四章 永遠の恋人
第27話 社交会デビュー
アルオニア王子に
わたしは安堵しながらも、今までやってきたレッスンが無駄になってしまったことを残念に思った。
社交会前日。グレースから伝言が届いて、わたしとヴェサリスで社交会に出るよう指示された。
「わたしとヴェサリスさんで⁉︎ 大丈夫なんでしょうか?」
「グレース先生は、リルエさんがどれくらい成長したのか知りたいのです。リルエさんが今までしてきた努力を、社交会で披露しましょう。立派に務めあげ、グレース先生に自慢してやりましょう!」
「いいですね!!」
アルオニア王子は心配してくれて、社交会に出なくても、わたしがしてきた努力は無駄じゃないと励ましてくれた。
今までのわたしなら、それを受け入れただろう。けれどグレース先生の指導を受けて、考えが変わった。
前まではアルオニア王子の恋人にふさわしくないと、引け目を感じていた。でも今のわたしは、アルオニア王子の恋人にふさわしい自分になることを望んでいる。
「グレース先生に鍛えられたので大丈夫です。それに契約ではありますけれど、アルオニア様の恋人として、立派に演じたいのです!!」
王子は、「契約なんて……」と呟いた。
王子の手が伸び、わたしの顔に触れようとする。けれどすんでのところで指が止まり、触れることなく、手を下ろした。
王子は苦しそうに眉を寄せ、黙り込んだ。わたしも、それ以上口を開かなかった。
あと二週間で、恋人の契約が切れる。
その後、わたしたちはどうなるのだろう?
◆◆◆
社交会は、サイリス国にある一流ホテルで開かれている。
巨大なシャンデリアが、落ち着いた色合いのベージュ色の絨毯に華美な光を落とし、煌びやかな空間では著名人たちが談笑している。
「エルニシア国のアルオニア王子が来るそうだな」
「いいお歳なのだから、結婚を前提とした恋人がいるかもしれないな」
「どのような恋人を連れてくるのか、見てやろうじゃないか」
噂されている。どうしようっ!!
心臓が飛び出しそうなほどにドキドキし、足が震えて前に進めない。
会場に入ったすぐの場所で怖気付いていると、ヴェサリスがわたしの手を自分の腕に絡ませた。
「ここにいるのは名の通った人たちではありますが、グレース先生ほど有名ではありません。リルエさんはグレース先生直々にレッスンを受け、合格したのですから、堂々と胸を張りましょう」
「グレース先生って、そんなに有名な先生なんですか?」
「はい」
わたしはオルランジェにメイクをしてもらい、ジュリアに髪を結ってもらった。ドレスはスパンコールが煌めくシャンパン色で、両肩が出ている。
外見こそ、上品ながらも華やかな装いではあるけれど、年齢層の高いゲストの中に入っていくのはかなりの勇気を必要とする。
ヴェサリスは会場の奥に進みたがったけれど、わたしは壁際に誘う。
「なぜに壁側に行くのです?」
「話しかけられないためにです。目立たないようにして、時間をつぶしましょう」
「リルエさん。それでは一体、なんのためにここに来たのかわかりませんよ。社交会は交流の場なのですから、自分から……」
「これはこれは、ヴェサリスじゃないか!! 久しぶり! 元気だったか!」
ひそひそ声で口論をしていると、口髭を生やした大柄な男性がヴェサリスの肩を叩いた。
ヴェサリスが紹介してくれた。
男性は、映画監督のアルジャーノ。ヴェサリスの学生時代の友人だそう。ヴェサリスはアルジャーノ監督に、わたしをアルオニア王子の友人だと紹介した。
アルジャーノ監督は大きな目をくりくりっと動かし、豪快に笑った。
「びっくりしたなぁ! あのツンと澄ましたアルオニア王子に、こんな可愛い彼女がいるとは!! どうだい? 俺の映画に出てみないか?」
「いえいえっ! わたしにはそのような素質がありませんので!」
アルジャーノ監督の声は大きい。周囲がざわつく。
「あの女性が、アルオニア王子の恋人?」
「どこの令嬢なんだ? 見たことがない」
「だが品がある。今日が社交会デビューなのかもしれないぞ」
「可憐で、優しそうな女性だ。王子はどこで見つけてきたのだろう?」
ヴェサリスの袖を引っ張って、耳元で訴える。
「どうしましょう! 噂されています!!」
「放っておきましょう。人の口に戸は立てられません」
「でもっ……!!」
今度は、中肉中背の男性がヴェサリスに声をかけてきた。
ヴェサリスは交友関係が広いらしく、会場内に知り合いが何人もいるらしかった。
わたしはアルオニア王子の恋人ということになってしまって、出会いや、結婚に向けて話は進んでいるのか聞かれる。ヴェサリスがうまくはぐらかしてくれるけれど、非常に気まずい。
わたしは化粧室に避難した。
ところが今度は、化粧室にいる若い女性たちに王子とどのような関係なのか質問されてしまった。
「アルオニア様とは、ただの友人なんです」
「本当に? でも最近、国立劇場で女性と親しげに話しているのが目撃されたわ。それって、あなたじゃないの?」
「あー……」
「やっぱり、あなたなのね! 私の名前はソニア。友達になりましょう!!」
「抜け駆けなんて、ずるい! リルエさん、私の名前はアニエス。覚えてね。今度うちに遊びにいらして。アルオニア王子を交えて、親しくなりましょうね」
「私のことも覚えてちょうだい! 私はユリシア。あぁ、アルオニア様の彼女と友達になれるなんて夢みたい。みんなに自慢しちゃおう!」
話が勝手に進んでいく。焦っていると、女性三人の背後から、聞き覚えのある声がした。
「リルエさんにも友人を選ぶ権利があるわ。あなたたちは三人とも中流貴族。しかも三流大学出。リルエさんに釣り合わないわ」
——シェリアだった。
シェリアは長い金髪をかきあげ、優雅に微笑んだ。
若い女性三人は悔しそうに顔を歪めたものの、シェリアの圧倒的なオーラを前にして、無言で化粧室から出ていった。
シェリアはゆっくりとわたしに近づくと、にっこり笑った。
「会場は、リルエさんの話で持ちきりよ。綺麗で、品が良くて、物事をよく知っていて、気遣いのできる女性。リルエさんなら、アルオニア様の伴侶としてぴったりだと、そう噂されているわ」
「あ……すみません……」
激しい動悸がし、吐き気がする。
「どうして謝るの? 私ね、本当はあなたとお友達になりたかったの。でも、取り巻き連中の目があって仲良くできなかった。初めて二人になれたのだから、ゆっくりお話ししません?」
「でも……」
「お話するだけよ」
シェリアの表情も声も優しい。けれど彼女がわたしにしてきたことを思うと、とてもじゃないけれど、友達になりたいという言葉を信じることができない。
「そうだわっ! リルエさん。パーティーの主催者に挨拶はした?」
「いいえ、まだです」
「主催者に挨拶をするのは、とても大切な礼儀よ」
「だったら会場に戻って……」
「主催者は別な場所にいるの。案内してあげる。挨拶が遅くなると失礼に当たるわ。ついてきて」
主催者に挨拶をするだけなら……。そう思って、シェリアの後をついていくことにした。
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