に自分が移動していたことに驚く。――それだけ必死だったのだ。



台座を調べたが、特に変わった所はない。

二度とこんな場所に転送される者が出ないよう壊してしまおうかとも考えたが、脱出の手掛かりになる可能性が頭をよぎったため、ここはグッと堪えて断念する。



周囲の探索を再開し、ふと壁際に目をやると、最初の探索では発見できなかった小さな岩の裂け目があることに気づく。


裂け目に意識を集中し、その奥を存在感知で探ると――そこには“くの字”に曲がった奥行7、8m程度の空間があった。



――奥に誰かいる……!


それはローブを纏った人間で、すでに白骨化しているようだった。

俺は急いで岩の裂け目をくぐり、白骨の元へ向かう。



大分時間が経過しているらしい――

ローブはぼろぼろになり、骨も一部が朽ちている。恐らく自分と同じように“送られて”きたのだろう。


この人も刻印を持っていたのだろうか……

自分と同じ境遇の先人に思いを馳せながら、膝を折り手を合わせようとしたその時――俺は信じられないものを目にする。


突然、骸骨の眼の奥に赤い光が灯ったのだ。



俺は慌てて立ち上がり、後ろに飛び退こうとするが壁にぶつかってしまい、背中に走る鈍い痛みで思わず身体が強張ってしまう。


「しまった――!」


焦りで思考が鈍っている間に、ローブの骸骨がゆらりと立ち上がる。



どうする――!?

戦うか?……いや戦えるのか? くそっ、とりあえず逃げるしか……!


今の自分にどれ程の戦闘力があるのか、相手はどの程度の強さなのか分からず判断が鈍る。そうこうしている内に骸骨は大きく右腕を振り上げ、俺の顔面に向かって斜めに振り下ろしてきた。



「くっ! 考えても仕方ない!」


しゃがむようにしてギリギリでこれを避け、なりふり構わず相手の脛のあたりを思いきり蹴飛ばした。


バキッっという乾いた音とともに骸骨の足は見事にへし折れ、そのままバランスを崩して倒れる。――俺はすかさず立ち上がって頭部へキックをお見舞いすると、頭蓋骨は壁に当たって砕け散ってしまった。



静かな空間に自分の荒い息づかいだけが聞こえる……


結果として、大した強さではなかったが、黒龍を除いて初めての戦闘だった。

無事でいられたこと、初めて勝利を掴んだことに何とも言えない感情が湧き上がる――



心臓の鼓動が早い……

体の内側から力がみなぎり、沸き立つような感覚がする。


これは何だ――? 先ほどの魔力とは違って“もや”は出ていないが、確かに体の中を流れる熱い“力”の存在を感じる。



――この感覚には覚えがある…… さっき龍の肉を食べた時に感じたあの力だ。

まるで細胞一つ一つから発せられるような“熱”をはっきり感じるのだ。


色々なことが矢継ぎ早に起きて頭の整理が追いつかないが、

確か黒龍が〈生命力〉というワードを口にしていたのを覚えている――


これがそうなんだろうか……

後でもう少し詳しく調べる必要がありそうだ。



身体と心が落ち着いた所で、俺は改めてローブの先人に手を合わせることにした。

襲われはしたが、お陰で新しい気づきを得ることができた。

心から感謝を捧げ、冥福を祈る。



「ここを当面の隠れ家にしよう――」


俺はそう決意し、すぐにできる限りの肉と水筒を持ち込み、入口を石で隠す。

大して堅牢な作りではないが、当面の寝床を確保したことで心は一気に安堵感に包まれていった。



さすがに体力と気力が限界だ……

どうか、無事にまた目が覚めますように――


そう願いつつ、あっという間に眠りに落ちたのだった。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐



――何時間位眠ったのだろうか

目が覚めると、そこは相変わらずの暗闇だったため、俺は慌てて存在感知に意識を集中する。


「さすがにまだ目の代わりとまではいかないか……この力を“体の一部”にするには訓練あるのみだな……!」



スキル自体はオフになることがないが、目の代わりを果たすレベルで感知するにはかなりの集中力が要るのである。


もはや時間の感覚がなくなっているが、一晩?寝てすっきりしたこともあり、早速昨日の復習を行う。――存在感知は今やっているからいいとして、まずは魔力だ。



背中の“ゾクゾク感”を思い出しつつ、内側からその感覚を絞り出すようにして体に力を込めてみる。

すると、昨日の青白い光がゆらゆらと体から立ち昇る――


「よし、上出来だ!」


昨日に比べて量が少し心もとないが、当面はこの魔力を操作する練習をしていこう。



次に、ここの“住人”と戦った時に知覚した生命力だ。

昨日味わった勝利の高揚感を思い返しながら、体を奮い立たせる。

心拍数が上がり、腹筋の奥―― 丹田のあたりが少し熱くなるのを感じる。


「はぁあああ!!!」


漫画の主人公になりきるが如く、脇を締め両腕をくの字に曲げて拳に力を込める。


――しかし何も起きない。

やはり火事場の馬鹿力――命の危機を感じた時のあの“瀬戸際”感が必要なのだろうか……


そういうことならと、“朝食”を兼ねて黒龍の肉を口に詰め込んでみる。

俺の感覚が正しければ、昨日肉を食べた時に感じた“熱”は、ローブの骸骨を倒した時に感じた“熱”に似ていた。もしそうだとすれば……



数分後、体の底からエネルギーが湧き上がり全身に熱い血液が巡っているような感覚がしてくる――

これだ……!やはりあの時に感じたのは生命力だったんだ……!



「でも、まだ自分の力で自由自在……というわけにはいかないみたいだな」


龍の肉はまだまだ山のようにあるから、今後じっくり練習あるのみだ。

まずはこの湧き出す熱がどれほどの力を発揮するのか調べるため、おもむろに石を掴んでみる。


全身をめぐる熱い血液を……石を握った拳に凝縮するように力を込める――

するとパキッっと乾いた音を立てて、石が割れた。


「おお……すっげえ!」


思わず子供に戻ったかのような無邪気な声で喜びを露わにしてしまうが、2、3度首を振ってすぐにいつもの“真面目づら”に戻す。



身体強化スキルだけでも相当力が増していたが、生命力を込めることで更に強い力が出せるようだ――


この先絶対に必要になる技術だと確信し、当面の間これらの力を徹底的に鍛え上げることに決めたのだった。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


しばらく横穴の中をうろつきながら内部を調べていると、視界の端に何かがあることに気付く――


「これは……?」


“住人”が座っていた場所に近づくと、岩の隙間に隠されるようにして古びた本と革製のカバンが置いてあるのを発見する。


本はすでに劣化が進んでおり、端の部分はボロボロになっている。

ゆっくり開いてみると、どうやらローブの先人が書いた日記のようだった。



日記に書かれている文字を目で追い始めた所で、俺はすぐに驚きの声を上げる。


「言葉だけではなく、文字まで読めるのか……!」


ありがたいことだが、やはり不思議な話である。

色々と疑問点はあるが、とりあえずそうした思いは脇に寄せて日記を読み進めことにするのだった。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

・日記の書き手はテオドールという魔法使い

・レウス王国の魔法学校で教鞭をとり、同僚の女性と結婚するなど幸せな生活を送っていたが、生まれてきた息子が闇の刻印を持っていることが発覚する。

・出生時のスキル鑑定を偽装してそのまま睦まじく暮らしていたが、ある日刻印の存在がばれてしまい、隠蔽していた罪で親子共々大迷宮へ転送される。

・子供は魔物に殺され、自身も黒龍に襲われて命からがら横穴へ逃げ込むも、子を見殺しにした苦悩と後悔に苛まれてしまう

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


後半はほぼ懺悔と謝罪の羅列だな――


文字も乱れて判読できないレベルになっている。

助けもないこの危険な洞窟で後悔と無念の日々を過ごすうちに心が壊れてしまったのだろうと容易に想像できる。



俺は日記を閉じ、そっとローブの先人〈テオドール〉の元へ返す。


――こんな悲劇を生むあの王国のやり方をどうしても許せない。

何としても生き残る……そう決意を新たにしたのだった。



気持ちを切り替え、次にカバンを手に取る。

これについては、先ほどの日記に興味深い記述があったため、正直すでに心が躍っている。


――これは〈次元収納バッグ〉というらしい。

大枚をはたいて買った〈アーティファクト〉と呼ばれる古代文明の遺産だと書いてあった。


このバッグの中は広い魔法空間になっていて、時間遅延の魔法が掛かっているらしい。いわゆる“異世界モノ”では定番の、商人垂涎のアイテムだ。



俺は興奮する気持ちを抑えながら早速中身を確かめる。


木の枝、鉄の鍋、水筒、食器類、瓶に入った液体、ナイフ、ロープ、風呂敷、本、金貨、銀貨、銅貨――といった具合だ。



「さすがに食料は入っていなかったか……」


だが、冒険するには必要なアイテムばかりだ。ありがたく使わせてもらおう。



早速手に入れたバッグを持って黒龍の元へ行き、俺はテキパキと解体作業を始める。

もちろん、何の知識もないため適当だ。


とりあえずバッグに入る大きさに切って、端からバッグの中へ詰め込んでいく。

血や肉をはじめ、骨や散らばった牙・爪も拾い集めて次々にバッグへと押し込んだ。



これからしばらくの間、テオドールの横穴を拠点にしてひたすら鍛えよう。


必ず生きて地上に出るんだ――

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