第252話 危険人物

 ディーノが駆け上がっていく様を見届ける観戦者達。

 爆音と共にかき消えたディーノは、空を見上げると恐ろしいほどの速度で赤竜へと向かって駆けていく。

 空を駆け上がる姿は人間技ではないなと思わせる中、威嚇のためか赤竜が咆哮をあげているのが聞こえてくる。

 遠目に見ているからこそゆっくりと近付いていく小さな点のように見えるディーノと、山の上に立つ巨大な赤竜の対比は相当なもの。

 咆哮をあげていた赤竜から炎のブレスが吐き出され、それに構わずブレスへと飛び込むディーノの姿に一瞬悲鳴があがった。

 しかしその直後。

 眩い閃光が赤竜から迸り、遅れてやってきた落雷を思わせる轟音。

 視界に緑色の点ができてしまったため見づらくはあるが、赤竜の体が傾いてそのまま倒れてしまった。


「さすがディーノ。瞬殺だね」


「へ?終わり?」


「はっはっはっ。それはないだろう。相手は色相竜だぞぉ?」


 フィオレが赤竜の死を見届けたとしてもマリオもジェラルドも俄かには信じられない。

 ただ信じられなくとも汗がダラダラと流れ落ちてくるのは何故だろう。

 あいつならやりそうだと本能が語っているのかもしれない。

 アリスは恍惚とした表情で火山を見上げ、レナータとソーニャは顔を引き攣らせるしかない。


「さっ、撤収だよ!みんな片付けて!」


 フィオレのかけ声が掛かるも誰も納得していない。

 仕方なくシストにエンペラーホークを飛ばせるよう指示を出し、オリオンを全員乗せて飛び上がる。

 すぐさまトレイスもヘヴンズクロウに飛び立つよう指示を出し、「私も乗せてくれ!」と騒ぐ四国の要人も乗せて空へと舞い上がっていく。


 上空から見下ろすオリオンとトレイス含めた四国の要人達。


「本当に色相竜が」


「まさか一撃で!?」


「聖王国はあの者以外にも聖戦士を抱えているというが……」


「もはや人外の化け物ではないか……」


「これが秘匿された英雄の力か。国王様が熱く語るのも無理はないな」


 色相竜を倒したあとには火口を覗き込んでいたディーノ。

 ピクリとも動くことのない赤竜を見れば死んでいるのは誰の目にも明らかだ。


 これでは他国で見学に来ていた者達には何が起こったのかすらまったくわからなかったのではないだろうか。

 本来であれば討伐後にそのまま会館に戻る予定ではあったのだが、見学者達に何かしらの報告がなくては逆に失礼にあたりそうだ。


「トレイス様。もしよろしければ三国に集まる観戦者の方々に報告を差し上げたいのですが」


「我が国は国王もお忍びで観戦に来られておる。是非、我が国にも」


「そうですね。挨拶はほどほどに、報告のみ済ませていただけますか」


 国王が来ているとしてもお忍びであるなら畏まった挨拶をする必要はない。

 予定外の異国訪問となればいろいろと不都合が出てしまうため、あくまでも報告のみという形で三国を巡ることにした。




 ◇◆◇




 エルスタウトの会館へと戻って来たディーノ他観戦者達。


「いや〜しかし見事……と言えばいいのですかな?うーん。なんだか部屋が暑いですなぁ、あっはっはっ」


「はっはっはっ。もう暑い季節がやってきましたな」


 どこか笑うところがあったのだろうか。

 別段暑くもないしむしろ北寄りなためか肌寒いくらいだ。

 なにやら帰って来てから要人達の様子がおかしいが、単純に色相竜を一撃で倒してしまったディーノに怯えているだけである。


「ひとまず色相竜の討伐は終えましたし我々の協力はここまでということで。素材の分配はディーノが申しましたようにオークション形式で購入なされればどの国でも公平に行き渡るでしょう」


 トレイスから文句も言われなかったし問題はないだろう。

 いや、少し視線が気になるな。

 あとで何か言われそうだし逃げようか。


「そう言っていただけると助かります。ディーノ様も討伐ありがとうございました。討伐報酬については聖王国国王様よりお受け取りください」


 ここで大金を受け取るものかと思ったがどうやら違うみたいだ。

 国家とのやり取りもあるだろうし、一度国を通して支払われるというのも納得できる。


「わかりました。あとマルドゥクの餌を紹介してもらいたいんですけど」


 最近あまり構ってやれていないし美味いモンスターを食わせてやりたい。


「そうでしたな。ええと、こちら。フローラルグランドシープなどは如何でしょう。北国にのみ生息する巨獣であり、我が国では高級食材としても扱われるモンスターとなりますな」


 たしか図鑑で見たことのある毛むくじゃらなモンスターだ。

 肉は美味と書かれてあったこともあり、高級食材ともなればマルドゥクも喜びそうだ。


「じゃあそれお願いします」


「では野生のものはエルスタウトの西に生息しておりますが、家畜として放牧してあるものでも良ければすぐに手配いたしますがどうしましょう」


 巨獣を放牧しているとは……

 モンスターとはいえおとなしい性格の巨獣ということだろうか。


「家畜のだと何か違うんですか?」


「はい、家畜ですと毛を刈り取っておりますので見た目が全然違いますな。野生のものですと毛に覆われた不思議な見た目をしております」


 モンスター図鑑では毛むくじゃらなモンスターとしてたしかに不思議な見た目をしていた。

 毛刈りがされてあるならマルドゥクにとっても食べやすいはずだし家畜にしよう。


「家畜でお願いします」


「わかりました。手配いたしますので少々お待ちください」


 アルバンの従者がシープの手配をしに出て行った。

 狩りに行く手間も省けるしマルドゥクも喜ぶならいい条件ではないだろうか。

 さすがにマルドゥクでも毛で体がどうなっているかもわからないような生物を好んでは食べないだろうし。




 その後、マルドゥクをフローラルグランドシープを放牧している場所まで案内してもらい、図鑑とはまったく見た目の違うモンスターにディーノも本物かどうかを疑ったくらいである。

 図鑑に描かれたシープは全身がほぼ毛。

 毛から顔と足が生えてる妙なモンスターだったのだが。

 毛刈りされたシープは薄い毛皮を着た普通の四足モンスターである。

 センチュリーバフよりも一回り以上は小さいが、一頭丸々食べたらマルドゥクも満足する大きさではなかろうか。


 巨狼を前にしたシープはブルブルと震えあがり、巨大な尻尾をフリフリとしながら身構えるマルドゥク。

 ウルが寄生したまま食事をしてもよかったのだが、美味しく食事をさせてやろうとパラサイトを解除する。

 ウルが降りたのを確認してディーノが「よし!」と声を掛けると、マルドゥクは野生の本能をむき出しにしてシープに襲いかかった。

 シープの叫び声とともに血飛沫があがり、要人達の目の前で凄惨な光景が広がる。

 背の肉を噛みちぎり、血を啜りながら肉を咀嚼する。

 どうやら味がお気に召したのか上空を見上げて一吠えし、また肉を噛みちぎっては咀嚼を繰り返す。

 抵抗できずに命尽きようとするシープを見ると野生の残酷さを感じるものの、すぐそばでマルドゥクの食事風景を見つめるディーノは終始笑顔である。

 ディーノにとってはよく見る光景であるため美味そうに食うな〜と笑顔を向けているのだが、はたから見ればディーノの狂気が見てとれてしまう。

 色相竜を一撃で殺せるうえにマルドゥクすら従える人間の皮を着た化け物。

 というのがディーノに対する四国の要人、従者達の認識だ。

 バランタイン聖王国から寄せられた世界規模の竜害への協力関係については、一定の距離を取りつつ傍観を決め込むつもりだったのだが、ディーノに詰め寄られるようなことがあれば誤魔化すことすら躊躇われる。

 ディーノに悪意や害意はなくとも、今後は敵に回してはいけない危険人物として他国で知られていくことになる。

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