第1章
第1話 異世界
「…」
「……!」
「……――よし!」
何だ……遠くで声が聞こえる……
「6名の…喚……功しました!」
何が……どうなって――
霞がかかったようにぼやける視界が少しずつ開けてきた――が、身体の感覚がなく夢を見ているような感じだ。フワフワと意識が宙に漂っている……
「よし! 直ちに6名の生体反応を確認せよ!」
体を揺すられるような感覚と共に視界が回転し、建物の天井のような物が目に入る。どうやら、体を仰向けにされたようだ……
ぼんやりとした意識の中で、体をまさぐられるような不快な感触があり、しばらくして再び声が聞こえてくる。
「5名の生体反応確認!……1名はすでに死亡しております」
「そうか……」
威厳に満ちた低く伸びのある声が答える。
「生存者の意識が戻り次第、王見の儀を行う。死者は手厚く葬ってやれ!」
「ぐっ……!」
“死者”という言葉に何か胸騒ぎがして音のする方向へ意識をやると、少しずつ鮮明になる視界が、部屋から運び出される一人の男を捉える。
白いローブを着た数人の者たちが、担架のようなものを運んでいた。
その上で横たわる男は、顔面蒼白でダラリと腕を垂らしている。
不鮮明だった身体の感覚が徐々に戻ってくるのを確認するように、指先で冷たい床の感触をなぞり、足の先を動かす――
この窮屈な感じは恐らく靴だろう……こんな状況だというのに、自分が裸で転がっているわけではないことにホッとした気分になってしまう。
「くっ……」
意を決し、体に力を込めて上体を起こすと、駆け寄ってきた白いローブを着た男が上半身を支えてくれ、コップに入った液体を差し出してくる。
「お目覚めになりましたか! まだ立ち上がってはなりません、まずはこちらをお飲みください」
顔を見ると二十代くらいだろうか――
金色の短髪に少し不健康そうな、寝不足の色が濃い顔色をしている。ローブの色も相まって、いかにも研究職や医療職といった雰囲気である。
「これは……何ですか……?」
差し出された液体は高級そうな銀色のコップに入っており、無色透明で一見すると水のようである。
しかし、それが水ではないことが何故か直感的に分かっていた。
「これは、〈ポーション〉という薬です」
男は丁寧な口調で俺の質問に答える。
「今の皆様方は、転移の直後でお体に負担が掛かった状態です。 味は……まあ、ある程度慣れが必要ですが、体力の回復ができますので是非お飲みください」
――ちょっと待て、今〈転移〉と言ったか?
明らかに日本人ではないこの男の言葉が通じることも不思議だが、あの隕石はこいつらの仕業だったということか?
顔を上げ、ローブの男の後ろに目をやる――
明らかにさっきまで飲み食いしていたあの居酒屋ではない……まるで中世の城を彷彿とさせる建築だ。
石造りの壁に手の込んだ装飾が施された燭台が並んでいる。
その簡素な作りは城……というより、どちらかと言うと砦に近い雰囲気である。
――これは、いわば……
典型的な〈異世界召喚〉の景色だ。
「ここは……どこですか? なぜこんなことに……」
「それについては後ほど王からご説明があるでしょう。まずは皆さまの体調回復が先決です。さあ、こちらをお飲みください」
再度勧められた液体……ポーションを口に含む。
苦みと、プラスチックを熱した時のような香りがツンと鼻へ抜ける。
顔をしかめながら液体を飲み干すと、不思議と体の奥からジワリと力が満ちてくる感覚が広がった。
人心地つくと再び周囲が気になりだし、後ろを振り向き確認すると4人の男女が横たわっているのが目に入る。
――先ほどまで飲み会をしていた親友たちの姿もそこにあった。
「よかった――」
言葉に表しがたい安堵感。
心を埋め尽くしつつあった孤独感、焦燥感、不安感がすこしだけ和らいでいくのを感じたのだった。
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