“ともしび ”の勇者と刻印の悪魔
芥子田摩周
序章
序章① レウス王国の悲劇
「じゃあなシャーリー、ここらで暫しのお別れだ」
そう言って俺は馬車のチケットを手渡す。
「あら、準備がいいのね――ありがとう。
久しぶりの王都だからってはしゃぎ過ぎないようにね、オリオルス」
短く整えられた明るいブラウンの髪をかき上げながら微笑みを浮かべるシャーリー。
「はっはっは、どうせ俺は親父と兄貴を見送ったら城の中でお留守番さ。〈アレナリア王国〉の王子と言っても、しょせん第三王子の俺は“予備”みたいなもんだからな!」
「もう、オリオルスったらまたそんなこと言って! そういう事を言いながら、ちゃんと“こなす人”だっていうのは分かってるわ。
――私はこのまま実家がある〈レウス王国〉に帰って、母と即位パレードを見たらアレナリアに戻ることにするわ。それじゃあね」
右手をひらひらと振りながら馬車乗り場へ歩を進めるシャーリー。
――馬車が出発したのを見届け、俺は実家であるアレナリア城へ向かうのだった。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
――城に戻った俺は、帰るなりすぐに玉座の間に連れていかれてしまった。
心の準備をする間もなく、長いこと顔を合わせていなかった家族に挨拶をする。
「――お久しぶりです。父上、母上、そして兄上」
「うむ、お前も壮健なようで何よりだ!」
王は久しぶりのわが子の姿に、嬉しそうに目を細める。
「聞いたぞ、お前〈金級冒険者〉になったそうじゃないか! うちの騎士団でも噂になっていたぞ!」
「いえいえ兄上、あれは半分運みたいなものですよ。相棒が優秀だったんです」
「お前が冒険者になると言って出て行ったのが16歳の時だった――
あれからもう7年になるのか……当時はどうなるかと思ったが、いい仲間を得たのだな」
王はしみじみとした様子で髭を撫でながら微笑む。
若干ばつが悪い気持ちを感じながらも、そんな“当たり障りない”言葉を交わしつつ時間を過ごし、ようやく自室へ戻ることができた。
――部屋に入ると、そこには昔と変わり映えのない空間が広がっていた。
「ふっ、ここは変わらないな――いや、それは俺も同じことか……」
しわ一つなく整えられたベッドに倒れこむように横になり、城で過ごした思い出を一つずつ手繰っていると、いつの間にか寝てしまった――
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
――翌日、目を覚ますと
まだ日も出ていない早朝だというのに城内は慌ただしく動いていた。
まあ、今日ばかりは仕方ないか。
何たって兄弟国であるレウス王国の新国王即位式だしな。
確か――
慣例に従って兄弟国の王から王冠授与をしなければならないんだっけか……
その準備をするために親父たちは夜明けを待って出発と言っていたから、そろそろ着替えて見送りにいかねば。
――しばらくして、寝室の扉をノックする音がした。
さては俺がまだ寝てると思って起こしに来たな?
「入れ!」
どうだ起きてるぞと言わんばかりに侍従を引き入れる。
「失礼いたします! お着替えは……不要のようですね。 それでは本日の日程を確認いたします!」
「オリオルス殿下におかれましては、これから城門にて陛下とアンセル殿下、そしてエルク騎士団長をお見送りいただきます」
「お見送り後、オリオルス殿下には――」
「分かってるよ。 俺は王族の血を絶やさないため、万一のことがあった場合に備えて城で待機、だろ?」
――その後城門で無事に見送りを済ませると、親父たちは〈転送魔法陣〉を使ってレウス王国へ向かった。
“お役目”を終えた俺は城に戻ってひと眠りした後、城の庭園の片隅にある薬草園から様々な薬草を収穫してきて自室の机の上に並べる。
「ふっ、勝手に収穫したこと、後で侍従長に話しておかないとな。この年になって昔みたいに怒られたら流石に恥ずかしいが……」
子供の頃何度も怒られた侍従長の顔を思い出しながら、そんなひとり言を呟く。
――それにしても、相変わらずここの薬草類の品質は素晴らしい。
特に〈マナグラス〉は、自生する物より効果が高いくらいだ……!
数日後にはシャーリーと合流してまた冒険に出る。
今のうちに道具の手入れやら薬草調合やらを片付けておかないとな……
そんなことを考えながら手慣れた様子で調合を進めていく。
その時
遠方より感じたことのない強力な魔力波動が押し寄せる――
ガラスがビリビリと音を立てながら振動し、外から鳥達がけたたましく飛び立つ音が聞こえてくる……
ただならぬ気配を感じて急いで窓の外を確認すると、レウス王国の方角に大きな煙が立ち昇っており、きのこ状に巻き上がっているではないか。
すぐさま武器防具を身に着け城を飛び出し、レウス王国の王都へ通じる転送魔法陣を起動する―― が全く反応しない。恐らく転移先の魔法陣に何かあったのだろう……
「仕方ない――馬で行こう……!」
侍従たちの静止を振り切り、数人の精鋭を率いてレウス王国へ出発するのだった。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
半日後――
「この丘を越えればレウスの王都が見える。急がないと……!」
丘を登りきると、見慣れたはずの王都は変わり果てた状態になっていた。一面が更地になり、城のあった場所には大きなクレーターができている――
あまりの惨状に言葉を失うが、震える体を無理やり奮い立たせ王都へと馬を走らせる。
――辿り着いた王都の中は、さながらダンジョン深層のように魔力濃度が高く、瘴気が立ち込めていた。
そうした環境に汚染されたのだろう…… 至る所に元国民と見られる悪霊やアンデット系の魔物が
襲い掛かる魔物を次々に切り伏せ、血路を開きながら城のあった場所へと向かう――
城門があった場所を走り抜けようとした時、ふと自分を呼ぶ声が聞こえた気がして振り返ってみると、そこには……アレナリア王国騎士団長である兄の変わり果てた姿があった。
下半身が失われており、臓物が散らかっている。
まだ意識はあるが、すでに瘴気に蝕まれたその体は魔物へと変質しつつあり、もはや一刻の猶予もない状態だった。
兄は、震える声で〈魔力災害〉があったことを告げ、息も絶え絶えになりながら自分を殺すよう言葉を絞り出す。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
――兄を“送った”後、クレーターと化した城跡にはすでに生き残りがいないことを確認し、震える体と……込み上げる何かを必死に抑えながら
連れてきた精兵たちに生き残った国民の救助を命じ、自身も再び城下町へ駆け出す。
相棒であるシャーリーの実家がある方向へ……
――相棒の家は爆心地からやや離れており“消滅”は免れたものの、無残に崩壊し、瓦礫となって遠くまで吹き飛んでいた。
少し離れた場所に、傷だらけになったシャーリーが力なく座っている。
魔導士まで上り詰めた実力者だ……爆風もシールド魔法で切り抜けたのだろう。
「シャーリー! 生きていたか……!」
――近づいたオリオルスは愕然とする。
シャーリーの手は血でドロドロになっており、周辺に飛び散る肉片をかき集めながら言葉にならない言葉をつぶやき、時折奇声を上げている。
爆風は建物の破片や石などを砲弾のように周囲にまき散らし、多くの人々を肉塊に変えた。
――彼女のただ一人の肉親である母もまた、その一人であった。
シャーリーを抱き寄せ、この場から一旦離れるよう説得するが全く聞き入れない。
いつの間にか、周囲は炎と魔物に囲まれていた――
血が出ていることも気づかないほど唇を噛みしめるオリオルス。
壊れかけた相棒を無理やり肩に乗せ、兵に撤退を指示して王都を後にする。
「必ずだ――どんな手段を使っても、魔力災害を根絶してやる……!
二度と、二度とこんな悲劇は繰り返さない……!」
そう固く心に誓ったのだった。
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