第7話 黒い龍

ここにきて、色々な新事実が判明した。

俺は一度死んで指輪の力で復活したらしい――



あの指輪……信征のぶゆきに感謝しなきゃな。

我が友ながら、本当にとんでもないやつだ……!


あの王妃はすぐに俺を切り捨てて殺すこともできたのに、あえて“処理”という言葉を使っていた。――今思えば確かに違和感がある。


あれだけ取り乱していたのに、あえて直接的な方法を指示しなかったということは、何か別の“いつものやり方”があるに違いないと信征は思ったのだろう。



勇者だけが持つ指輪――

何らかの“チート性能”があってもおかしくないと思い、保険として俺のポケットに忍ばせたのだ。


――さすがは俺の永遠のライバル。

くやしいが、相変わらずの頭の回転と機転を称賛せざるを得ない。違和感や疑問を感じたことに対して、迷わず行動を起こせるのがアイツのすごい所だ。



判明した事実を少しずつ飲み込んでいくが、その度にまた新たな疑問が湧き出してくる。――相手は何であれ、意思疎通ができる目の前のドラゴンから少しでも情報を得ておかねば……!


とはいえドラゴン相手に会話するのは初めてだ。

どんな口調で話せばいいのか分からないが、“逆鱗”に触れるのは避けたいため、とりあえず簡単な敬語を使って質問を投げかけてみる。



「あの、すみません……最初俺を見て〈気配感知〉を持っていると言い当てていましたが、俺のスキルが見えるんですか……?」



[ ――見える。我ら黒龍族をはじめとする〈龍族〉はそれぞれ〈魔眼〉を持っているのだ……我には他者のスキルが手に取るように分かる ]



この世界ではドラゴンを〈龍族〉というらしい。

魔眼と言えば、一緒に来たまこともたしか魔眼らしきものを持っていたな……


いや、それよりどうしても確認しておかなければならないことがある。


「では教えてください!闇の……闇の刻印はどうなったんでしょうか! もうこれで――」


言い終わる前に黒龍が遮るように答える。


[ お主には酷な話ではあるが、スキルが消えることはない。自分の胸元を見てみろ……刻印もまだ残っているはずだ ]



その言葉に力が抜けるような感覚が全身を包んでいく――

まだ終わっていなかったのだ。


[ だが、今のお主ならば刻印を暴走させることはあるまい ]


「――それは、どういうことですか!?」


思ってもいなかった言葉に、俺はすぐさま質問を投げかける。



[ 復活してから明らかにお主の放つ波動が変わった。まるで刻印に適応した存在に進化したのではないかと思えるほどの大きな変化だ ]



――そんな実感は全くないが、一度死んで勇者のアイテムで復活したのだから、何らかの変化があってもおかしくないのか……?



[ スキルも大きく変化しているようだぞ。人間種は多彩なスキルを持つ傾向が強いが…… 一介の人間がここまで多様なスキルを持つのはそうあることではない。

――まあついでだ、教えてやろう ]


==========================================

闇の刻印、存在感知、身体強化(中)

魔力強化(小)、状態異常耐性(中)

自動回復(小)

==========================================


スキルの構成まで教えてくれるとは……

黒龍の豹変ぶりに戸惑いを覚えつつも、俺は自分の体に起きた変化を探ってみる。



――そういえばいつの間にか、指輪なしであの毒混じりの空気を吸っても平気になっている。これは状態異常耐性スキルの変化によるものなのか……?


何よりこの暗闇で物が視えるようになったのが一番の変化だ! さっき黒龍は〈存在感知〉というスキルだと言っていたが……これはどんなスキルなのだろうか。



「この〈存在感知〉も“進化”による変化なのでしょうか……?」


[ さっきも言ったが、我もそのスキルは初めて見るのだ。目の代わりに使える程の力であれば、我の持つ〈生命感知〉や〈魔力感知〉と同等かそれ以上のスキルなのであろう。――生命力や魔力ではなく、存在を視る力……やはり分からんな ]



黒龍がこの暗闇で暮らせるのはその二つの感知があるからなのか……

たしか信征たちも持っていたはずだから、ここに来ても困ることはないんだろうな。

――さすがに助けに来てくれる可能性は低いだろうが。



次に、襟を引っ張り自分の胸元をのぞき込む。

そこには見慣れない紋章のようなものが刻まれていた。


[ それが闇の刻印だ ]


服の上から刻印を押さえるように触れてみると、あの“ともしび”の空間のイメージが蘇る。


これは……これなら行けるかもしれない……!

俺は意を決し、呼吸を整えながら目を閉じる――


暗い闇を猛スピードで抜けて降り立ったのは、あの“ランタン祭り”の空間だった。



刻印がこの不思議な空間の入口になっているのか――?

せっかく来たんだ、少しでもさっきの“あれ”を理解しなければ……!

そう思って近くにあった“ともしび”に手を伸ばしてみる。



指先が光に触れたその時――





[ ――おい! 起きろ!! ]


脳内に響く声に反応して目を開けると、そこには黒龍のでかい顔があった。


頭が割れるように痛い……

黒龍によれば、数分間意識を失っていたという。



だが、これで理解した――

あの“ともしび”は……膨大な情報を蓄えた力の集合体で、生身の人間が耐えられる代物ではない。恐らくあの時は肉体が消滅していたから与えられる情報量に耐えられたのだろう。



[ 一体何があったのだ? ]


大きな顔を近づけながら、今度は黒龍が俺に質問する。



「不思議な場所にいました。視界を埋め尽くす程の――“ともしび”のような光が溢れていました。その光に触れると情報……というか、もっと断片的で、全く整理されていないような……」


自分でも掴みきれていない感覚に、何と表現すればいいか分からず言葉に詰まる。


「――物の記憶や記録、構成情報のようなものが、次々に流れ込んで来るんです」



何とも表現しがたいが、人の一生をパラパラ漫画にして入念にシャッフルし、それを高速でめくって見せられているようなものだ。

前後の繋がりもなく断片的で、内容もへったくれもあったものじゃない……



[ ふむ…… ]


黒龍が遠い記憶を辿るようにしばらく考え込み、やがてその口を開く。


[ 〈始まりの地〉――我が子供の頃、黒龍王に聞いたことがある。龍王は先代に、先代はそのまた先代に聞いたとされる話だ。おとぎ話や神話の類だと思っていた…… ]



少し間をおいて、黒龍は言葉を続ける。


[ ――今から話すのは、全ての龍族の祖〈アーカーシャ〉が遺したとされる言葉の一節だ ]


『世界を拓いた始まりの力、彼の地よりいづる

 力は神羅万象をかたどり、やがて始まりの地へ還る』


[ 始祖アーカーシャは〈原初の光〉を自在に操ったと言われている。光の記憶を読み解き、時には光を呼び寄せ不思議な現象を起こした……と ]



始まりの地、原初の光……

さっき見てきたものとイメージが合致する気がする。

その龍族の祖と同じことが自分にもできるのだろうか……



「――今しがた体験したことを考えると、その話はおとぎ話ではないように思います。始祖のように上手く扱うことはできませんでしたが……」


[ 人間の脆弱な器では膨大な力に耐えられなかったということだ。まあ……そうであるなら器を鍛えるか、取り込む力を絞ればよいだけの話だ。折角蘇ったのだから焦らずにやればよい ]



――なぜか励まされてしまった。

この黒龍、根はいいやつなのか……?


そもそも龍とはいえ魔物が意思疎通できるということは、やはりそれなりに格が高い存在なんだろうか。



「質問ばかりですみません。その始祖……アーカーシャですが、他に何か残しているものはありますか? 少しでもこの不思議な力について知っておきたいんです……!」


[ いや、我は今話したことしか知らぬ。龍王達であれば何か知っているかもしれんが…… 人間にそれを教えるとも思えぬ ]


そして黒龍はこちらを真っすぐに見据え、教え諭すように語りかける。


[ 精々多くの経験を積み、様々な事象に触れることだな……その一つ一つの積み重ねがやがて巨大な氷を溶かし――真理へ至る道を拓くだろう ]



何か違和感がある――

何だか黒龍が話を巻いて“締め”に入っているような気がしたのだ。

怪訝けげんな表情を浮かべる俺の顔を見て、黒龍は察したように話し始める。



[ おお、すまんな。 我にはもう時間がないのだ ]



それはどういう――

言葉に出す前に黒龍は俺の疑問に答える。



[ 本来、肉体を失った魂は長く留まることができんのだ。――我のような高位の存在であれば魔力で仮初かりそめの肉体を作り、霊体としてそれなりに留まることもできるが、ここは瘴気が強い……いかに我であってもそろそろ消えねばならん ]



「留まり続けると、どうなるんですか……?」


[ ……悪霊化する。そこに我の意思はなく、ただ破壊衝動に任せて暴れまわるだけの存在になり下がるのだ。龍族としてそのような恥は晒せぬ ]



瘴気は霊にも影響するということか……

これほどの存在が暴走するのは想像しただけでも恐ろしい。



[ 短い間であったが、最後に興味深い時間を過ごすことができた。礼を言うぞ ]



「なぜ……最初は殺そうとしていたのに――――」


[ お主が我に打ち勝ったからだ。龍族は強き者を好む ]



その言葉を発した直後、黒龍の存在感が急激に薄れていく――



[――では、さらばだ。しばらくは我の肉でも食らって食い繋げ。高位の龍族の肉など、滅多に食うことはできんぞ! ]



笑い声が聞こえた後、黒龍の魂は音もなく薄れていき、光の粒子とともに跡形もなく消え去っていった。

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