第15話 綺麗になる魔法
ヴェリサスとマッコンエルとオルランジェに、デートの誘いを成功したことを報告すると、手放しで喜んでくれた。
マッコンエルはにやけながら、当然といったていで言った。
「王子。リルエちゃんのこと、気に入っているもんな。うまくいくと思っていた」
「気に入っている? そんなことないと思いますが……」
「えぇっ⁉︎ リルエちゃんってば、鈍感! アル王子は軽薄な人じゃないよ。むしろ、重すぎる!」
「そうそう、マッコンエルとは違ってね」
「俺の話はいいから!」
オルランジェに小突かれて、マッコンエルは焦った顔をした。
二人のやり取りに笑っていると、ヴェサリスに話しかけられた。
「リルエさんは、自分に自信がないようですね。リルエさんに必要なのは、成功体験なのだと思います。アルオニア様はあなたに寛容ですし、わたくしたちもできる限りフォローします。ですから、失敗を恐れずに行動していきましょう。もしそれで失敗したとしても、立て直すことができれば、それもまた自信に繋がります。リルエさんは、できない人間ではありません。人を見る目に自信があるわたくしが言うのですから、間違いありません」
「ヴェサリスさん!」
思いがけない褒め言葉に涙目になっていると、オルランジェが自分の二の腕をパンっと叩いた。
「デートの服装とメイクは私に任せてちょうだい。大変身しましょうね!」
「はい! ありがとうございます」
服装やメイクのことにまで頭が回っていなかった。
オルランジェの申し出がとてもありがたくて、わたしは深々と頭を下げたのだった。
◆◆◆
デート当日の朝。
メイド長であるオルランジェと若いメイドのジュリアの手によって、着せ替え人形のように目まぐるしくドレスをあてがわれる。
「や〜ん。リルエちゃんって、色白でお肌すべすべ。若いっていいわぁ。なんでも似合っちゃう!」
「リルエさんは清楚ですから、淡い色合いのドレスの方が純真さが引き立ちそうです」
「そうね! 甘いテイストのピンクのドレスはどうかしら?」
「今日のアルオニア様の服装を確認したところ……」
ジュリアはオルランジェの耳元でこそっと囁いた。
「アル様がそれなら、リルエちゃんも……ね!」
「なんですか?」
気になって問いかけるも、オルランジェは笑うばかりで答えてくれない。
「ドレスは決まったわ。次はメイクね。ジュリアは髪をお願い」
オルランジェに血行が良くなるというクリームで顔をマッサージしてもらってから、お化粧を施される。
オルランジェは器用な手つきで、眉毛を整えるブラシや、ローズピンクのチークや、マスカラを使いこなしていく。白粉の芳しい花の香りに、ドキドキする。
ジュリアは、カーラーをいくつも使って髪を巻いていく。ドライヤーを当てた後にカーラーを外すと、毛先がくるんと巻かれてあって驚いてしまう。
「二人ともすごいです! 魔法使いみたい!」
「ふふっ。私たちは今ね、綺麗になる魔法をかけているの。アル様、絶対に驚くわ!」
すべての支度を終えて、わたしはようやく鏡の中の自分を見ることができた。
息が止まる。
「わたし、なの……?」
鏡に映っていたのは、お姫様のように美しい女性。
ピンク色をした頬。お人形のようにぱっちりとした目。ふっくらと赤く色づいた唇。華やかに編み込まれた髪。
海の色をしたドレスは、シルエットが極上に美しい。動くたびに、スカートと袖に使われているレースの重なりが、ふわりふわりと揺れる。
わたしはすっかり鏡の中の女性に見惚れてしまって、しばし眺め続けた。それから、美しい女性は自分なのだと気づいて、恥ずかしくなる。
——まさか、自分を綺麗だと思う日が来るとは、思わなかった……。
「綺麗になる魔法って、すごいです! お二人のおかげです。ありがとうございます!!」
「あらあら。リルエちゃんってば、思い違いをしているようね。綺麗になる魔法は、誰にでもかかるわけじゃないのよ」
「どういう意味ですか?」
オルランジェは、待ってましたとばかりにウインクをした。
「綺麗になる魔法は、恋する女の子にかかるものなの」
「こ、こここ、こ、恋っ⁉︎」
オルランジェが口元に手を当てて、「おほほ」と笑っている。
ジュリアが化粧道具を片付けながら、「オルランジェは、リルエさんが王子に恋をしているって言いたくて、前々からうずうずしていたんですよ」と教えてくれた。
「そんなっ⁉ 違います! 絶対にないですから!! 仕事で彼女役をしているだけで、恋とか、そんな……」
「意識しちゃった? うふふ、リルエちゃんって真面目だから、アル様を好きにならないよう気持ちにセーブをするんじゃないかと思って。だからあえて、言ってみました。私は恋の魔法使いオルランジェ。リルエちゃんに、恋する魔法をかけちゃいました!」
「もぉ、オルランジェさんったら!!」
オルランジェは母より年上なのに少女のような心を持っていて、わたしが怒って頬をふくらませても、どこ吹く風。楽しそうに笑っている。
オルランジェは、わたしの肩に両手を置いた。
「身支度が完了したわ。アル様に見てもらいましょう。どんな反応をするか楽しみね!」
「ちょっと、怖いです……」
「怖い?」
「似合わないって言われたらどうしよう……」
「絶対にないから! さ、行きましょう」
アルオニア王子が「似合わない」だなんて、真っ向から否定発言をする人だとは思っていない。王子が素っ気ない態度をとるのは人と関わるのが嫌なだけで、本当は心のやさしい人だとわかっている。
不安は、わたしの心が生み出したもの。
もう一度鏡の中の自分の姿を確かめてから、王子の待つエントランスへと向かった。
広いエントランスには、王子と使用人たちがいた。談笑しているところに入っていくのは気が引けて、離れた場所から眺めていると、気配に気づいた王子がこちらに顔を向けた。
綺麗なアメシスト色の瞳が、驚きで見開かれる。
わたしも固まってしまった。
王子は首回りにフリルのあるキャバリアブラウスと、ジェストコール。ロングブーツを履いている。
普段着でさえ王子らしい気品さが漂っているのに、貴族の正装姿はさらに品が良く、かっこいい。
キャバリアブラウスに留めてあるブローチが目に入り、息を呑む。
透明な海のように澄んだ水色のブローチ。わたしのドレスと——同じ色。
オルランジェとジュリアは王子のブローチの色に合わせて、ドレスを選んだのだ。
お揃いであることに、頬が熱くなる。
コツコツと高質な音を響かせて、王子が近づいてくる。使用人らは口を閉ざした。
「リルエ」
王子はわたしのことを、「君」と呼んでいたはず。それなのにいつの間に、名前を呼ぶようになったのだろう。王子の心に他の誰でもない、リルエ・ルイーニという人物が刻まれているようで、胸が苦しいほどに高鳴る。
靴音が止んだ。
わたしの目の前で立ち止まった人の顔を見ることができずに、うつむいていると、戸惑いがちな声が降ってきた。
「リルエ、綺麗だ。あまりにも美しくて、驚いた」
「オルランジェさんとジュリアさんが綺麗にしてくださった、そのおかげです。二人が、綺麗になる魔法をかけてくれたんです」
「魔法の力だけじゃないと思うけど……。姫、僕とデートしてもらえますか?」
王子がおどけたように言ったので、おかしくなってしまった。
クスクス笑っていると、王子は手を自分のお腹の上に置いた。背後にいるオルランジェに「アル様の腕を取って!」と急かされる。
オルランジェの勢いに押されるがままに、王子の腕に急いで手を添える。それから、これってエスコートなのでは? と思い当たって、頭から湯気がでそうになる。
本物のお姫様になったかのような高揚感に包まれながら、屋敷を出発した。
これからデートが、はじまる——。
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