3.闇夜
あれからどれほどの時間が経ったのだろう。
星宮楓と名乗った少女はあれからしばらくの間一緒にいたのだが、今見てみるとどうやら帰ってしまっていた。
見送るぐらいはすれば良かったか。
一瞬その考えが頭をよぎったが、もはや後の祭りなので考えないことにした。
「星宮……楓か」
彼女の名前を小さく呟く。思えば誰かと話したのなんて遠野を除けば久しくしていなかった。
何というか、むず痒い。今日会ったばかり、それも出会いは自殺を止めるというめちゃくちゃな物だったにも関わらずに、だ。
この時間は思ったよりも楽しかった。そう感じ、ふっと笑みを溢す。
だが、もう二度と会うことは無いだろう。
あの子が俺の情報を掴むのも時間の問題だろう。それを知って、それでもなお話せるとは、俺は思わない。
天体望遠鏡を片付け、帰宅の準備を進める。
門は閉まっていたので、隣の扉の鍵を開けて出ていった。オートロック式なので問題はないだろう。
時刻は10時を回っており、辺りも暗い。
お陰で満月が綺麗に見ることが出来る。今日は何だかすこぶる機嫌が良い。恐らく、これもひとえにこの満月のお陰だろう。
「なぁ姉ちゃん、ちょっと位良いじゃねぇかよォ?」
「そうだよ!なぁ~?お兄さん達と楽しい事しようぜェ?」
「嫌……やめて……」
気分を害した。
どうやらチンピラ二人が女性を無理にナンパしているらしい。
だが、俺の関わる問題ではない。そもそも、だ。こんな時間まで外に出ている方にも問題があるのだ。俺には関係無い。
「……てめぇしつこいんだよ!さっさとついて来いや!」
「痛……!止めて……ください……」
チンピラの一人が女性の髪を乱暴に掴んだ。余りに突然のことで、女の子は悲痛の叫び声を上げる。
「おおっと?泣いたって無駄だぜ?ここには近隣住民もいないからなッ!」
言い切る前に俺の蹴りが奴の顔面を吹き飛ばす。
酷く、気分を害した。胸糞悪い。
せっかくの満月で、愉快な気持ちだったのに。
「な、何だテメェ!」
「テメェらチンピラなんぞに名乗る名はねぇ」
そう言い放ち、女性を傷付けた方の男との距離を詰める。男は反応に遅れ、ガードが出来ない。俺は顎にアッパーを入れ、連続でこめかみめがけて回し蹴りを入れた。
男はドスリと倒れてしまったので、止めでみぞおちに正拳突きを入れた。
後ろか。
もう一人の男が背後から襲ってきたので、俺はそれをかわす。
男の手にはドスがあり、自信満々な表情でこちらに向けてきている。
「この暗闇じゃ、闇に溶け込んじまって上手く見えねぇだろ?」
「こんなことににドス使うなんざ、弱いって言ってるようなモンだぜ」
「ほざけェ!」
男は激昂した様子で俺にドスを振り回してくる。だが、余りに無駄が多く隙だらけだ。
俺は男が突き刺してきたタイミングで攻撃を捌き、その際に奴の手首に手刀打ちを入れる。
男はこの攻撃で思わずドスを落とす。落ちたドスを蹴飛ばす。
だが、諦めが悪いのか次は素手で襲いかかってきた。その攻撃を全て捌き、顔面に上段突きを入れる。そして連続で男の首に手を回し固めて、腹に膝蹴りを入れる。そして、投げると同時に頭に肘打ちを当てて止めを刺した。
「あ……が……!」
「て、テメェ……何者ッ!」
俺の顔が満月に照らされる。チンピラどもは俺の顔を見てみるみると血の気が引いていく。
どうやら、俺のことを知っていたようだ。
「お前は……いや、
「闇夜の悪魔、月崎湊!」
なんてダサい二つ名だ。だが、向こうが戦意を喪失してくれたようで助かった。
これ以上はこちらとしても面倒臭い。
「せっかくの満月だ。今回はこれぐらいで勘弁してやる。だが次俺の前で同じ様なことしたら、分かるよな?」
「す、スミマセンでしたァァァァ!」
チンピラどもはそう叫びながら逃げていってしまった。
さて、と。俺は女性の方を見てみる。女性は怯えた様子でこちらを見つめてきていた。
「次からは気を付けるんだな」
「あの!」
いきなり女性が大声を出してこちらに近付いてくる。
すぐに帰ろうとしていたし、どうせ怯えて動けないだろうと考えていたので、反応に困ってしまう。
「月崎……先輩ですよね?」
「あ……」
近付いてきた顔を見て思わず言葉を失ってしまった。
会うつもりは無かったのに、まさかここまで早くに再開するとは。
「星宮……楓」
ポツリとその名前を衝撃と共に溢した。
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