第6話 ともしび

――ここは、どこだ?


空ろな……希薄な意識が暗闇をさまよっている。

俺は……一体どうなったんだ……あの声の主は……?


途切れ途切れの思考の中でそんなことを考えていると、突然視界が開けてくる。




――そこには、幻想的な光景が広がっていた。

真っ暗な宇宙に、視界を埋め尽くす程の無数の“ともしび”が浮かんでいる。



黄色や橙色――無数の柔らかな光が暗闇に浮かぶその様子は、昔テレビで見た東南アジアの“ランタン祭り”のような光景だった。

(※無数のランタン型の熱気球が夜空を舞う幻想的な祭り)



ああ――これがあの世か。

今度こそ来てしまったんだな……


そらに浮かぶ一面の“ランタン”は、穏やかな光を湛えながらゆらゆらと浮かんでいる。


気が付くと、俺はランタンの“ともしび”に向かって手を伸ばしていた。

すると、浮かんでいた光が動き出し、すうっと吸い込まれるようにして手の中に納まっていった。



その瞬間――

突如何かで殴られたような重い衝撃が脳内に叩きこまれる。


石水植物人間獣骨机剣服麦城壁雨雲光炎金貨大地星……


幾千幾万の断片的な“何か”が容赦なく流れ込んでくる――!

何の法則性もない、ありとあらゆるものの映像が、情報が――メチャクチャに脳へ詰め込まれていく……!



あまりの情報量に気が狂ってしまいそうになったその時――

唐突に“ランタン祭り”の会場に意識が戻って来た。



一体何なんだあれは……!?

言語や文字とかの“加工”されたものではなかった――!


映像や音に乗せて入ってきた“アレ”は、もっと根本的で……物の成り立ちや、事象の仕組み・構造ような……翻訳される前の“生の情報”というべきものだった。



あんなもの、一介の人間が理解できる範疇を遥かに超えている……

得体のしれない超常的な“何か”に触れ、全身の毛穴が開くようなゾクゾクとした感覚が身体を包み込んでいくのを感じるのであった。



混乱する脳内を必死に落ち着けようとしていると、ふいに体が後ろにグイっと引っ張られ始める。


その直後、俺は引っ張られた方向へと加速しながら進み始め、まるで暗いトンネルを後ろ向きで進んでいるような……底の見えない奈落に落ちていくような感覚の中で、一気にランタンの“ともしび”が遠ざかっていった。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


――突然、ズシンと体に重さが戻ってくる。

まだ細かな感覚が繋がっていないような違和感は残っているが、全身に冷や汗をかき、呼吸や脈が乱れているのが分かる……



辺りは相変わらず漆黒の闇――

自分が生きていた事にホッとしたのも束の間、危機的な状況はまだ終わっていないことに再び重苦しい気分が顔を出してくるのだった。



[ やっと戻ってきたか…… ]



滅入った気持ちに追い打ちを掛けるように、俺の脳内にあの“声”が聞こえてくる――


慌てて“声”の主の方へ振り向くと、そこには相変わらずの“圧”を放つ気配がある。

ぼんやりと巨大な青白い光のようなものが見えるが、はっきりと姿をとらえることができない。


再び最大級の警戒モードに入り、次の行動を捻り出そうと必死で頭をフル回転させていると、声の主は思ってもみない言葉を口にする。



[ ――殺しはせぬ ] 



さっきまで自分はこいつに殺されかけていたのに、どういうことだ!?

意外な言葉に不意を突かれ混乱していると、ため息のような音と共に再び声が脳内に響いてくる。



[ 何だ、まだ見えておらんのか。今のお主なら感じることができるであろう? ]



――意味が分からない……一体何を言っているんだ?

改めて“声”のする方向に意識をやると、最初に襲い掛かって来た時と違い、体に刺さるような苦しい圧が感じられないことに気付く。


殺意がないということだろうか……一旦警戒モードを緩め、気配に集中する。

すると、先程とは明らかに違う別の“もの”を感じることに気づいた。


「これは――」


目で見ている感覚とは違う。

――だが、集中した方向の様子が、ぼんやりとしたイメージとして入ってくる。

意識を研ぎ澄ませば澄ます程、落ちている石ころまで“視える”ようになっていく……!



[ 〈存在感知〉というスキルのようだな。長く生きてきたが我も初めて見る ]



声の主の方向を集中して“視”てみると、するとそこには紛れもない……ゲームや漫画でみたような“ドラゴン”の姿が、はっきりと像を結んでいた。



「なっ!?」


突然のことに、俺は思わず尻もちをついてしまう。

高さ10m以上はあろうかという巨大なドラゴンが目の前にいるのだ。

驚かないわけがない……!



だが、よく視ると――目の前のドラゴンはどこか存在が希薄であることに気づく。



[ 気づいたようだな。今の我は魂と魔力だけの存在――いわゆる“霊体”というやつだ ]



魂、そして霊……いずれも日本にいた頃には見たことがないものだ。

もちろん聞いたことはあるが……


葬儀の仕事をしていたら一度くらいそんなこともあるのではと内心恐れていたが、ついぞ見ることはなかった。



存在が希薄であるとはいえ眼前のドラゴンが発する圧力は間違いなく本物だ。俺が持つ“霊体”という言葉のイメージとは少し異なるのかもしれないな――



「魂だけの状態でも地面を割ったりできるんですね。俺の脚だって――」


そんな質問をしながら脚に力を入れて立ち上がろうとした時、はっと気づく。



脚が動く……!

あの時、確かにこのドラゴンに脚をやられているはずだ。どういうことだ……!?

新たな疑問に固まっていると、考えを察したのかドラゴンが再びため息を吐きながら答える。



[ お主は死んだ。闇の刻印が暴走して、我もろとも爆散したのだ。――そこを見てみろ ]



ドラゴンが示した方向を視てみると、そこにはひどく損傷した巨大な体が横たわっていた。


これを――俺がやったのか!?


「だとしたら――なぜ俺は今生きているんですか!?」



自分の手足を視ると、希薄な感じはしない……確かに肉体がある。


[ お主は指輪を持っていた。確か〈輪廻の指輪〉といったか……古代の人間が造った、人間の欲望を体現したような魔道具だ。――どういう原理かは知らんが、あれは一度に限り死んだ持ち主を復活させる効果がある ]



右手を見てみると、あの時必死にはめた指輪は無くなっていた。

他の衣服は無事な所をみると、どうやら俺はあの指輪のお陰で爆発前の状態で生き返ったらしい……



[ 我も実際に見るのは初めてだった。クックック……中々面白いものを見せてもらったぞ ]


自分が殺されたというのに、ドラゴンは愉快そうにしている。

特に表情というものがあるわけではないのだが、何となく笑みを浮かべているように見えてくるのだから不思議だ。



[ しかし、あの爆発は大した威力であった…… ]


今度は感心したように話し出す。



[ 気づくのが遅れて至近距離で食らったとはいえ、我の魔法障壁を破るとは…… お主を囲み閉じ込める形で3枚、更に我の正面に3枚張ったのだぞ! 人間どもが手に負えず、ここに刻印持ちを棄てるのも分かるというものだ ]

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