其の肆 奏

 美彩みどりは休み時間の度に、クラスメイト達から囲まれ、質問責めされていた。それもそうだろう。F県F市から来たのである。F県は奈津美なつみ皐月さっき達の住むS県の隣にあり、その中でもF市は国内でも有数の都会なのだ。クラスメイト達、S県民からしてみれば憧れのF市に住んでいた都会っ子の美彩が質問責めされるのは、ある意味、しょうがないのである。動物園にやってきたパンダと同じだ。

 

「大変やね……」

 

 自分の席まで押しのけられてしまう程に集まっているクラスメイト達を見ている奈津美がトイレにと席を立った皐月と教室の出入口で自分の席の方を振り返り呟いた。

 

「ほんなこつばい……そげん都会っ子が珍しかかねぇ」

 

 呆れ顔でクラスメイト達を見ている皐月だったが、すぐに興味が無くなったのか教室から出るとトイレへと向かった。

 

 奈津美と皐月が並んで廊下を歩いていると、突然、後ろから一人の少女が二人へと抱きついてきた。

 

「きゃっ!!」

 

「うわっ!!」

 

 驚きの声を上げる二人。そこには栗色の明るい髪色のショートカットで、くりくりした大きな瞳の小柄な少女が、太陽の様に明るい笑顔で二人の腕に手を回している。

 

「なんだぁ、かなでか。びっくりさせんでばい……」

 

「なんだとはなんだっ!!奏ちゃんだぞっ、私はっ!!」

 

「知っとる」

 

 やたらとテンションの高い奏。いつものどんな時でもそうである。そして、この二人の親友の一人。小さな時から常に一緒にいる。そう、奏も大の釣り好きであった。

 

「今朝、釣れたん?」

 

「うん、釣れたばい。一匹やったけど、六十サイズの鯰」

 

「そっか、そっか。私も四十位のバスば三匹」

 

 奏は両手を四十センチ位に広げて見せた。彼女はブラックバスという魚を主に狙って釣っている。

 

 ブラックバスは獰猛な肉食性の魚。元々は食用として輸入されたが放されてしまい、その繁殖力の高さからあっという間に全国各地へと広がってしまった特定外来種で、リリースは禁じられている。

 

 彼女は律儀にそれを守り、釣ったブラックバスを家に持って帰り、捌いて食べている。奈津美と皐月も奏から勧められ食べた事があるが、白身でフライにしてハンバーガーにすると意外と美味しいのである。奏は、ブラックバスを使った料理を色々と考えており、将来はブラックバス料理の店をオープンするのが夢らしい。

 

 そんな事もあり、大きかろうが小さかろうが三匹釣り上げたら終わりと言う独自のルールも決めている。特定外来種であろうが一つの命。闇雲に釣り上げ、殺すのもしのびないし、たくさん釣り上げても食べるのにも困る。

 

 なので、三匹釣り上げると奈津美や皐月のように雷魚や鯰、そして、鯉や鮒を釣ったりしている。

 

「やっぱ朝まずめと夕まずめが狙い時ばい」

 

 奈津美と皐月の間に立って歩く奏。二人の間に立つとその小柄さが一際目立つ。皐月は背が高く百六十七センチ。もうすぐ百七十センチに手が届く。奈津美は百六十三センチ。皐月と並ぶと低く見えるがそれでも平均身長以上はある。それで……奏はと言うと、自称百五十センチ。本当は僅か数センチ及ばないとの噂もある。

 

「そう言や、あっちゃんは?」

 

 いつも奏と一緒にいるこれまた釣り仲間の敦ちゃんこと、宮原みやはら敦子あつこの姿が見えない。少しぼやっとしたのんびり屋さん。奏とは正反対の女子である。

 

「敦ちゃん?教室で寝とる」

 

 二人の予想していた答えが奏より返ってきた。さすが、のんびり屋の敦ちゃん。

 

「呼ぶ?」

 

 携帯を取り出し敦ちゃんを呼ぼうとした奏を奈津美が止めた。さすがに寝てるのを起こすのは可哀想だ。取り敢えず三人はトイレまで楽しそうに釣果自慢をしながら向かった。

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