其の参 追いつ追われつ

 そのあっちゃんこと、宮原みやはら敦子あつこは教室で机の上にうつ伏せになり寝ていたが、何か夢でも見ていたのであろうか、突如、びくりとなり目が覚めた。ふわぁっと大きな欠伸をして、隣をみる敦子。そして、教室中を見渡す。しかし、そこにお目当ての人物はいない。そう、探しているのは奏の姿。それがどこにも見えないのである。

 

かなでぇ……どこぉ……」

 

 ふにゃあっとした声で奏の名を呼ぶ敦子は、ふらふらとした足取りで奏を探しに教室を出た。向かった先は奈津美なつみ皐月さつきの教室。

 

 がらりと奈津美達の教室の扉を開ける。敦子へ教室中の視線が集まった。それににへらぁっとした愛想笑いを浮かべる敦子はさささっと目だけ動かし教室の中を伺った。いない。奏だけではなく、奈津美も皐月さえいない。そして、奈津美の席の隣にやたらと出来ている人だかり。

 

『そう言えば……転校生が来ったち、言いよったね』

 

 人見知りで若干、コミュ障の敦子。だが、かなり好奇心旺盛な女子でもあった。何度か訪れたことのある奈津美達の教室。意を決した敦子は好奇心に駆られて、その人だかりの方へとそろりそろりと歩き出した。目立たない様にゆっくりと。

 

 そして、その人だかりの周りをぐるりとまわった。その中心にいたのは綺麗な女子であった。敦子と同じ様に長くて黒い髪。少し太めの眉に垂れ気味の大きな瞳。

 

「ふわぁ……愛らしかぁ……」

 

 思わず声に出してしまった。その声に、転校生美彩の周りに集まった生徒が敦子の方へと振り返る。敦子は自分に集まる視線に頬を染めて俯いてしまった。

 

「ご……ごめんなさぁい」

 

 逃げる様に足早に去ろうとする敦子に、なんと転校生美彩が追い掛けて来たではないか。


 たったったったっ……

 

 早足で廊下を歩く敦子。それに負けずに早足で着いてくる転校生美彩

 

「あわわわ……」

 

 後ろを振り返った敦子の目に、その大きな瞳をきらきらさせながら次第に距離を詰めてくる転校生美彩の姿が入った。

 

『なして着いてくっと?なして?私があげんか事ば言うたけん?愛らしかって言うただけやん……腹かいたん?短気は損気っち言うやろ?』

 

 最早、涙目になっている敦子。走るか走らないかのぎりぎりの速度スピードでの早歩き。

 

【廊下を走るな!!】

 

 掲示板に貼られた一文。それを敦子は律儀に守っているのだ。根が真面目なのだろう。しかし、それでは追いつかれてしまうのは目に見えている。

 

 次第に敦子の顎が上がり苦しそうに呼吸をし始め歩く速度が落ちてきた。ちらりと後ろを見る。転校生美彩は涼しい顔をしている。この真夏の廊下を限界ぎりぎりの早歩きをしているのに、汗一つかいていない。その距離が詰まっていく。三メートル、二メートル、一メートル……そして、転校生美彩の手が敦子の肩を掴もうとした。

 

『いやぁぁぁぁっ!!』

 

 万事休す。

 

 と、そんな敦子の前に見慣れた後ろ姿を発見した。大中小の三人組。

 

「助けてぇっ!!」

 

 その三人組で一番小さな背中へと抱きつく敦子。突然、後ろから抱きつかれ驚き振り返る三人組。

 

 奈津美なつみ皐月さつきかなでであった。

 

「どげんしたん、敦ちゃん?!ばり疲れとるやん」

 

「助けてぇ……追いかけられとるんだって」

 

 抱きつかれた奏が、敦子の指さす方に顔を向けた。同じ様に奈津美と皐月も顔を向ける。

 

「四人組が揃ったばいっ!!」

 

 その先にはとびきりの笑顔で四人を見ている転校生……美彩みどりが立っていた、

 

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