第8話 生き残りをかけて

逝ってしまったんだな――

先程まで黒龍の魂がいた方向に、深々と頭を下げる。


めぐり逢い、命を狙われ、そして命を奪った……

教え、教えられ、発見し、導きを得た。


仕事柄お辞儀をする動作が身体に染み付いてはいるが、これはそうした表面的な行為ではない。今はただ、嵐のように現れそして去っていった圧倒的な存在に畏敬の念をもって感謝を捧げたい――そんな気持ちになったのだった。



しばらくして俺は頭を上げ、辺りを注意深く見渡す――


まだこの“視る”という感覚に慣れないため、ぐるりと周囲を見渡す必要があるが、本質的には最初に持っていた気配感知と同じで、目で見るのではなく“感じる類のもの”だと何となく理解していた。


――とりあえず、近くには何もいないようだ。

大部分は爆発に巻き込まれて消えただろうし、生きているものも危険を察知してこちらには近づいてこないのだろう……



ふうっと肺に溜まった空気を吐きだし、近くに転がる手ごろな岩に腰を下ろす。

――すると緊張の糸が少し緩み、一気に疲れが噴き出してくるのだった。


「…………」

「……」

「 」


「――って、色んな事ありすぎだろ!!!」


思わずツッコミなのか愚痴なのか分からないことを大声で叫ぶ。

気絶していた時間は分からないが、体感としてはこの世界に来てから一日も経っていない。


なのに心も体もヘトヘトだ……

このままひと眠りしたい強い欲求が顔を出すが、俺は拳に力を入れて気合いで思いとどまる。


まずは寝床と水・食料を確保しなければ――!

どちらも最優先事項のため、俺は勢いよく立ち上がって〈存在感知〉を使いながら黒龍の体がある方へ歩き出す。



「……結構グロいな」


爆発で体が吹き飛ばされているのだから当然といえば当然だが、傷口からは血が滴り、肉やら何やらが露出している。


「食えるのか、これ……?」


トカゲやワニの肉だと思えば何とかなるか? 

もちろん日本でトカゲもワニも食べたことはないが……


しかし、水も火もない中でこれにかぶりつくのはさすがに抵抗がある。

もう少し周囲を探索することにしよう……



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


――それにしても、しばらくこの〈存在感知〉を使っているが、使い続けても一向に疲れたり“エネルギー切れ”を起こす気配がない。

これはこれで有難い話だが、同時に不思議な話でもある。


そんなことを考えつつ、迷わないように黒龍の体を中心にして周辺を歩き回っていると、遠くで微かに水の流れるような音が聞こえてきた。


期待に胸を膨らませながら音のする方向へ走っていくと、100mほど離れた場所で地面の割れ目に水たまりができているのを発見――

どうやら爆発の衝撃で岩肌にひびが入り、そこから湧き出してきたようだ。



しかし、ここで一つ問題が発生する。

〈存在感知〉では液体があることは分かっても、色すら分からないためそれが本当に水なのか、毒が含まれているのかまでは分からないのだ。


俺は意を決し、まずは指先で一瞬だけ触れてみて、強い酸や毒を持っていないか確かめてみる。


――よし、手は溶けていない!


次に、水を手ですくってニオイを確かめ一口含んでみる。

……味についても特に問題はない。 


むしろ地下水だけあって冷えているし、岩盤層で濾過されているのか、そこらの店で出てくる“お冷”よりずっとうまい――!


疲労困憊で喉もカラカラだったため、一旦吐き出して様子を見るつもりがそのまま飲み干してしまった。


状態異常耐性スキルの力を信じ、水を口に運ぶこと数回――

俺は存在感知の練習をしながら、時間の経過で体調に変化があるか観察することにした。



その間にこの〈存在感知〉というスキルについても考えてみる――


最初に持っていた〈気配感知〉とは明らかに異なり、色が分からないとはいえ周囲の景色を“精細に”感じることができる。

そうなると感知している対象は、それだけ広く満遍なく、それこそ粒子レベルで存在していることになるはずだ――


生物のみならず岩や水にも宿るもの……もはや〈始まりの力〉絡みであることは想像に難くない。


“存在”というからには、やはり実際に存在しているもの、もっと言えば〈始まりの力〉が宿ったモノを認識できるということか……?




そんなことをあれこれ考えている内にあっという間に体感で30分くらい経過していた。――全身を疲労感が包んでいること以外、体調に問題はないようだ。



「とりあえず、これで水は確保できたな……!」


再び黒龍の元へ戻り、当面必要になるものを脳内でリストアップする。

食料はもちろんだが、ナイフなどの刃物、水を入れる容器、燃料となる木や植物、荷物を入れる袋……このあたりは手に入れておきたい。



まずはナイフ――

これは落ちていた割れた黒龍の鱗を利用して“それっぽいもの”をすぐに作ることができた。


黒曜石のようなツルっとした固い手触りで、割れた断面が鋭利な刃物のようになっている。 しかしある程度弾性もあって、簡単に刃こぼれするようなことはなさそうだ。



次に容器――

これは黒龍の歯で作ることができた。

爆発の衝撃で散らばった歯を拾い、歯の髄をナイフで穿り出すことで2L位は入りそうな容器が出来上がる。


黒龍の歯は二列に分かれており、前列には牙をはじめとした大きな歯、後列には短く鋭い歯が無数に生えていた。

恐らく噛みついた時に獲物を逃がさないためだろう。


大きな歯で作った容器に、小さな歯の根本部分を押し込んで蓋にすれば、即席の“水筒”の出来上がりだ。

ただし、両側が鋭いため扱いには十分注意する必要があるが……


それに置き場所も頭を悩ませる。

この“水筒”は持ち歩くには大きさが難点だ……

大きさの割には思ったよりずっと軽いため一つなら持ち歩けそうだが、早く拠点となる場所が欲しいところだ。



――しばらくこうした“工作”に勤しんでいると、ふと自分の力が以前より格段に強くなっていることに気付く。


身体強化スキルが影響しているのか、どう見ても固そうな龍の鱗を意外とすんなりと剥がすことができてしまった。この調子なら、剥がした皮を使って簡単な荷物袋を作れそうだ。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


そうして順調に作業を続けていたが、火だけは断念するしかなかった。

石を叩いて火花を起こした所で、薪はおろか植物片すらないのだ。

魔力強化のスキルはあっても、魔法の“マの字”すら使えないのがもどかしい。



「仕方ない、洗って食おう……」


とりあえず水場と容器を確保できたので、汲んだ水で水源を汚さずに肉を洗うことはできた。――後はもう野となれ山となれ、だ。



覚悟を決めて生肉にかぶりつく。

――肉特有の生臭さ……天然物らしい強烈な“野性味”があるが、血なまぐさいよりはマシだと一気に咀嚼して飲み込む。


あっという間に握り拳二つ分の肉を完食し、再び様子を見る。


もっと少量からやるべきだと分かってはいた……だがすでに空腹でクラクラし始めていたため、状態異常耐性スキル頼みで半ば強引に食してしまったのだ。


まあ、黒龍も肉を食べるようおススメしていたことだし、きっと大丈夫だと信じたい。



――完食してから5分もしない内に変化が起きる。

腹の中心……恐らく胃のあたりだろう、猛烈な熱さを感じる。まるで極寒の大地で空きっ腹に熱々の唐辛子鍋を放り込んだような感覚だ……!

その“熱”がどんどん全身に広がっていく。



「何だこれは……!? 力が溢れてくるぞ……!」


日本で読んだ“物の本”では、ドラゴンの肉は不老長寿の薬という設定のものや、人を異形の物に変える力を持つとされるものもあった。


どうやらこの世界では、少なくとも強力な滋養強壮の効果があるらしい。

先ほどまで感じていた眠気と疲労感が嘘のように吹き飛び、たぎるような活力が漲ってくる。


肉でこれなら……もしかしたら――!

何かを直感し、すぐさまお手製の“水筒”を手に取り、滴る黒龍の血液を採取する。

その間に少しだけ飲んでみると……



――今度は先程とは別の感覚が体を包む。


背中がゾクゾクとしたかと思えば、今度は全身に寒気が走り、感じたことのない“何か”が溢れてくる感じがする。


――いや、本当に溢れ出している……!

全身から青白い光を放つ“もや”のようなものが立ち上っているではないか。


青白い光――俺はこれが“魔力”であると直感した。


爆発後に目が覚めた時、黒龍は青白い光を纏っていた。

あの時は漠然と魂だからそうなんだろうと思っていたが、確か黒龍は自身を魂と魔力だけの存在だと言っていた…… 魔力で仮初の体を作ったとも言っていた。



「これが……魔力か――」


何となく立ち上る魔力が勿体ないような気がして、それを留めようと力んでみた。

すると光は立ち上るのを止め、ゆらゆらと体の周りを漂うように巡り始める。


「おお、どうやら操れるみたいだ!」



慣れてくると一か所に集めたり、均一に体を覆ったり、体から離して少しの間だが形を維持することもできるようになった。

相変わらず火を起こしたり雷を落としたり魔法らしいことはできないが……



龍の血液が有用だと理解したため、急いで“水筒”の増産に着手する。

魔力を回復する効果があるのか、魔力自体を底上げする効果があるのかは分からないが、とにかく集められるだけ集めることにした。



さらに革を使って簡易的な風呂敷を作り、肉のかたまりを包んでいく。

――幸い洞窟内はかなり冷えているため、すぐに腐ることはないだろう。


日本が冬でよかった……もし夏の恰好のまま転移されていたら洞窟で凍え死んでいたかもしれない。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


作業をしながら、ふと疑問が湧く。


……確かあの王は、魔力災害は大規模な爆発現象だと言っていた。

大規模とは一体どのくらいの規模を指すのだろう。


見たところ洞窟内は数百メートルにわたって広く浅くクレーターのように地面が削れているようだった。


一方、黒龍の歯や鱗が落ちていたのは精々20~30m位の範囲だったため、黒龍が張った魔法障壁?はかなり強力なものだったことが分かる。


もし黒龍の障壁がなければ“この程度”の規模では済まなかったのだろう。

下手したら洞窟自体崩落していた可能性だってある……



――やはりあの黒龍は規格外の存在だったに違いない。

殺されかけはしたが、何だか憎めないやつだった。


もっと色々話したかったな……

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