第55話 こんなことなら

   12月10日、ストックホルムで行われるノーベル賞の表彰式と晩餐会の席に、

  STEが現れた。やはり、ノーベル平和賞を受賞したのだ。

光輝:「わあ、緊張するよー。」

流星:「とりあえず、一列に歩いて行こう。途中で取材されるようなら、立ち止まっ

  て軽く答えよう。」

メンバー:「了解。」

  表彰式を無事に済ませた彼らは、宮殿で行われる晩餐会に参加した。日本では、

  毎年晩餐会のメニューまで話題になる。ましてや今年はSTEが参加しているのだ

  から、注目度は高い。だが、取材できる範囲は限られていた。

   同じ晩餐会の席に、STEと顔見知りの歌手が1人参加していた。アメリカの偉

  大なシンガーソングライターのジョニー・クルーズだ。ノーベル文学賞に彼の作

  った歌詞が受賞したのだ。

ジョニー:「ハーイ!STEの諸君、久しぶりだね。」

流星:「クルーズさん、お会いできて嬉しいです。」

ジョニー:「こちらこそ。ああ、クレイ。会えて嬉しいよ。」

  ジョニーは碧央にハグをした。

   碧央は女性にモテる。やたらとモテる。だからいつだって、今回だって、瑠偉

  は女性を警戒していた。だがこの時不意に、瑠偉の心に違和感が生じた。

   実は、前回アメリカで会った時に、ジョニーは碧央と連絡先を交換していた。

ジョニー:「君、声がいいね。今度僕と一緒に歌わないか?」

碧央:「え、あの・・・。」

ジョニー:「とにかく、連絡先を交換しよう。」

碧央:「あー、僕はあまり英語が得意ではないので。」

ジョニー:「それなら尚更、時々メッセージのやり取りをすれば、英語の練習にもな

  るよ。」

碧央:「じゃあ。」

  そうして、2人はスマホを突き合わせていた。瑠偉はその時も、女性ばかり警戒

  していたので、男友達が出来ても、それほど気にしてはいなかった。他にも碧央

  と個人的に話そうとしている女性歌手が何人もいたのだ。その度に瑠偉も顔を突

  っ込んで連絡先の交換はさせないようにしていたのだ。だが、ジョニーとの交換

  は阻止しなかった。

   晩餐会の食事が終わった後、ジョニーは碧央のところにまたやってきた。そし

  て、しきりに碧央を誘っていた。

ジョニー:「クレイ、調べたんだよ。君の本当の名前は「ミドル・オブ・ブルー」っ

  ていう意味なんだってね。綺麗な名前だ。君にぴったりだよ。」

碧央:「え?ああ、ありがとうございます。」

ジョニー:「ねえ、もう今日はホテルに帰るだけだろ?これから俺と飲みに行かない

  か?これからの事を話そうじゃないか。」

  などなど。瑠偉はどうしても気になった。だからこの誘いは阻止したい。だが、

  自分では心もとない。流星を頼るしかない。

瑠偉:「流星くん、ちょっとお願いがあるんだけど。」

流星:「ん?どうした瑠偉?」

瑠偉:「うん、碧央くんがね、ジョニーに誘われているみたいなんだけどさ、心配だ

  から流星くんが行って、断ってくれないかな?」

流星:「断らせたいのか?」

  流星がニヤっとした。

瑠偉:「だってさ、なんか危ない感じがするんだよ。やけに強引だし。碧央くんも英

  語があやふやでタジタジだからさ。」

流星:「分かった分かった、ちょっと話してみよう。」

  そして、碧央が誘われている現場へ流星が向かったが、

ジョニー:「ムーン、これからクレイを借りて行くよ!朝までには返すからさ。」

  ジョニーはそう言って親指を立てたかと思うと、碧央の肩を抱いて連れて行って

  しまった。

瑠偉:「あー!」

  瑠偉が叫ぶも、お開きになった会場はザワザワしていて、その声は碧央には届か

  ず。碧央は振り返りもせず、ジョニーの話を聞きとろうと必死にジョニーの表情

  を見ているようだった。

流星:「あ、ごめん瑠偉。まあ、大丈夫だろう。碧央ももう大人なんだし。」

瑠偉:「そういう問題じゃ・・・。」

  瑠偉の心には、一抹の不安が宿っていた。


   ホテルに帰ったSTEは、2人ずつの部屋に分かれた。瑠偉は碧央と一緒だった

  が、今は独り。ジャンケンに勝った篤が1人部屋だった。好きな者同士の部屋で

  はなく、ジャンケンにより決まった部屋割りだった。流星は涼と、光輝は大樹と

  一緒だった。

   夜の10時頃にホテルに帰って来たが、12時を過ぎても碧央が帰って来ない。

  朝までには返すと言っていたジョニーの言葉は冗談ではなかったらしい。だが、

  碧央はお酒に強くない。朝まで飲み続けられるわけがない。だが、どこかへ連れ

  て行かれて、ここへ独りで帰って来られるとも思えなかった。

瑠偉:「やっぱり、探しに行こう。」

  瑠偉は碧央に電話をかけた。だが、出ない。

瑠偉:「まさか、酔いつぶれてどこかで寝ちゃっているんじゃ・・・。」

  そこまで考えて、ハッとした。

瑠偉:「いや、そもそもジョニーは朝まで飲むつもりではなく、碧央くんを自分と一

  緒に泊まらせるつもりだったのでは?どうして?・・・決まっている、碧央くん

  のことが好きなんだよ。狙っているんだ。もし、お酒を飲まされていたら、碧央

  くんは抵抗できずに・・・!」

  瑠偉は部屋を飛び出した。そのままホテルも飛び出し、街へ出た。

   人もまばらだ。車もたまにしか通らない。飛び出したのはいいが、どこへ行け

  ばいいのか分からない。

瑠偉:「碧央くん・・・。」

  心配で、胸が潰れそうだった。だから、じっとしてはいられない。あちこち走り

  回った。何度か電話もかけた。だが、一向に碧央は電話に出ない。瑠偉は成す術

  もなく、ホテルに戻って来た。

   瑠偉は、1人部屋の篤の部屋をノックした。もう夜中だが、篤はいつも夜更か

  しなので起きているかもしれないと思った。だが、なぜ篤の部屋へ行こうとした

  のかは、瑠偉にも分からなかった。

篤:「はい。あ、瑠偉、お前どうしたんだよ?とにかく入れ。」

  瑠偉の顔を見て、篤は驚いた。涙でぐちゃぐちゃだったのだ。部屋の中に入れ、

  コートを脱がせた。瑠偉は呆然としていて、ただ突っ立っていた。

篤:「お前、外に行ってたのか?」

瑠偉:「篤くん、どうしよう。碧央くんが、碧央くんが。」

  瑠偉が震える声でそう言うと、篤は瑠偉を抱きしめた。

篤:「落ち着け、碧央がどうしたんだ?」

瑠偉:「篤くん・・・。」

  しばらく、瑠偉は篤の肩口におでこをつけて泣いた。篤は瑠偉の頭を撫でなが

  ら、

篤:「よしよし、大丈夫だよ。」

  と言っていた。しばらくして、瑠偉は落ち着いてきた。だが、今度は恥ずかしく

  て顔を上げられない。この年になって、泣きじゃくるなんて・・・と。

篤:「落ち着いたか?」

  篤が顔を覗き込もうとしたので、瑠偉は両手で顔を覆い、頬の涙をぬぐった。

瑠偉:「あの、ごめんなさい。こんな夜中に。」

  篤はニヤっとした。そして、ベッドに腰かけると、

篤:「いいんだよ、俺は嬉しいから。まあ、座れよ。」

  と言った。瑠偉は大人しく従った。

篤:「で?碧央がどうしたって?」

瑠偉:「連絡がつかないんだ。ジョニーと飲みに行ったまま。」

篤:「あいつ、あんまり飲めないのに、大丈夫か?いや、だから心配しているんだよ

  な。」

瑠偉:「俺もついて行けばよかった。まさか、本当に朝まで帰って来ないなんて、思

  ってなかった。」

篤:「どこに行ったのか、分からないんだよな?」

瑠偉:「うん。」

篤:「そっか。ちょっと待てよ。何か情報が得られるかもしれないぞ。」

  篤はそう言うと、スマホを取り出し、SNSで碧央の情報やジョニーの情報を漁り

  始めた。

篤:「うーん、ノルウェー語かな?自動翻訳しても分からないな。英語の投稿な

  ら・・・。よし、流星の所に行こう。」

  篤はそう言うなり、立ち上がって部屋を出た。瑠偉も慌てて追いかけた。

篤:「おい、流星起きてるか?」

  ドアをノックするなり、そう言った。しばらくすると、流星がドアを開けた。

流星:「どうしたの?」

篤:「ちょっといいか。」

  そう言って、篤は部屋に入った。瑠偉もすかさず入る。

篤:「碧央が帰って来ない。あいつ飲めないから、どっかで潰れてるんじゃないかと

  思うんだ。それで、どこにいるか調べようと思ってSNS見てたら、英語の投稿が

  あって、お前に読んでもらいたい。自動翻訳だと良く分からんのだ。」

流星:「はいはい、どれどれ?ああ、ジョニーと碧央が一緒にお店にいるっていう投

  稿があるね。」

瑠偉:「どこ?!」

流星:「えーと、この店を調べると・・・ここだ。」

  地図を出されて篤と瑠偉は頭をくっつけて見た。

瑠偉:「篤くん、俺にその地図送って!」

  瑠偉は、地図を送ってもらうと、すぐに駆け出した。

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