第253話 エイシス劇団
エイシス劇団立ち上げからもうすぐ半年が過ぎる頃。
舞台の規模から考えると人数が足りず、団員も最初の十人から三十人まで増やして訓練を続けている。
さすがに向かない者を団員に加えることはできなかったため、オーディションを行ってから合否を決めることにはなったが。
日々の訓練の甲斐あって、ようやく舞台として観せられるレベルまで劇団員も育ってきた。
二月が経った頃には脚本も完成したものの、ゼイラムの稿をより正確なものにしたかったディーノは国王に直談判。
王家の石碑を見せてもらうことで真実の歴史を書に起こしたいと願い出た。
しかし秘匿された王家の石碑ともなれば王の血筋にある者以外の閲覧は禁止されており、現国王の息子、いわゆる王子であるバルタザールからゼイラムの記述について教えてもらうこととなった。
このバルタザールは何やら真実の歴史にあるゼイラムのファンとのことで、一言一句漏らすことなく記憶している変態でもあった。
そのおかげで現代のギフト発現者であるディーノをいたく気に入り、石碑に刻まれた歴史に加えてその時代背景も盛り込んだ説明を受けることで、ディーノの脚本にも多くの影響を与えてくれた。
やはり一つの史実を元にするより、その時代に何があったのか、どんな生活が送られていたのかなど、大きな視点から見た世界観が加わることで文章にも厚みを持たせることができる。
バルタザールは自分の仕事の合間を縫ってはディーノと面会し、過去の歴史について多くを語り合う仲となり、秘匿された歴史を二人の解釈を加えて紐解いていく。
やはり石碑に史実を刻んだ者も歴史の全てを盛り込むことは難しく、竜害についての史実を多く刻むことで事の重大性を未来の国に託そうとしたのだろう。
竜種がどのようにして国を襲い、どれだけの被害を出し、それに対する人間達の戦いがどうあったのか。
活躍した四聖戦士やヘラクレス、そして一人で一区画を守り抜いたゼイラムの史実がほとんどを占めていた。
刻まれた歴史が全てではない、国の兵や冒険者のような戦いに従事する者達だけでなく、一般人も戦いに臨んだと考えるべきではないだろうか。
国の、人類の危機的状況に誰もが武器を手に取り、己が身を守ろうとしたのではないだろうか。
多くを語り合い、様々な考察を元に書き記された書類は積み上がり、山のような書類の束から真実の歴史を物語として書き起こす。
二月掛けて完成させた脚本を全て書き直すことにしたディーノは、一月以上も冒険者業を休業して執筆活動に明け暮れた。
四月が経つ頃に完成した脚本は、物語でありながら歴史書としても充分な価値ある内容となり、編集や添削に協力してくれたミハエルも唸るほどの歴史書となって清書に取り掛かることとなった。
すでに清書も済んで国王へと献上し、その内容の緻密さからディーノもついに聖王勲章を授与された。
何故に冒険者としてではなく作家として勲章を受け取らなければいけないのかと思わなくもないが、聖王勲章ともなれば国王からの絶対的な信頼の証であり、冒険者としても信頼があるからこその受勲であると信じたい。
脚本の変更に伴いローレンツの台本にも修正が必要となってしまったが、役者が演じるのは四聖戦士やヘラクレスとなるため、修正を加えるのは主に時代背景を加える部分だけとなる。
また、主役であるゼイラムについては多くの変更が加えられたものの、台詞の少ない人物だけに立ち回りの変更のみとなった。
ディーノの最初の脚本を元に、役者の演技に合わせて修正に修正を繰り返しながら完成度をあげ、より良い演劇にしようと試行錯誤を続けてきた。
新しい脚本から加えるとすれば、時間の配分を考えても語りで物語の厚みを出すしかないのだ。
ディーノの脚本変更は必要が無かったとも思えるが、作家が本気で作品に向き合おうとするなら全てを書き直すことになろうと、脚本として意味がなかろうと関係ない。
作家が満足のいく作品になることが最も重要であり、ただの自己満足でもある。
ディーノが憧れた英雄伝説を真実の物語として書き起こせるなら、自己満足であろうと本人にとっては意味があるものだ。
劇場に設置される大道具や小道具も職人達の手によって完成し、舞台を二面設置することで背景の変更も可能にしてある。
幕の上げ下ろしをするだけで背景変更が可能となれば大きく話が途切れることもなくなり、背景を切り替える際には語りを加えることで繋がりを持たせることにしてある。
語りは座長であるローレンツが行う予定となっているため心配はない。
まだ通しで一舞台を演じたことはないが、アクションの多い舞台だけあって生半可な体力では最後まで保たない。
やむを得ず一般人である劇団員を連れて荒野に向かい、ディーノの指導のもと野生のボアやインセクト系モンスターの討伐によって経験値稼ぎも行った。
舞踏教官のアデリーナが剣による舞も教えているためか、実戦ではないとはいえ誰もが剣を振るうことができるのだ。
最初こそモンスター相手に怯えていたものの、訓練していた剣舞が通用するとわかればそれほど怖いものではない。
最初はディーノが抑えたうえで大勢で、問題なく勝てるとなれば徐々に人数を減らしつつ補助もなくして戦えるように訓練する。
戦闘系スキルが無くともモンスター討伐による経験値取得は肉体性能を大幅に上昇させ、舞台映えする身体能力が手に入るとなかなかに好評な訓練にもなった。
しかし一般人ながらも誰もがボアを狩れるだけの身体能力を手に入れたとなれば、下手な冒険者よりも強いのではなかろうか。
今ではソロでボアを狩ることができる者も出始めているくらいだ。
パワーレベリングも悪くないな。
いずれは他領や他国でも公演してもらうつもりだし、BB級モンスターを殲滅できるくらいまでは強くなってもらおう。
そして竜害を主とした物語であるため、竜種をどうするかが問題となる。
最初のうちは大道具で竜種の模型を作るつもりだったのだが、ウルの提案で竜種っぽいモンスターをテイムしたらどうかということでテイマーを手配。
やはりここはリザード系の変異種であるアローゼドラゴンが最適だろうと、各領地にある依頼書から討伐依頼を探してもらって受注。
予想外に番つがいの二体討伐とあったため、テイマー二人を連れて捕獲して来た。
色相竜の真似事をさせるとなれば難しいが、光の当てる色を変えることで他属性を表現すればいいだろう。
問題はブレスだが、演出や煙か水蒸気などを利用してそれらしく見せればいい。
テイマーを使うなら獣王国の王族の誰かを使って本物の竜種を……とも考えたがさすがにデカ過ぎて劇場が壊れる。
やはりそこそこの大きさの竜種っぽいのでちょうどいい。
また、音楽に関してはキアーラに任せっきりでディーノの出る幕はない。
楽器も歌もよくわからないディーノが口を出したところで訓練に支障が出てしまうだけで何にもならない。
それなら専門で教えているキアーラに任せた方が効率がいいのだ。
もしディーノのイメージに曲が合わなかった時にでも指摘すればいいだろう。
脚本を書き終えたディーノは、ここしばらく劇団員の演技について自分のイメージを伝えようと訓練に参加している。
ローレンツやアデリーナも演技指導をしっかりと行ってくれてはいるものの、ディーノのイメージと違っては意味がないので、団長として指導役二人とも打ち合わせをしながら団員にも指示を出す。
あとは実際に舞台としての演技とディーノのイメージにどれだけの差があるか。
「ローレンツさん。そろそろ通しでやってみましょうか」
「そうだね。演技としてはまだ拙い部分はあるけどそろそろ全体像も観てみたい。みんな自分の足りない部分も見えてくるだろうしいいんじゃないかな」
「じゃあそろそろ稽古時間終わるので発表しますね」
ここ最近、自分でも団長としての立場が板についてきたような気がするディーノ。
言葉遣いこそ立場的に反対ではあるが、ローレンツもディーノを団長として立てているため決定権はディーノにある。
それでもやはり団長としては自信がないディーノはローレンツに意見を求めてしまうのだが。
「はい、今日の稽古はここで終わり」
パンッと手を叩いて稽古の終わりを告げる。
最後に一日の感想や注意点などを指摘するディーノに視線が集まる。
しかしこの日は別だ。
「今日も稽古お疲れ様。みんなだいぶオレのイメージ通りに動けるようになってきたしそろそろいいかなと思って。明日、英雄伝説を最初から最後まで通しでやろうか」
劇団員もワッと盛り上がる。
これまでずっと部分稽古を繰り返していただけに、通しで演じるとなれば物語の完成が見えてくるということだ。
観客に見せる演技ではなくとも、個別に行う稽古と全体での稽古とでは役割の重さが違う。
自分の失敗が作品の失敗に繋がるのだ。
普段であれば何度も繰り返し行える演技が、成功だろうと失敗だろうと一度きりで次に進んでいく。
稽古であるだけに作品としての良し悪しはここでは問われることはないとしても、一人一人の演技に責任が発生する。
普段とは緊張感がまるで違う訓練となるのは間違いない。
もし仮に自分が足を引っ張るような演技をしたとすれば、稽古時間を伸ばしてでも演技をモノにしなければならない。
だが、いい機会でもある。
これまで訓練してきた自分達の演技がどれだけ舞台として通じるか、団長のディーノのイメージにどれだけ近付けているのかがはっきりするのだ。
この仕上がり次第では観客に観せられる日が近くなるのかもしれない、または遠くなるかもしれないとすれば本気で臨む他ない。
長い期間を訓練してきたからこそ、観客の前で演じたいと思うのは劇団員として当然である。
「みんなが必死で稽古しているのを毎日見てるからな。これまでやってきた成果を見せてくれ」
『はい!』と大きな返事が返ってきた。
誰もがこの日を待ち望んでいたのだろう。
仮舞台とはいえ物語としての英雄伝説を演じることを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます