序章② 葬儀屋 蘇芳 悠賀
「――それでは、よろしくお願いします」
そう言うと、白髪まじりの初老の男性はその場から少し下がった。
胸元には〈特別養護老人ホームともしび〉の所長であることを示すプレートを提げている。
ベッドには骨と皮―― という表現そのままの老人が横たわっている。
頬はこけ、目のまわりは落ち込んで
合掌礼拝をした後、
手早く老人の胸元にタオルで包んだドライアイスを当て、両手を
「――竹内さんは身寄りがなく、施設で預かっているお金もほとんど残っていません。 葬儀は行わず、火葬のみでお願いできればと思いますが……」と所長が切り出す。
「かしこまりました。ではこちらの書類に必要事項をご記入ください」
――こうして、ひっそりとこの世から姿を消していく人々がいる。
お坊さんが来てお経をあげることもなく、友人や知人が弔問に来て手を合わせることもない。
この仕事に就いて3年――
最期を迎えた人々の様々な“最後”に関わってきた。
盛大に―― ある意味お祭りのように大勢で賑やかに送り出すような最後もあれば、今日のように誰にも知られずに消えていく最後もある。
仕事を始める前までは、人は一人で生きていけると思っていた。
――いや、それは今でも変わらない。生きていくこと自体は確かにできるだろう。
では、最期はどう迎えるのか……
最後には何が残るのかを考えると、一人でいることがたまらなく怖く感じる。
この痩せ細った老人はどんな人生を歩んできたのだろう……
どんな“物語”を紡いできたのだろう。
戦後の激動の中で幼少期、青年期を過ごし、その後の人生を必死に生き抜いてきたはずだ。
働いて、また働いて…… 結婚はしたのだろうか、子供はいたのだろうか……
所長は身寄りがないと言っていた。
少なくとも“今”そのどちらもいないことだけがはっきりしている。
記入された書類に目を落せば、そこに書かれているのは名前や性別、生年月日といった文字列だけ。
こうした記号からは何も読み解くことはできず、“物語”など知るすべもない。
二十代半ばの自分には“死”はまだ遠い存在だが、その時が来たら自分はどんな形で幕を下ろすのだろう……
誰かの記憶に残ることができているだろうか、誰が自分の“証”をつないでくれるのだろうか……
そんなことを考えていると、漠然とした暗い気持ちが顔を出してしまったため、首を2・3度振って気持ちを切り替える。
――こういう時は目先の楽しいことだけを考えて過ごすに限る。
丁度いいことに、今週末は久しぶりに旧友達との集まりがある。
それを当面の心の支えとして、とりあえず、今日を乗り切ることにしたのだった。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
週末――
俺こと蘇芳 悠賀(スオウ ユウガ)は久しぶりに地元へ帰省して、中学時代からの親友二人と居酒屋にいた。
時田 信征(トキタ ノブユキ)は、180cmを超える身長に抜群の運動神経、学業優秀なイケメンだ。
中学・高校が一緒で、運動や学力で競い合った我が永遠の?ライバルである。
高校までは部活一筋だったが、大学医学部へ進学したのを境に次第に“リア充”路線へシフトし、研究活動、国家試験勉強、結婚と、どんどん先へ進んでいく“自慢の”友人だ。
遠藤 幸司(エンドウ コウジ)は信征とは対照的だ。
背はそれほど高くないが、柔道をやっていたので体格はよい。
彫りが深めで毛深かったため、しばしば“熊”とか“ダビデ”などといじられていた。
見た目に反して繊細でやや内向きな性格だったため、本人はそうしたいじりを快く思っていなかったようだが……
就職で
自分は……と言うと、中学時代こそ信征と顔面偏差値以外で競い合っていたものの、高校三年の秋に肺の病気をしてから運動を控えるようになり、大学に入ってもサークルに入らず自宅と大学を行き来するだけの日々を過ごしていた。
将来の目標もなく就職活動に身が入らなかったが、たまたま葬儀屋を題材にした映画を見たことに影響され、何となく受けたセレモニー会社に内定が決まった、という流れだ。
三者三様の人生だが、こうして年に数回集まって近況やお決まりの“鉄板”思い出話を肴に酒を飲んでいる。
――夜も更け、そろそろ会計をしようと店員の女性に声をかける。
高校生だろうか、いや深夜のバイトなら大学生か……
髪を後ろに束ね、凛とした整った顔立ちをしている。きっぷのいい応対が心地よい。
そんなことを考えていた時――
外が騒がしいことに気付く。
「おい! 隕石だ!」 店内に大声が響く。
「隕石? そういえば今日は“しし座流星群”が見られるんだっけ。
――とは言えそこは流れ星と表現すべきだろう……風情がないな、風情が」
などと酔っ払いにありがちな説教臭いことをつぶやく。
その時――
この世の物とは思えない程の爆音が轟き、周囲が青白い光に包まれた――
光で視界が奪われた直後、全身が押しつぶされるような圧迫感と
体が引き裂かれるような衝撃が走る――
自身の“死”という情報だけが脳に叩きつけられ、そのまま意識が途切れてしまった。
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