第4話 アンタにこれを届けに来たんだろうね

小一時間ほどかけてエリア内で見つけた魂たちを話を聞いて回ったアルドだったが、残念なことに有力な情報を得ることは出来なかった。

魂たちの言葉は断片的で、イルルゥの言う通り生前のことを覚えていない者が多いように見える。

やっぱりそう上手くはいかないか、と重い足取りでエリアの中央に戻ってくる。東屋で休憩をとっていると、どこからともなく先程見失った猫が歩いてきた。


「…あ!お前も此処にいたのか…!」


猫はその場に座って返事をするように「なぁん」とひと鳴きする。その口にはまた何かの草が咥えられていた。


「その草前にも…」


すると東屋傍の水場からぼうっと黒い人影のようなものが浮かび上がってきた。


「……キミは…どうしてこんな所に…」

「ん?」


声に気づいたアルドは影の方を向いた。輪郭はぼんやりしているが、確かに人の形を成している。


「確かに…確かに助けたはずだ…なのにどうして此処にいる…!?まさかキミも死んでしまったのか!?」


影はアルドにではなく、猫に向かって話しかけているようだった。酷く動揺した様子だが、猫は草を咥えたまま首を傾げている。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!その猫はまた死んでないぞ!?多分!」


アルドが慌ててそう言うと、影は輪郭の周りの黒い靄をゆらめかせた。アルドと猫様子をじっと見つめているように見える。


「……そうか、そうだよな…生身でここに来られるわけないもんな…よかった…」


影は胸を撫で下ろすように心底安心した様子でそう言った。


「…もしかして…猫を助けて魔物に殺されたって…アンタのことか?」

「そうだけど…どうして僕のことを?」


猫は随分その影に懐いているようで、実体のない体の周りをぐるぐると回って体を擦り付けるような仕草をしている。


「実はラトルで恋人を亡くしたっていう女の人と話をして…この猫、アンタが助けた猫だったんだな」

「彼女と…?……そうか…」


影はそう呟いた後押し黙って、しばらくしてまた口を開いた。


「彼女は元気か?」


その質問にアルドは一瞬言葉に詰まってしまった。けれとここで嘘をついても意味はないと思い、自分が感じたことを正直に話すことにした。


「…元気…ではないと思う。凄く落ち込んでた。前は好きだった猫も嫌いになっちゃったみたいだ」

「…………そうか」


アルドの答えに影は言葉少なく頷く。

彼女も本当に猫が嫌いになったわけではないのだと思う。しかし恋人を失った悲しみと怒りをどこにぶつけていいのか分からず、猫と距離を取ることで何とか冷静を保っているように見えた。


「…猫を助けたことは全く後悔していないんだ。あそこでこの猫を見捨てていたら僕はもっと後悔していたと思う」


そしてそう続けた。


「……でもやっぱり、彼女を残して死んでしまったことは後悔している。その後悔のせいで僕は未だに此処にいるんだろうな」

「………………」


アルドは何と答えていいか分からず、影と一緒に押し黙ってしまう。彼は死んでしまった。生き返ることは二度とないし、もう現世を生きる彼女と言葉を交わすことも出来ない。アルドの仲間の力を借りればもしかしたら可能なのかもしれないが、それはイルルゥや先輩が言っていた通り自然の摂理に反したタブーだ。


「……俺でよければ、彼女に伝言を預かるよ。信じて貰えるかは分からないけど…」


すると次の瞬間、それまで影に甘えるようにしていた猫が突如影の背後を見て総毛立たせた。


「ん?どうした?」


シャーッと威嚇する声を出す猫の視線の先を目で追うと、人影とは別の黒い影が浮かび上がってくる。それは徐々に輪郭をはっきりと表して、人の顔や魔物の頭部や手足を繋ぎ合わせた禍々しい姿に変わっていった。


「何だこいつ…!一体どこから…!」


外の世界から断絶されたこの場所は普通の魔物は入って来られないはずだ。魔物は地鳴りがするほど咆哮して影に向かって突進してきた。


「しまった!」


アルドが同時に駆け出すが間に合わない。

魔物が影に襲いかかろうとしたその瞬間、間に大鎌が割って入ってきて攻撃を弾き飛ばした。


「ゼフィーロ!?どうしてここに…!」


魔物の前に立ち塞がるのは大鎌を携えた魔獣。アルドの仲間であり、イルルゥと同じく魂の回収を生業にしているゼフィーロだった。


「話は後だ。こいつは魂を狙って食おうとしてる。さっさと片付けよう」


ゼフィーロは鎌を構えて魔物を睨みつけたままアルドに向かってそう叫ぶ。

アルドも剣を抜いて戦闘態勢をとった。


「分かった!」


***


戦闘を終え、消滅した魔物の痕跡を見ながらアルドは剣を鞘に収めた。


「ありがとうゼフィーロ。助かったよ」

「この辺りの魂に話を聞いて回ってる人間がいるっていうからもしかしてと思って来てみたけど…本当にキミはいつも面倒事に首を突っ込んでるんだね」


同じように釜を背中に収めてゼフィーロはやれやれと首を振る。


「ごめんごめん。でも、煉獄界にこんな魔物が出てくるなんて…」

「今までなら有り得ないよ。それだけ精霊の力が弱まってるってことなんだろうけど…折角回収した魂を食われたらたまったものじゃない」


ゼフィーロはそう言って四大精霊の幻霊がいる磐座の方角を見つめた。そしてアルドたちに視線を移し、男性の影の足元にいる猫を見て何かに気づく。


「ん?その猫が咥えてる草…」

「これか?会う度に持ってくるんだよな…何の植物なんだ?」


アルドの言葉を聞いたゼフィーロはしばらく考えた後、しゃがんて猫の咥えている草を見つめた。


「…アルド、どこか怪我してる?」

「え?いや、俺はどこも」

「そうか。じゃあこの猫はアンタにこれを届けに来たんだろうね」


ゼフィーロはらそう言って立ち上がり、傍に立つ男性の影に話しかけた。


「え…?僕に?」

「これはココノツソウといって、ティレン湖道のあたりに群生する薬草さ。人間にはあまり効果がないけど、動物の怪我にはよく効く。猫も本能的にそれを知っていたんだろうね」


猫は「なぁん」と愛想よく鳴いて、咥えていた薬草を男性の足元にぽとりと落とした。


「……僕が魔物に襲われて怪我をしていたのを見ていたから…持ってきてくれたのか?」


影は震える声で足元の薬草に触れる。

猫は返事をするようにもう一度鳴いた。


「…そうか」


そしてその手で猫の頭をそっと撫でた。

触れることはもう出来ないけれど、その温もりを確かめるように。


「……そうか……ありがとう…ありがとう…」


その薬草が彼にとって効果がないものでも、効果があったとしてもう無意味なものでも、猫は確かに彼を助けようとこれを咥えて持ってきたのだ。身を呈して自分を助けてくれた、この男性のために。


「…僕は彼を人間専属の鎌使いに託すよ。転生もそう遠くはないはずだ」

「…ああ。ありがとうゼフィーロ。頼んだよ」


仲間に任せれば彼の魂も安全だろう。

男性の影は立ち上がり、真っ直ぐにアルドを見る。


「…君もありがとう。伝言のことだけど…必要ないよ。伝えたかったことは沢山あるけど、これからを生きる彼女の枷になってはいけないからね」

「…そっか」

「それに…こう言ったら変だけど、何だかまたすぐに会えるような気がするんだ。だから、それまでとっておくことにするよ」


表情は分からないけれど、男性の影はそう言って柔らかく微笑んだように見えた。

アルドはもう一度頷いて、ゼフィーロに連れられて行く男性の影を見送った。

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