第35話 『王子様の恋人』がコミカライズになるよ!
夕飯の買い物をしていると、わたしをチラチラと見ている女の子がいるのに気づいた。
「あのー……リルエさんですか?」
「はい。そうですけれど……」
声をかけてきた女の子は、妹のジュニーと同年齢ぐらい。
女の子は「キャーッ!!」と感極まったような悲鳴をあげた。
「コミカライズおめでとうございます! あたし、絶対に読みますから! 毎週金曜日を楽しみにしています!!」
「え? コミカライズ?」
「はい! リルエさんとアルオニア王子の恋愛物語が漫画で読めるなんて、感激です!!」
「なにそれっ⁉︎」
聞いていないんですけどっ!
アルオニア王子の屋敷に乗り込む。王子はまだ学校から帰ってきていない。
ヴェサリス執事とマッコンエルとオルランジェに報告する。
「コミカライズになるって本当なんですか⁉︎」
「はい、左様でございます。一足早く確認させて頂いたのですが、それはそれは素晴らしい作品で、年甲斐もなく甘酸っぱい気持ちになってしまいました。恋とはいいものですね」
鼻の下に髭を蓄えたヴェサリスが、うっすらと頬を染めている。
事態を把握できていないわたしのために、オルランジェが説明する。
「リルエちゃん、こういうことよ。つまり、女の子の夢がつまったロマンティックシンデレラストーリーが、めちゃコミっていう漫画サイトに連載されるというわけなの!!
漫画:○○○○
原作:遊井そわ香
出演:リルエ アルオニア
っていうことなのよぉー!!」
「す、すごいですね……」
わたしが知らない間にそんな話になっていたとは!
マッコンエルが「俺もお先に読ませてもらったぜ!」と自慢げに鼻を鳴らした。
「原作者が最初に考えた設定では、俺はリルエちゃんに横恋慕していたんだ。いわば、王子の強力なライバルってわけ。なのに、そういう設定いらないぞってことで、二人の恋の応援部隊となったんだ。漫画では俺の顎ヒゲと、たくましい体格に注目してくれよな!」
「マッコンエルさん、顎ヒゲがあるんですか……。初めて知りました……」
「きゃー! リルエちゃん、私の話も聞いてぇ!」
オルランジェがウキウキとした顔で、わたしとマッコンエルの間に入ってきた。
「私ね、痩せているの! シュッとしたスリム美人。モデルみたいに顔が小さくてね、八頭身なの。どんな男でも虜にするという、お色気フェロモンを放っている美魔女なのぉ」
「オルランジェさんって、そんな感じです? 気のいいおばちゃ……ゴホン! 親しみやすい女性だと思うのですが……」
マッコンエルが腹を抱えて笑っている。ヴェサリスは眉間の皺を深めて、「嘘はいけませんよ。漫画を読んだ読者が驚いてしまうではないですか」とオルランジェをたしなめた。
「それにしてもどうしてコミカライズに? わたしたちの恋愛に興味がある人がいるとは思えません」
「需要があるんだ」
背後から突然聞こえた声に驚いて、ビクッと肩が震える。振り返るとそこには、にこやかな微笑をたたえたアルオニア王子が立っていた。
「シンデレラストーリーは人気があるからね。しかも僕たちの場合は、溺愛要素が盛り込まれている。ときめきたい女性たちのために、コミカライズとなったわけなんだ」
「あ、あの、ちょっと気になることがあるのですが……。わたしはどんな感じで描いてあるのでしょう?」
期待が膨らむ。いったいどんな答えが返ってくるのだろう。
ドキドキしていると、王子は考える顔をして顎に手を当てた。
「う〜ん……。これは僕の意見ではなく、原作者の意見なのだが、
①可愛い②微笑ましい③笑顔が素敵④健気⑤おもしろい
この中から一つしか選べないとしたら、原作者は悩んだ末に⑤を選ぶそうだ」
お、おもしろい⁉︎
どういうことですか! と動揺するわたしに、マッコンエルが同情するように肩を叩いた。
「コミカライズを読めばわかる。リルエはおもしろい」
「わたしはおもしろいことなんて、一つもしていませんが?」
ヴェサリスもオルランジェも否定しないところを見ると、わたしは何かおもしろいことをしてしまったらしい。
気持ちを切り替えるために、王子に質問をする。
「そういうアルオニア様はどうなんですか? どんな感じで描いてあるんですか?」
「原作者によると僕は、
①クール②かっこいい③優しい④意地悪⑤少年っぽい笑顔
の五択だそうだ」
「どれもありそうですね。悩みます」
「原作者も迷った末に、一つに絞れない。いっそのこと、五つ全部にする! と決めたそうだ」
「アルオニア様だけずるーい!」
不貞腐れるわたしの唇を、王子の綺麗な指がなぞる。
「リルエは可愛いから、つい、からかいたくなる。その反応があまりにもピュアだから、おもしろく感じてしまう。リルエのおもしろさの根底にあるのは、可愛さだよ」
かあっと頬が熱くなる。
マッコンエルが「羨ましいぜ!」と口笛を吹き、オルランジェは「ときめきいただき!」と喜び、ヴェサリスは「仲がいいですねぇ」と、にこにこ顔で見守っている。
わたしと王子の恋愛ストーリーは、どのようなコミカライズになっているのだろう。
楽しみすぎて、配信当日まで指折り数えてしまいそう。
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