プロローグ 其の弍 黒髭危機一髪?!

 田圃と田圃の間にある狭いクリーク。幅は約二メートルから一メートル程。真夏の早朝に、そんな狭いクリーク沿いにある田圃の畦を歩く一人の少女。朝から照りつける容赦ない日差しを避けるために麦わら帽子を被っており、肩ほどの髪が少女の歩調に合わせさらりさらりと揺れている。

 

 少女は片手にロッド釣竿を持ち、肩にはたすき掛けに小さなバッグを掛けていた。

 

 NazzyChoiceナジーチョイス 59M+ CHOCOMINTチョコミント

 

 Ambassadeurアンバサダー 6500CS Rocketロケット Black&Red High-Speed。

 

 鮮やかなミントブルーと要所にチョコを思わせるブラウンが配色された派手なロッド。そして、それと対照的な大人びた黒と赤の丸型リール。少女がせっせとバイトをして貯めたお金で買った自慢のタックルである。

 

 その派手なロッドの先にぶら下がる、これまた派手な蛍光ピンクのルアー。ディフォルメされたずんぐりむっくりの芋虫の形をしている。

 

 ノイジーキャタピークリッカー。

 

 鮮やかな色をした、その芋虫型のルアーの先端に大きな金属製のカップが付けられており、このカップが水面でルアーを引くと、ルアーを左右に振らせながらポコポコと音を立てる。ノイジー系のルアー。余談であるが、実際、本当にポコポコと言う心地の良い音がするのである。

 

 のんびりと口笛を拭きながら歩いている少女の視線の先に、田圃からクリークへと水が流れ落ちる、所謂、流れ込みが見えてきた。

 

「よし、まずはあそこば狙うばい」

 

 少女は持っていたロッドを構えると、ヒュッと流れ込みから下流側の約五十センチ程の所へとルアーを投げ入れた。

 

 ぼちゃんっ!!

 

 思ったよりも大きな音を立てて水面へと着水する。これでは魚が逃げてしまうのではないか。

 

 しかし、ルアーが大きな音を立てて着水した時である。

 

 ばふっ!!

 

 水しぶきと共にルアーが水中の中へと消えていく。それと同時にピンっと張られるライン。

 

「ビンゴッ!!」

 

 少女の顔が嬉しそうに輝いた。そして、一気にリールでラインを巻いていく。ぐにゃりと曲がるロッドが抵抗する魚の動きを上手く吸収しいく。

 

 ばしゃんと水面を跳ねる魚。黒くてぬめりとした魚体が真夏の太陽に照らされて光る。だが、跳ねた魚の口からルアーのフック釣針が外れてしまった。

 

 少女は勢いよく自分の方へと飛んでくるルアーを避けると、残念そうにクリークの水面を眺めている。

 

 そう、雷魚と同じく、少女の狙っている魚もフックの返しを潰しており、今のようにフックが魚の口から外れる事が良くあるのだ。

 

「あーっ!!悔しかっ!!」

 

 急いでラインを巻きとると、また畦を歩きだした。そして、少し行くと自分の対角線にあるクリークの壁に向かってキャストした。コツンッと壁に当たり水面へと着水するルアー。ルアーを中心にゆっくりと波紋が綺麗な円を描き、幾重にも広がっていく。

 

 波紋が収まると、ゆっくりとリールを巻きルアーを動かし始めた。

 

 コポコポコポ……

 

 コポコポ……コポコポ……

 

 ルアーが水面を掻き分けるようにそのボディを揺らしながら進んでいる。そして、ルアーが着水した所から二メートルほど進んだ時である。

 

 バフッ!!

 

 水面が爆ぜると同時にルアーが弾き飛ばされた。しかし、少女は慌てること無く、先程よりもゆっくりとルアーを巻いていく。

 

 バフッ!!バフッ!!

 

 大きな捕食音と共に、二度三度と水面が大きく揺れた後、ルアーが一気に水中へと消え、ロッドが大きく曲がる。

 

「今度は逃がさんばいっ!!」

 

 左右に暴れ回る魚。それに合わせロッドをコントロールしながらリールを巻いていく。次第に魚の体力が削られていくのが分かる。少女はバッグの脇に掛けてあったタモを取ると、するするとタモの柄を伸ばし引き寄せられた魚を掬った。

 

 タモの中でびちゃりびちゃりと暴れる魚。真っ黒で体中がぬめりで光っている。魚の口にフイッシュグリップを挟み、ルアーを外すと、その黒くてぬめぬめとした長ヒョロい魚体が顕になった。下顎の出た口。意味があるのかと思えるくらい小さな背鰭せびれ。丸くて小さな瞳。そして、この魚の一番の特徴である四本の髭がぴくりぴくりと動いている。そう、少女が釣っていたのはなまずであった。

 

「六十センチくらいやろ?」

 

 少女が釣り上げた鯰をしげしげと眺めていた時である。

 

「おぉい、奈津美なつみ。釣れてるやん」

 

 少し先の農道から、自転車に乗った少女がぶんぶんと手を振っているのが見える。奈津美はその少女へと手を振り返すと、鯰を水の中へと帰してやった。

 

 畦道を引き返す奈津美。奈津美の停めている自転車の脇に、先程、手を振っていた少女が待っていた。

 

「おはよう、皐月さつき。どげんやった、そっちは釣れた?」

 

「うん、釣れた。七十三位の」

 

「そこそこ大きいやん」

 

「釣り上げる瞬間までは、もっと大きいっち思いよったっちゃけどね」

 

「分かるぅ!!釣りあるあるやん」

 

 奈津美の言葉に顔を見合わせ笑う二人。ふと時計を見た皐月


「早う帰らんと、学校に遅刻してしまう」

 

「やばっ!!遅刻なんかしたら、釣り禁止令が出るばいっ!!」

 

 そう言うと慌てて二人は自転車を走らせ、家路へと向かった。



NazzyChoice 59M+ CHOCOMINT……ジャッカルと言う釣具メーカーの出している鯰専用ロッド。


Ambassadeur6500CS Rocket Black&Red High-Speed……アブガルシアと言うスウェーデンの釣具メーカーが出しているリール。

ノイジー系……水面(トップウォーター)に浮き、騒がしく音を出し魚にアピールするルアー。基本的にロッドアクションはせず、ただ巻くだけでアクションを起こすタイプが多い。


カップ……ルアー先端に付けられ、水の抵抗を受けて様々なアクションや音を出す物。金属製やプラスチック製がある。


キャタピークリッカー……スミスと言う釣具メーカーが出している鯰専用ルアー。ノイジータイプと音のしないタイプ、そしてソフト素材で出来た三種類がある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る