第29話 助けに来てくれた人
シェリアは、ドアの向こうに見える顔がガーネットであることに警戒心を解くと、すぐさまドアチェーンを外した。
「あなた、どうしたの?」
「あ、あの、話があって……」
緊張を解いたシェリアとは反対に、ガーネットは強張った面持ちで廊下に突っ立っている。ガーネットはスカートを握りしめ、シェリアと目を合わせようとしない。
シェリアが口を開くよりも早く、男たちが部屋になだれ込んできた。
五人いる男たちの中には、マッコンエルとヴェサリスがいる。そして、アルオニア王子の姿も——。
「なんなのっ⁉︎」
驚いたシェリアの手からナイフが滑り落ちる。
アルオニア王子は、タトゥーの入った男に羽交い締めにされているわたしを見るや否や、怒りに顔を歪ませた。
「今すぐにリルエを離せっ!!」
「はんっ!!」
タトゥーの男はわたしをさらにきつく拘束すると、せせら笑った。
「王子様の登場ってわけか! いいねぇ。燃えるぜ!!」
男の片腕がわたしの首に当てられ、力任せに締めつけられる。首が圧迫され、息をするのが苦しい。
「リルエっ!!」
「来るなっ! 一歩でも近寄ったら、あんたのお姫様の首が折れるかもしれないぜ」
男の片腕がわたしの首に巻かれたことで、右腕が自由に動かせるようになった。自由になった右手で男の腕を引き剥がそうとしたが、太く逞しい腕はびくともしない。
ダメかもしれない。一瞬弱気になったものの、すぐに自分を鼓舞する。
——絶対に諦めない。こんなことで、アルオニア様と離れたくない。
わたしはハイヒールを履いた足で、力いっぱいに男の素足を踏んだ。同時に、男の腹に右肘を思いっきり突き入れる。
男は「うっ!」と低く唸ると、体を折り曲げた。腕の力が緩む。
「リルエ、しゃがんでっ!!」
王子の指示が飛び、わたしは即座にしゃがんだ。
王子は一瞬にして間合いを詰めると、男の顔を殴った。よろめいた男の腕を捻りあげ、いとも簡単に床に叩きつけた。
マッコンエルが拍手する。
「リルエちゃん、やるぅー! そして、さすがはアル王子。お強い。こっちの男も倒しましたので、任務完了です」
見ると、ガムを噛んでいた男は泡を吹いて気絶している。
王子は素っ気なく言った。
「連れて行け」
「了解。事情を吐かせ、それなりの対応をします」
「くそっ!」
タトゥーの男は王子の従者に後ろ手に拘束されてもなお、暴れた。けれど従者は、抵抗する男を難なく部屋の外へと連れ出した。
マッコンエルは気絶しているガム男をヒョイっと抱えると、わたしに向かってウインクし、部屋から出ていった。
部屋の中にいるのは、わたしとシェリアとガーネット。それから、アルオニア王子とヴェサリス執事。
王子は身を屈めると、呆然と座り込んでいるわたしの顔を覗き込んだ。
「リルエ、怖い思いをさせてすまなかった。怪我はしていない?」
「はい、大丈夫です……」
「すぐに終わらせるから、待ってて」
わたしが頷いたのを確認してから、王子は床に落ちているナイフを拾い、ゾッとするほどに冷たい声で言い放った。
「どういうこと? なにをしようとしていた?」
「ガーネット!! あなた、どういうことなの⁉︎」
シェリアは、隠れるようにしてヴェサリスの後ろにいるガーネットに詰問した。
シェリアの甲高い声に、ガーネットは肩をビクッと揺らした。
「計画を聞いたとき、やりすぎだって思ったのよ……こんな事件まがいのこと、さすがに……。だから、アルオニア様の公務先に行って話したの。こんなこと、してはいけないわ……」
「私を裏切ったのね! あなた、こんなことをして許されると思っているわけ!!」
「裏切ったのはあなたです!!」
ヴェサリスが毅然とした物言いで、シェリアに言葉を投げる。
「伯爵であられるお父様の顔を潰す気ですか? あなたのしたことは犯罪です!」
「許されないのは、シェリア。君だ」
王子の尖った声に、シェリアは唇を噛んでうつむいた。
「違うわ……私はただ、話したくて……」
「じゃあ、このナイフはなに?」
「それは……男のもので、私は関係ない……」
「僕は、君の手からナイフが落ちたのを見たが?」
「……違うの。男が無理矢理にナイフを持たせて……私は本当は嫌だったけれど、従うしかなくて……」
シェリアは大きな目に涙を浮かばせると、縋るように訴えた。
「全部誤解です! 私はリルエさんと友達になりたかっただけ! 親交を深めたくてこの部屋に来たら、男たちがいて……。こんなことになるなんて、私も知らなかったのです!!」
「ガーネットに聞く。シェリアの話は、君が話したことと随分食い違っている。どちらが正しい?」
「ねぇ、ガーネット。私の話したことで合っているわよね?」
「黙れっ! ガーネットに聞いているんだ!!」
シェリアは、じっとりとした目でガーネットを見つめた。ガーネットは視線を避けるようにうつむくと、弱々しい声で答えた。
「無理よ……。この場を誤魔化しても、男友達は本当のことを話すわ。どのみち、嘘がバレてしまう。リルエさんに謝罪したほうがいいわ……」
「あなたっ!!」
シェリアは怒りで目を吊りあげ、唇を震わせた。
王子はシェリアに近づくと、真正面から冷たく睨みつけた。
「金輪際、リルエに近づくな。二度と近づかないと誓えば、このことは公にしないでおく。君に情けをかけてのことではない。リルエを思ってのことだ。君がしたこと、しようとしていたこと。すべて、君の両親に報告する。僕は君を許す気はない」
怒気を孕んだ凄みのある声に、シェリアは力が抜けたように壁に寄りかかった。
「こんなつもりじゃ……」
「誓う気がないようだ。爵位返上を視野に……」
「誓うわっ!! 誓うわよ……。二度とリルエさんに近づかない。話しかけない。だから身分を取り上げないで……ごめんなさい……」
「もし誓いを破れば、僕は君に何をするか分からないよ? 覚えておいて」
シェリアはヴェサリスに腕を引かれ、ガーネットと共に部屋から出ていった。
二人きりになった部屋で、わたしは王子に抱きしめられた。わたしも王子の背中に腕を回し、広い胸に身を預けた。
「リルエ、怖い思いをさせてしまってごめん」
「助けに来てくれて嬉しかったです……ありがとうございます……」
恐怖から解放され、声を上げて泣くわたしの頭を、包み込むような大きな手がやさしく撫でる。
厳重に蓋をしていた気持ちを、言葉にだしてしまった。
——アルオニア様が好き。好きになったことを、後悔していない。
契約終了後。離れてしまって、もう会うことがないとしても、わたしはずっと彼を好きでいるだろう。
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