story 3 -roast flavor-
気の利いた自動ドアは私が入店すると普段は同時に閉まるのだが、今日はやや遅れて閉まった。
後ろに軽く目を向かわせるとそこには、先程までは見知らなかった愉しげな表情をする彼女がいた。その顔は初対面より面白く無くもあり、面白くもあった。
そんな彼女に目線を合わせると、私には不釣り合いの笑顔を向けてきた。
いいのであろうか。
午後の昼下がりからこんな一時を過ごすのは私の中では実に良いことだろう。
だが、この世間的に見ても良い雰囲気であろうが、彼女的にはいいのだろうか。やや私には少しばかりの向上心はある。まず手は出さないだろう、そして足下を見ないだろう、それでまた腰を据えて話せるだろう。
この何から話したらいいか、と語っている顔のこの彼女は恐らく何かしら彼女にとって愉快なことを話して、私で何かしら動揺させる。その種の女の子。
そんなことを数秒で考えつつ私はメニュー表を見て、私は冷たいモカを頼む。
この暖房が行き過ぎててはいないが、頭をより冷やすことで、冷静さを保とうと思う私はかなり紳士的で理性的な誠実である判断であろう。
彼女は不思議そうだったが。声を掛けてみる。
「どうだい、何を頼む。」
「では、僕は温かいカフェラテで。砂糖多めでお願いします。」
何も面白みの無い注文だが、こういう時は対応が普通だ。
人見知り。
とりわけそうでもないけれども真顔が過ぎてるので、どうだかよく解らなかった。
彼女の方へ顔を向けると、その顔は気分が悪くならない程度ににんやりと笑う。やはり面白くないこの子である。馴れ馴れしいのは愛嬌としておこう。
注文を終えて、どこに座るかと店を見回し見ると、ふと気づいたら、ずかずかと彼女は先行して店奥へと向かう。
そうして席についてから健やかな顔で軽く手を振っている。長話も悪くないか。暇つぶしの会話にしたら上出来な一日になりそうだ。
注文をした品物を受け取り、両手で持ち彼女の席まで運んでいった。
「それで、何から話すかい」
彼女と対面に向き合うように座り、そうして話は始めようかとした。
彼女に目をやるとそう言えば荷物がない。女の子にしたら不用心だ。
質問するのも蛇足だが話の切り出し方ならまぁいいだろう。
「荷物が無いようだが、いろいろと平気なのかい?」
彼女は疑問な顔をしたがああそういうことか、と顔をして。
そのいろいろと試したそうな顔に一つ釘を刺してみたところ実に上手く言った、それは満足な手応えだった。
「そうですね。化粧道具も持ち合わせてないなんてお相手に失礼ですね。」
「そうだな。君は丁寧語より語感を覚えて欺瞞を捨てた方がいい。お相手が誤解してしまう」
彼女は笑いを堪えながら。微笑に収めた。
中々な出だしだった。お互い有意義な時間を過ごせたらいいな、という私の心情はくみ取ってくれたらしい。
化粧崩れの心配のいらない目鼻立ちとは良い顔をしている。
そうして改めてその素顔を見ていると、何か渦巻くように吸い込まれそうであった。
この魅力は何処から来るのだろうか、若いから尚更、色艶やかな魅力とは感じられないはずだがそんな自分に笑ってしまう。
そうして黙ってその目の前にある一杯のコーヒーグラスで一息をつき、窓辺の様子でも見回していようとすると場はこの時間帯のためか閑散としていて、三・四席埋まっている程度であった。それに伴って、彼女がこう話しかけてきた。
「私に興味は無いんですか。」
なんてこと無いその会話の再度の皮切りに私は答えた。
「興味があって時間に余裕があるから話をしようかと、ここで話そうかと思っただけさ、より興味を持たせるかどうかは君次第だよ」
「そんなに魅力が無いのですか。私としましてもその余裕の大人の雰囲気に助力を願いたいのですが。どうですか。」
先に手を出したら負けだということは解るらしい。
これは巷では女の常識であるが男の場合もまたそうである。この女は両方こう捉えて知った気でいるのだろう。
女性として、言葉を換えればいじらしく子供っぽく。腹が立つくらい面白く思う。
私は懐から長財布から千円札を一枚抜くとそれを彼女の前にピラっと一枚置いてみた。
彼女は興味を持った意味をはき違えてるらしい事に気づいただろうか。不思議そうな顔をするだろうか。いや、しなかった。彼女もまたそういう思いで付いてきたらしい。普通にくすりとお互いを笑った。
「では、怒っている女の子の鎮め方を教えよう」
「おいしい甘い物を食べること」
「それに限りなく近い。これでまた買っておいで。」
「いいだろう。私が買って来ようか。」
「悪い気はしないですね。」
「そういう口の利き方はなるべくしない方がいい。私が悪い人だったらどうする。」
「悪い人では無いですから。」
初対面に言う言葉では無いのは確かだが、彼女がまた一際立った表現だ。
私は席を立って何か良質な菓子がないか、カウンターまで席を立ち注文へと向かった。
そうしてスイーツを見てなかなかバリエーションのある店であった。ふむ年頃の娘がどうしたら喜ぶか自分の頭を一捻りしてみた。これがいいかもしれない。
ふと、その私が目にとまったのが、パンケーキだった。
「これで頼む。」
「はい、ご注文を頂きます。」
それで私は機嫌を良くしてしまった。これほど喜ぶ事は無いだろうという。一級品の品物だ。
女の機嫌取りが趣味ではないということが一目で子供でも解るに違いない。
だがその機嫌もあまり長くは続かなかった。
首を軽快に回してテーブル席へと目をやると、誰もそこにはいなかった。
驚愕は目線を左右も見回すことをさせ、頭に残っていた彼女の雰囲気はこの店から去ったのだろうと、私の機嫌はそれに合わさって、気が沈み、反して彼女は怒っていたのかと笑っていたのだろうか。
暫く見入ったしまったが、すぐに諦めも付く。
ただ、先程会ったばかりなのだから。
「ご注文通り、パンケーキにございます」
情けなく気落ちしてテーブル席へと歩いて行き、空振りしたこの甘い香りのするパンケーキを手に持ってツカツカと音を立てて歩く。
席に着いて、テーブルへ店員のように丁寧に置くはずだったパンケーキを軽く置いて、それでフォークとナイフを使って食べようとした。
そこでテーブルの反対端に何か一枚の紙ナプキンが落ちていた。
それを広げると走り書きで何か書いてあった。
私は始め苦笑から始まった笑いが、声を出してしまいそうになった。
これは飛んだ娘に話しかけてしまったみたいだ。
そうして私はパンケーキへフォークで刺し、その一切れを口に放り込んだ。
その一口の味は彼女が味わうべき味であった。
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