10.天文部

どうしようか。二人には俺を擁護してくれた恩があるし、話しぐらいはしてやっても良いかもしれない。


「二人と話がしたいので学校に残りますよ」


「……そうか。だが、今から参加させるのは俺が面倒だ。生徒や上の連中に説明しなきゃいけんからな。だからこっちで放課後まで自由に使える教室用意しといてやる。この苦労分は今度倍にして返せよ」


灰島はそう言って俺を部屋に案内してくれた。面倒だと言っているが恐らくそれは嘘で、単純に俺のことを思ってくれたのだろう。変な教師だが、こういう部分は尊敬できる。


案内された部屋は本校舎から少し離れたところにあり、かなり寂れた空き部屋だった。元は運動部の部室だったらしくボールが転がっている。所々欠損部分があり、少し危険性を感じる。


「おい、まさか生徒をここに置くつもりじゃねェだろうな?」


「いやー、丁度良い場所があって良かった。ここなら上に報告しなくてもバレんだろ。じゃあ、そういうことで」


灰島はふざけた敬礼だけしてそのまま去ってしまった。あのクソ教師め。一瞬でも尊敬の念を感じたのが馬鹿みたいだ。

……いつ頃から使われていないのだろうか。柱を撫でながらそう疑問に感じる。

クモの巣がそこら中に張っていたり、埃も溜まっている。

掃除用具が無いので掃除をすることも出来ない。


「ずっとここにいるのは……流石にキツいな」


少しだけ咳をする。服にはいつの間にか埃があちらこちらに付着していた。

小さく溜め息を吐く。諦めて備え付けられていた椅子に座り、スマホで適当に星座について調べ時間を過ごすことにした。


「よう、湊。遊びに来たぜェ」


しばらくすると、ジュースと菓子を片手に持ってきた遠野と縮こまっている星宮がやってきた。

来るのが思ったよりずいぶんと早かった。まだ昼食の時間でもないではないか。


「授業はどうしたんだ?」


「……何言ってんだ?授業ならもうとっくに終わったぜ」


その発言に驚き、慌ててスマホで時刻を確認する。時刻は午後四時を回っており、既に放課後であったことが伺えた。

どうやら星座について調べるのに夢中になりすぎた余りに時間も忘れてしまっていたようだ。それに気が付くと、急に腹が減り始めた。


「……ここじゃあれですし、外で話しませんか?」


俺達は一度外に出た。本校舎から離れていることもあり、周りに人の影はない。

俺は一度しゃがんで、昼食を取り出した。遠野は俺と同じようにしゃがみ、菓子の袋を破って口に運び始めた。

星宮は立ったままそんな俺達の方に視線をじっと向けていた。


「で、話ってのは部活か?」


変に話を引き延ばすのも面倒なので、二人に向かって俺は単刀直入に聞くことにした。

二人はすぐに頷き、俺に一枚の紙を差し出してきた。『部活開設届』と書かれたプリントだ。


「名前を書け」


「断る」


その返事を出すと、二人はあからさまに落胆したような様子だった。

だが、二人の目にはまだ諦めの色が見えない。


「そこまでして部活作りたいなら、他の奴誘えよ」


「それじゃ駄目なんです!わ、私にとっては……月崎先輩がいないと、駄目なんです」


星宮のその発言に、思わず鳩が豆鉄砲を喰らったような表情になった。

俺が居ないと駄目って、どういうことだ。今まで一度たりともそんなことを言われたことがないので、反応に困ってしまう。


「俺もさ、楓ちゃんにはそういったんだけど、『月崎先輩ともっと仲良くなりたいから』って聞かなくてさ」


「と、遠野先輩……!」


遠野の補足を、星宮は恥ずかしそうに止めようとする。

ここまで……ここまで人に必要とされたのは初めてかもしれない。

正直やはりこの二人を大変な思いを味わわせるのは避けたい。だが、そのぐらいのこと、二人が考えていないだろうか。いや、さすがに分かっているはずだ。

それでもなお、二人は俺を必要としてくれている。ならば。


「分かった。入るよ」


観念したように言うと、二人は嬉しそうに見つめ合って笑い出した。


「部活は何なんだ?」


「考えたんだけどよ、天文部に決めたよ」


ほう。きっと二人は俺の為にこの部活を選んでくれたのだろう。単純に嬉しい。

俺はペンを取り出して、名前を書こうとする。


「あ、ここに名前を書いてくれよ?」


遠野が指を指したところは、一番上の行。部長の欄だった。


「任せたぜ!


「前言撤回。俺はやらん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る