第30話 先生の本当の顔
社交会が開かれたホテルを出て、屋敷へと戻ってきた。
グレース先生のレッスンをきっかけに、わたしも弟妹もすっかり屋敷に入り浸ってしまい、自分の家よりも屋敷で過ごすことが多くなった。
アルオニア王子と一緒に帰ってきたわたしに、屋敷の使用人たちはまるで家族を出迎えるように挨拶をしてくれる。
メイドの面接をするため、初めて屋敷を訪れたとき。「なんて身なりの悪い娘だ」「選ばれるわけがないのに」そう言った使用人でさえ、今ではにこやかに接してくれる。
わたしは王子の部屋で、シェリアとの間で起こったことを話した。気持ちはすっかり落ち着いていて、冷静に話すことができた。
「まさかそこまでシェリアがするとは……。君になにかあったらと思うと、僕は怖くてたまらない」
「怖い? なにをですか?」
「自分をコントロールできるか、が……」
王子は困ったように微笑すると、手を伸ばした。わたしの頬に、王子の指があと数ミリでふれるというとき……。
硬質なノック音が響き、返事をするより早くドアが開いた。
「アルオニア、入りますよ」
部屋に入ってきたのは、グレース先生……に、よく似ている女性。だが眼鏡をかけておらず、華やかな装いをしている。おまけに厳格な雰囲気はなく、気品に満ちた穏やかなオーラを発している。
「おばあさま。入ってくるのが早いです」
しかめっ面をした王子に、わたしは驚きの声をあげた。
「おばあさま⁉︎」
「ええ。私はアルオニアの祖母であり、エルニシア国の女王ローズリンです」
女王陛下の登場に絶句していると、女王の隣にいる四十代ぐらいの男性が会釈を寄越した。
「自分は女王陛下の秘書をしています、ユクセンと申します。先月、アルオニア様から大切な女性ができたとの連絡が入り、ローズリン女王はスケジュールを踏み倒して、ここに来られました。孫を思うがゆえの行動力には感服しますが、各方面に謝罪するので大変でしたよ」
苦笑するユクセンに、ローズリン女王陛下は唇の端をあげた。
「あなたはスケジュール調整をするのが上手ですもの。暇そうにしていたから、仕事を増やしてあげたのよ。それよりも、リルエさん。まだ状況が飲み込めないの?」
「え? ええ?」
「あなたって子は、相変わらず飲み込みが遅いんだから。教育係のグレースの正体は、私です。アルオニアからあなたのことを聞いて、どんな娘なのか見に来たのです。アルオニア、あなたが選んだ女性を十分に見極めさせてもらいました」
「グレース先生が、アルオニア様の祖母で、女王陛下……」
女王陛下の目がアルオニア王子に注がれる。私は呆然と、隣に座っている王子を見つめた。
王子はばつが悪そうに、「リルエ、隠していてごめん」と謝罪した。
女王の命令で、アルオニア王子とユクセン秘書は退出させられ、わたしだけが部屋に残った。
ローテーブルを挟んで、ローズリン女王陛下と向き合う。
「アルオニアから、可愛い恋人ができたとの報告が入りましてね。恋愛話すら嫌がるアルオニアが選んだのはどんな娘なのか、見に来たわけです」
王子は、なんという報告をしたんだろう⁉︎ 本当の恋人じゃないのに!!
言いたいことは山ほどあるけれど、恋人役の仕事をしていることは話さないほうがいいだろうと思い、口を閉ざす。
「あなたの第一印象は、最悪でした。自信と教養がないことが見て取れて、これではアルオニアの恋人だと公表した際、不釣り合いだと世間に叩かれるのが目に見えていた。諦めるよう、アルオニアに話しました。けれど、私に似てあの子は頑固で。リルエと結婚できないなら、一生独身でいるだなんて言ったのです。それで、私が折れましてね。王室に入るにふさわしい人物になれるのか見極めるために、レッスンを施したというわけです」
「レッスンにそのような意図があったなんて……」
グレース先生の厳しいレッスンには裏があった。
驚いて目を丸くしていると、女王は呆れたように息を吐いた。
「なにを驚いているんです? まさか、全然怪しんでいなかったの?」
「怪しむ? なにをですか?」
「サイリス国で行われる社交会なのだから、エルニシア語を学ぶ必要はないでしょう? なぜ、エルニシア王室の勉強をしたと思います?」
「えっと、エルニシア語の語彙力を増やすためですか?」
「そんなもの日常会話でよく使う語彙で十分。王室関係者と話す際に困らないよう、専門用語と王室の歴史の勉強をしたのです」
「信じられない……」
「それは私の台詞です。あなたって子は、素直と言うべきか、騙されやすいと言うべきか。ですが……」
女王は一旦言葉を切ると、穏やかな目をして微笑んだ。
「最初はグダグダで、見込みがあるようにはとても思えなかった。けれど、あなたは諦めなかった。必死に食らいつき、私が与えた課題を次々にクリアしていった。あなたには、目標に向かって突き進む芯の強さがある。なによりも、心が真っ直ぐで美しい。アルオニアの祖母として、そして、エルニシア国の女王として、リルエさんをアルオニアの恋人として認めましょう」
「あ、ありがとう、ございま……」
感激が胸いっぱいに広がって、言葉が震える。すると、間髪入れずに女王の叱咤が飛んだ。
「なぜここでつっかえるのです! 語尾が消えましたよ! やり直しです。謝辞は相手に伝わらないと意味がありません」
「すみませんっ! 先生には勉強以外にも、人として大切なことをたくさん教わりました。わたしを見捨てずにご指導くださって、感謝しています。ありがとうございました!!」
「私は、王室の未来をアルオニアに託したいと考えています。そのアルオニアがあなたじゃないと嫌だと言うのですから、あなたをどうにかするしかないでしょう? 困ったものです」
口では困ったと言いながらも、目は笑っている。教育者グレースとは違って、ローズリン女王陛下は慈愛に満ちている。
「卒業式を終えたらエルニシア国へ来なさい。私よりも手ごわい人間ばかりよ」
「え? エルニシア国に?」
わたしは意味がつかめず、ポカンとしてしまった。
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