第32話 恋人役の終わり
会場には大勢の生徒たちがいて、ダンスパーティーに相応しい華やかな格好をしている。
ゆったりとした音楽に合わせて男女がペアになって踊っている様は、とても優雅で美しい。
そういえば……と思い出す。
ダンスを必死に練習したのに、肝心の社交会は立食しながら交流を深める場になっていて、踊るような雰囲気ではなかった。
もしかして……社交会のためではなく、卒業パーティーのためのダンスレッスンだった?
ヴェサリスもオルランジェもマッコンエルも、わたしとアルオニア王子が距離を縮めるために諸々画策してくれた。ヴェサリスが、社交会にかこつけてダンス特訓をしたとしてもおかしくない気がする。
改めて、ダンスをしている人たちを見回す。
ダンスをしている生徒たちの中に王子の姿はない。会場の隅まで視野を広げると、アルオニア王子は壁に背中を預けていた。
——アルオニア王子が、わたしを見た。そんな気がした。
会場の中央に向かって歩みを進めると、王子も足を踏み出した。
目が合ったように思ったのは、気のせいじゃなかった。わたしたちは互いを求めてダンスをしている人たちの間を歩き、会場の真ん中で、対面した。
「アルオニア様……」
名前を呼ぶと、王子の瞳が和らぎ、固く結ばれていた唇が綻んだ。
好きな人の眼差しを受けることのできる幸福に、瞳が潤む。準備してきた言葉を唇に乗せる。
「気持ちにずっと、蓋をしてきました。けれどもう、抑えきれないんです。わたしは……アルオニア様が、好きです」
「先に言われてしまった。僕も想いを告げようと、あれこれ考えていたのだけれど……」
王子は吐息混じりに笑みをこぼした。けれど、すぐに真顔になる。
「僕と一緒になるということは、君の環境をすべて変えることになる。この先、つらい思いをさせてしまうだろう。君を手放したほうがいいのではないかと、何度も思った。でも、ダメなんだ。……リルエが好きだ。どうか、この手を取ってほしい」
王子が差し出した手のひらに、わたしは迷うことなく手を重ねた。その手を王子がぎゅっと握る。
見ていた生徒たちの囁き声が大きくなって、はっきりと声が届く。
「あの子が、王子のダンスのパートナー?」
「恋人ができたって本当だったの⁉︎ ショックなんだけど!!」
「あれ? どこかで見たことがあるような……」
「あんな綺麗な子、学校にいたっけ?」
怪訝な声がどんどん広がっていく。音楽が流れているにも関わらず、生徒らはダンスをやめた。
「あの子……もしかして清掃員の子じゃ……」
「嘘でしょう! なんでっ!!」
「どういうこと⁉︎」
「信じられない! どんな関係なの⁉︎」
泣き叫ぶ女子生徒たち。わたしは背伸びし、王子の耳元でひそひそ話をする。
「王子のファンの子たちが泣いています! 帰ったほうがいいんじゃないでしょうか?」
「この後、メインダンスが始まる。リルエと踊りたい」
「でも、みんなに注目されています。噂になっちゃう!」
「好都合だ」
王子はわたしと手を繋いだまま、ざわついている生徒らに体を向けた。揺るぎない堂々とした声で宣言する。
「彼女は、私の大切な恋人です。結婚を視野に入れた交際をしています」
「うっそぉーーーーっ!!」
絶叫する生徒ら。わたしも動揺の悲鳴をあげる。
「ええーっ⁉︎」
「なに、リルエは違うの? 僕のこと、遊び相手として考えているわけ?」
「違います!! そうじゃなくて……」
「リルエを大切に想う気持ちの延長にあるのは、結婚なんだけれど。リルエはまさか、僕の気持ちを弄んでポイ捨てするつもりだった?」
「そんなわけないですっ! そうじゃなくて、みんなの前で結婚なんて、そんな……」
「リルエを横取りしようとする男を牽制しておかないとね」
「そんな人いないと思いますけれど……」
王子はわたしの頬に触れると、「拗ねた顔をしても、可愛いだけだよ」と笑った。
アルオニア王子はクールな人なのに、わたしの頬に触れた行為と笑顔に、生徒たちは黄色い悲鳴を上げ、倒れる女子生徒もいる。
ゆったりとしたリズムの音楽が終わり、明るい曲調の音楽へと変わった。
「リルエ。ダンスの成果を披露しよう」
「いいんでしょうか? アルオニア様に憧れている女性たちの顔が怖いです」
「だったら最高のダンスを披露して、僕のパートナーに相応しいのはリルエだと知らしめないとね。そのために、ヴェサリスとダンス特訓をしたんだろう?」
ウインクをした王子に、やはりあのダンス特訓は卒業パーティーのためだったのだと笑ってしまう。
わたしは王子の肩に手を置いた。音楽に合わせてステップを踏んでいく。
王子と踊るのはとても楽しい。わたしは自然と笑みをこぼし、そんなわたしを王子は優しく見つめた。
生徒らの視線が驚きから羨望へと変わっていく。
会場の端に、ガーネットとシェリアの友人らの姿があった。ヴェサリスから、シェリアは自宅謹慎していると聞いている。
音楽が徐々に小さくなり、止んだ。ダンスを終えたわたしたちに、生徒たちの歓声と拍手が鳴り響く。
「リルエ。行こう!」
「どこに?」
「会場を抜け出す。告白はリルエに先を越されたからね。今度は僕から言いたい」
なにを言うことがあるのだろう?
首を傾げながらも、手を引かれるがままについていく。
学校の裏庭にある木の下に着くと、王子はわたしを抱きしめた。
「恋人役の契約は、今日で終わりだ」
「そうですね。では、この抱擁は恋人役としてですか?」
「今日はね。でも、明日からは違う」
王子は体を離すと、わたしの右手を取って、指先にキスを落とした。
「わっ!」
「もう、離さないよ。離したくない。君が好きだ。明日からは仕事じゃなくて、本当の恋人になってもらえる?」
わたしの指に唇を当てたまま、上目遣いで聞いてくる王子。
わたしは顔を真っ赤にして、はにかんだ。
「はい。仕事じゃなくて、本当の恋人になりたいです」
恋人役の仕事を終え、わたしたちは本物の恋人になった。
夢を見ても無駄だ。幸せになりたいだなんて思っても虚しいだけ。そう思っていた昔の自分に言ってあげたい。
——わたしは今、幸せの中にいるよ。子供の頃に夢見ていた白馬の王子様より、もっと素敵な男性に出会えたよ。
☆.。.:*・°Fin.。.:*・°☆.
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