それ行け!我らは釣り同好会‼︎
ちい。
プロローグ 其の壱 クリークの少女
ばしゅっ!!
梅雨明けした七月後半の午前六時。既に太陽はその暴力的な陽射しをまるで矢を放つが如く、空から地上へと放って来ている。
そんな、陽射しを受け直視出来ないほどに反射し、きらきらと輝く水面。その水面を
クリークと呼ばれる用水路。
川幅は広い所で約十メートル。そして、その総距離は約二千キロと言われている。見渡す限りに広がる田畑。その田畑へ農業用水を供給するクリークでは、多種多様な魚が釣れ、全国でも有名な場所である。
そんな太陽の陽射しを受け輝く、菱藻に覆われたクリークの水面をサングラスをかけた一人の少女がじっと見つめている。
ばしゅっ!!
水の弾けるような音。僅かに揺れる菱藻。その音がする方向へと視線をやると持っていた
ロッドより放たれたライン釣糸は綺麗な弧を描き、先についたフロッグを先程、僅かに揺れていた菱藻の少し先へと落とした。ゆっくりと菱藻の上をロッドを揺らしリールを巻きながらフロッグを左右に振り、近付けていく。そして、フロッグが先程の揺れた菱藻の所にたどり着くと、ピタリと止めた。それから二三度、ぴくぴくとフロッグが揺れる程度に動かす。止めて、また動かす。それを数回繰り返した時である。
ばふっ!!
先程の音とは比べ物にならないくらいに水面が爆ぜる音がした。魚の捕食音。
すると、そこにあったはずのフロッグが消え、たるんでいたラインが軽く張っている。ロッドに重みを感じた少女が全身を使って、これでもかと言うくらいにロッドを引いた。
その瞬間である。
一気にラインが引っ張られ、ロッドがベリーの辺りから急激に曲がった。
「でかいっ!!」
ロッドを自分の方へと引き寄せる。リールのドラグが負け、ぎりぎりとラインを出していく。
少女の使っているタックルである。この魚専用のロッドにチューンが施されたリール。ラインはPEの八号。そこまで太いラインを使わなければ、オープンエリアならまだしも、菱藻の下に潜られたこの魚を引き上げることは到底無理である。
それでも少女はロッドのしなりを上手く利用し、リールを巻いていく。次第に魚が少女へと近づいてくる。だが、まだ油断は出来ない。暴れ出す事もそうだが、フロッグの針には返しがついておらず、魚の口から針が外れてしまう事もよくあるのだ。
ラインのテンションを保ちながら、慎重に自分の方へと引き寄せる。
少女の額、そして、腕に玉のような汗が吹き出している。その細い前腕に筋が浮かぶ程に力を込めてロッドを引き、ラインを巻き続けていた。
川面に浮かんでいる菱藻を押し退けながら、ラインがその魚を少女の方へと引き寄せてくる。多量の菱藻の塊のように見える。だが、その菱藻の団子のようなそれの隙間からあの魚の姿が見えた。
しなるロッドで岸まで十分に引き寄せた少女は胴の半分ほど水面から出た魚のえらぶたへと指を突っ込み持ち上げた。
蛇のような模様に、その大きな頭にフロッグを咥えた口から見える鋭い歯。。太い胴体。朝日を反射しぬめりとした体がてらてらと光っている。
カムルチー。所謂、雷魚ライギョと呼ばれる魚である。田舎の年寄りには『タイワン』『タイワンドジョウ』と言った方が伝わる事もある。
雷魚。
約百年程前に朝鮮半島から食用として養殖する為に持ち込まれた外来種である。しかし、ブラックバスやアメリカザリガニ、ウシガエルと言った特定外来種ではなく、捕まえたからといって殺す必要ななく、リリースも可能である。
少女はそんなお世辞にもかっこよくも綺麗でもないその魚を手早く巻尺でサイズを測った。
「七十……三かな?」
思ったよりもサイズが大きくなかったのか、少し苦笑いを浮かべていた少女は、手際良く雷魚の口からフロッグを外すと、雷魚をゆっくりと水につけ、元気が戻った事を確認すると、菱藻の間からクリークへと放してやった。
「ありがとう」
クリークの水で手を洗うと農道脇に停めていた自転車へと戻り、眩しく光る水面をもう一度眺めた。どこからか、ぱしゅっ、ぱしゅっと雷魚の呼吸音が聞こえてくる。まだまだ釣りたい欲を我慢し自転車に跨ると、ロッド片手にふらふらと家路についた。
フロッグ……主にカエルの形をしたルアー。素材は柔らかいシリコンで作られており、お尻に二本の上向きのフック(釣り針)がセットされている。そのフックはフロッグのボディに密着しており、その柔らかいボディに魚が噛み付く事でフックが飛び出て魚に掛かるという仕組みになっており、菱藻等の水草の生えたカバーエリアでも引っかかること無く動かせる。雷魚釣りの他に、バス釣り等にも使われ、カエルだけではなく、ネズミ等の形もある。
ベリー……ロッド(釣竿)の中心部。先端はティプ、グリップの上辺りをバットと言う。
呼吸音……他の魚とは違い、雷魚は空気呼吸をするため、水面より口を出し空気を吸い込む時に音がする。それを狙って釣る『呼吸打ち』というのを少女はしたのである。
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