おまけのSS

第33話 リルエとガラスの靴(前編)

 今夜はお城の舞踏会。

 継母と姉二人にいじめられているリルエは、舞踏会に連れていってもらえません。


 泣いているリルエの前に、魔法使いオルランジェが現れました。

 オルランジェが魔法の杖を振ると、リルエの継ぎはぎだらけの粗末な服が、美しく輝く青色のドレスへと変わりました。さらにオルランジェはカボチャを馬車に、ネズミを馬に、トカゲを従者へと変えました。

 オルランジェはガラスの靴をリルエに履かせると、こう言いました。


「十二時で魔法が解けてしまう。お城の鐘が十二時を鳴らす前に、戻ってくるのですよ。いいですね?」

「はい。素敵な魔法をありがとうございます!」


 リルエは喜んでお城の舞踏会へと出かけました。



 ✢✢✢



 贅を極めた舞踏会の会場に、リルエはうっとりと酔いしれます。

 女性たちに囲まれている男性がいます。この国の王子、マッコンエルです。

 マッコンエル王子は少々軽薄なところがあり、気に入った女性を口説かずにはいられません。

 遠巻きに王子を眺めるリルエが目に入った途端、マッコンエル王子の足は彼女へと向かって歩きだしました。


「美しいお姫様。俺と踊っていただけませんか?」

「お姫様ではありません。違います」

「美しい女性は皆、お姫様です。さあ、俺の手をとって」


 王子様の手を拒めるはずがありません。

 光り輝くシャンデリアの下での、おしゃべり上手な王子様とのダンス。リルエは楽しくて、笑みをこぼしました。


「あなたの笑顔はなんて魅力的なんだ。恋に落ちるとは、このことを言うのだろう」

「誰にでも、そんなことをおっしゃるのですか?」

「まさか。愛する女性の前で嘘をつくことなどできない。あなたといると俺は、世界一誠実な男にならざるをえない」

「口が上手ですね」

「本当のことしか話していない」


 曲が終わり、マッコンエル王子が「別室で休みませんか?」そう、言葉に出そうとした、そのとき──。

 美貌の青年騎士が王子の側に来ました。


「有力貴族の令嬢たちが、マッコンエル王子と踊るのを待っています。貴族連中のご機嫌をとるのも、王子の役目であることをお忘れなく」

「だが俺は、この娘が気に入った」


 銀髪の青年騎士はリルエをチラリと見ると、不快そうに眉をひそめました。


「貴族図鑑に載っていない女性に時間を割くべきではありません。宰相の娘であるシェリア嬢がお待ちです。あなたの後ろ盾になっている名家を蔑ろにしてはいけません」

「お前まで口うるさいことを言うな。俺には息抜きが必要なんだ」

「息抜きは後日にすべきです。今夜は、王子の結婚相手を探す場。地位の低い女性といる場合ではありません」

「ったく。身分とは面倒なものだ」


 マッコンエル王子は歯ぎしりをすると、リルエの耳許で囁きました。


「舞踏会の後、俺の部屋に案内してあげる。二人っきりで話をしよう」


 王子の部屋で、二人っきりで話を?

 リルエは怖くなって、会場を抜け出して庭に出ました。すると、銀髪の青年騎士もついてきます。


「一人では寂しいだろう? 側にいてやる」

「寂しくなどありません」

「この城には幽霊が出るという噂だ。幽霊と遊びたいのか?」

「嫌です!」

「僕は騎士だ。守ってやる」


 青年騎士は胸元からハンカチーフを取り出すと、ベンチの上に広げました。


「座るといい。ダンスをして疲れただろう」


 ガラスの靴は美しいけれど踊るには適しておらず、リルエは踵を痛めていました。

 座ろうとして……上等な絹のハンカチーフを汚してはいけないと思い、リルエはハンカチーフを避けて座りました。


「なぜハンカチーフの上に座らない?」

「きゃっ!」


 青年騎士はリルエを軽々と抱き上げると、ハンカチーフの上に座らせました。

 逞しく親切な男性。けれど無愛想。冷ややかな目をし、口を真横に結んでいます。

 一緒にいるのに気まずさを覚えたリルエは、立ち上がりました。


「門限があるので、帰ります」

「待て! 名前を聞きたい。あと、どこに住んでいるかも教えてくれ」 

「なぜです?」

「それは……どうしても、その必要があるからだ」

「貴方様のご親切には感謝しますが、わたしが舞踏会に来ることはもうないでしょう。会うのはこれで最後です。名前と住まいを知る必要はないと思います」

「最後になどしたくない」


 リルエには、彼がなぜうっすらと目元を染めているのか分かりません。

 彼は自己紹介がまだだったことを詫びました。

 彼の名前はアルオニア。この国の騎士総隊長の息子。第一騎士部隊の副長として、研鑽を積んでいると話しました。

 名前を聞いたリルエは「あぁ……」と納得のため息をつきます。姉二人が騒いでいたことを思い出したのです。


 アルオニア・ルクセント――。別名、凍てつく氷の騎士。

 美しくて強くて禁欲的。女性に目をくれることなく、剣術を極めるために鍛錬にいそしむ厳格な騎士。

 類まれなる美貌と剣術大会で優勝するほどの腕前に、好条件の縁談話が後をたたない。それなのに本人は、結婚に興味がないと一蹴する。


「僕の自己紹介は終わった。次は君の番だ」

「わたしの姉二人が、アルオニア様を慕っております。お話できたらどんなに喜ぶことでしょう。姉たちも舞踏会に来ておりますので、ご紹介します」

「不要だ。僕は君と話がしたい。他の女性に興味はない」

 

 カラーン、カラーン……――。


 高く鳴り響く鐘の音に、リルエはハッとします。


「帰らないとっ!!」


 ドレスの裾を持ち上げ、庭を抜け、百段ある階段を駆け下ります。

 背後から慌てた声が追いかけてきます。マッコンエル王子とアルオニア騎士です。


「待ってくれ! 大切な話がある!」

「待つんだ! 僕は君に言いたいことが……」


 リルエはつんのめってしまい、その拍子に靴が二つとも脱げてしまいました。

 ガラスの靴で早く走ることなど不可能です。二人の男性に追いつかれてしまいました。


 鐘は十二を数え終え、辺りは静寂に包まれます。


 魔法が解けてしまったリルエは涙をこぼしました。ボロの服を着た惨めな姿を見られてしまい、恥ずかしさで顔を上げることができません。

 水仕事で荒れているリルエの手を、マッコンエル王子が取ります。


「美しい人はどんな服を着ようとも、美を隠せはしない。あなたに求愛をする。俺と結婚してくれ」


 アルオニア騎士が反対の手を取ります。


「君に心を奪われてしまったんだ。プロポーズすることを、お許し願いたい」


 マッコンエル王子とアルオニア騎士の視線がぶつかり、火花が散ります。


「俺は王子だ。譲れ!」

「嫌です。あなたはシェリア嬢と結婚すればいい。この女性は絶対に譲らない」


 マッコンエル王子は、ガラスの靴を手にしました。


「俺のお姫様。生涯あなたを愛おしみ、愛し抜くことを誓います。どうかこの靴をお取りください」


 アルオニア騎士も、もう片方の靴を手にします。


「君以外の女性を愛することなどできない。君が欲しい」


 目の前に差し出された左右のガラスの靴。

 リルエはどちらを選ぶのでしょう?


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