第4話 追放

「刻印を持った者が発見された場合どうなるのですか! 先ほど王妃は“処理”と言っていましたが、あれはどういうことなんですか!?」


疑問に思ったことを口に出す前に信征が矢継ぎ早にまくし立て、俺より先に問いただしていく。


「先程話したように、感情の昂ぶりが魔力災害を引き起こす。――もし刻印持ちが発見されれば、万一にも暴発させぬよう直ちに〈大迷宮〉へ送られることになっておる。 例え召喚勇者であっても例外とすることはできぬ……」


王はこちらを真っすぐ見ながら哀れみの表情を浮かべ、少し間をおいて言葉を続ける。



「迷宮内は〈瘴気〉と〈魔力〉が満ちておる。ひとたび踏み入ればたちどころに意識を失い、そのまま死に至るであろう。――仮にその前に魔力災害が起きたとしても、大迷宮の地下深くであれば国民に被害が出ることはない……」



何だ――?

俺が目の前にいるってのに随分と“率直な”答えを返してくれるじゃないか。詳しく話せば、俺が暴れたり抵抗するリスクが増すとは思わないのか……?



――いや、それでも敢えて話したのは信征が勇者だからだろう。

勇者の助けを借りたいがため、ここで信征の心証を損ねすぎるのは得策ではない……ということか。


あまり激高する姿を見せると、王の中で“リスク”の方に天秤が傾いてしまう。

何とか王の心理を利用しつつ妥協点を探るしかない……


「そうであるなら!」


あれこれと考えを巡らせる俺の頭に信征の声が響き、普段あまり大声を出さない信征が感情を露わにして王に訴えかける。



「せめて……国外追放という形にしていただけないでしょうか!――ここにいる悠賀は十年来の付き合いをしている親友なんです! どうか、どうか寛大な処置をお願いします!」


「自分からもお願いします! こんな形で友の命を奪われるのは耐えられません――!」


幸司も俺の前に進み出て、床に頭をこすりつけながら必死に王へ情状酌量を求める。


「この国のために精一杯働きます! だから命だけは助けてやって下さい!」



親友達の援護射撃に勇気づけられた俺は、重ねて王へ訴える。


「この命以外は望みません――! 外へ追放していただければ、二度とこの地に近付かないと誓います……!」



だが、3人の思いとは裏腹に王の表情は変わらない。彫刻のように固まった顔のまま、無情な言葉が告げられてしまう。


「――残念だが、本当に申し訳なく思うが……掟は絶対なのだ……」




「この世界に呼んだのはあなた方だ! そちらの都合で呼び出しておいて、危険だと分かった途端処分されるなんて……納得できません!」


――だめだ、頭では分かっていても、つい語気を強めてしまう。

冷静に……とにかく冷静に訴えかけなければ――



この緊迫したやりとりに、真と竜胆はこちらを不安そうに窺っている。一体どうすればよいのか分からず、ただただ困惑している様子だった。



「これから、そなたを北部にある〈カルヴァドス大迷宮〉の深部へ送る。もし望むなら、せめて《睡眠魔法》で眠らせてから彼の地へ送ろう……」



何故だ!? 何故ここまで頑なに拒むんだ……?


さっきの王妃といい、明らかに様子がおかしい。

魔力災害とはそれほどまでに脅威なのか?

二人とも、まるでつい最近その現場を見てきたような様子だった……



くそっ、情報が足りなすぎる……!

何かないか、この状況を覆せる手は……! この際多少強引でも構わない――



「こちらの都合で呼び出しておいてこのような仕打ち……どうか、許してくれ……」


王が懺悔するように謝罪を述べる中、ふいに背中がざわつくような気配がしたため慌てて後ろを振り向く――


視線を向けた先にはいつの間にかコーエンが立っており、大きな宝石が付いた杖を持って何かの呪文を唱えていた。


足元に、青白い光を放つ魔法陣が浮かび上がる――



頭の中がぐるぐると意味のない思考を繰り返し、絶望が、不安が、焦りが……思考に更なるノイズを差し込んでくる。

あらゆる感情が目まぐるしく頭の中を駆け回り、渾然一体となって混ざり合う。


――そこにあったのは、“怒り”だった。



「眠らせなくていい……」


俺は荒ぶる感情に耐えようと食いしばっていた口をこじ開け、硬くなった声帯に無理やり肺の空気を送り込んで声を絞り出す。



「もし悠賀を殺したら―― 俺達は一切お前等に協力しない!!」


信征と幸司は何とか転送を阻止しようと暴れたため、衛兵に取り押さえられてしまう。


「――そなた等もいずれ分かる。これは……この国の絶対の掟なのだ!」




「――悪いな、信征、幸司」


俺は親友ふたりを真っ直ぐ見つめ、言葉に力を込めて口を開く。



「必ず戻って来る。必ずこの落とし前は付ける……! 必ず――」



その時、魔法陣が一際眩しい輝きを放ち、視界が光に包まれて見えなくなる――



4人が目を開けると、そこには蘇芳悠賀の姿はなく

微かな光の残滓だけが残っていた。

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