第8話囚われの姫(予定)と記憶

「……すてーたす」


 薄暗い小部屋の中で、透き通った水晶を持った幼い子供が呟く。

 年齢は2歳というところか。

 幼子の呟きに反応し水晶がパッと光り、何かを映し出した。

 映し出されたもののある一点を見つめ、幼子は「んむぅ。」と可愛らしい唸り声を上げる。

 そして、何かを決断したように呟く。


「すきる【冷静沈着】のかくとくをようせい。」


〔要請を確認。……要請を受諾しました。スキル【冷静沈着-1】を獲得しました。〕


 幼子の脳内に無機質な声が響く。

 間髪を入れずに幼子はまた呟く。


「すきる【気配探知】のかくとくをようせい。」


〔要請を確認。……要請を受諾しました。スキル【気配探知-1】を獲得しました。〕


 幼子は「ほぅ。」と息を吐き、無意識の内に張っていた緊張をほぐす。

 そして、再度水晶に映し出されたもののある一点を見つめた。


「……。」


 先程手に入れたスキル【気配探知-1】が何かの気配を捉えた。

 部屋の扉の向こうを見るように、幼子は扉に目を向ける。

 その瞳は不安げに揺れ、どこかハイライトが無かった。


ーーーーーーーーーー


○月×日(水)

 フララ様は他の御方に比べ、少し我が儘な態度をとることが常でした。

 第一王妃様は第一王子を産み、体を壊され死亡。

 フララ様の母君に当たる第二王妃様───フレンツィア様もフララ様を産んだ後に死亡。

 ですがフレンツィア様の場合、子が誕生し政権争いにおいて邪魔になったため、他の王妃様から暗殺されたと私は考えております。

 ……まぁ、それにしては手際が良すぎる気がしますが。

 第一王子は病弱なため、フララ様と何方を将来の王とするかで派閥が生まれ、周囲の人間が貴族ばかりということもあり、僅か2歳にして人間不信気味になってしまわれました。

 誰しも王族は、蝶よ花よと育てられることはないと改めて実感したのはこの時でした。

 それ以降、フララ様は塞ぎ込んでしまい、私以外の人間とは話すことさえ無くなってしまいました。

 しかし、或る日私が何時ものようにフララ様の御部屋に入り朝の御挨拶をしますと、何やら呆然とした顔をされていました。

 話を聞けば、何やら可笑しな夢を見ていたようです。

 そう、確か『とらっく』、やら『こうこ……?でしたか。

 どの様な夢か気になりましたが、私は専属メイドです。

 話を聞くのは顔を洗うための洗面器を用意してからでもいいでしょう。

 そう判断を下し、私は部屋から出て行きました。……(以下略)


○月▲日(風)

 今日は姫様の家庭教師が登城しました。

 名はエメラインといい、お下げ髪に瓶底眼鏡をかけた真面目そうな女性でした。

 ああ、この人なら安心だ。

 何故か、あの時そう思ってしまったのです。

 今考えれば、催眠系のスキルだったのでしょう。

 しかし、私は相手の術中に嵌まってしまったのです。

 姫様が家庭教師に襲われている間、私は動けませんでした。

 言い訳にもなりませんが……相手は速かったのです。

 元Aランク冒険者の身だった私が、手も足も出ませんでした。

 現役の頃より少し身が鈍っていても、十分護衛は果たせると思っていた私が浅はかでした。

 幸か不幸か、姫様は魔法の使い方に目覚め、襲撃者を一蹴、とはいかないにしろ、追い払ったのです。

 姫様はどうやら魔法の天才のようです。

 ですが、いくら才能を持っていても魔力量の差を覆すことは出来ません。

 姫様は魔力が枯渇したことにより、今は臥せっております。

 私が不甲斐ないばかりに……。

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