第251話 最大出力
巨鳥組が到着したのはディーノの話が終わって少しお茶を楽しんでいたころ。
そろそろかと立ち上がったアルバンがトレイス達を迎えに出て行った。
オリオンや劇団は別室にでも待たされることになるのだろう、トレイスと従者二人がアルバンに連れられて部屋へとやってきた。
アルバンに促された席へと着いて、ディーノと話し合った内容を四国の要人達が確認をとる。
色相竜素材の譲渡を知るとトレイスの表情が一瞬だけ反応を見せたが、終始笑顔で話を聞いていた。
やはり譲渡は良くなかったのかもしれない。
「ディーノが決めたことであれば我が国としては問題ありません。素材は如何様にご利用くださって構いませんよ」
本当かな。
あとで文句言いそうな気もするけど。
「言質は取りましたからね」
「なんのことだろう」
やはり文句を言われそうである。
まあ確かに色相竜は超高級素材でいい金になるだろう、あれ一体でちょっとした邸が建つ金額にはなるはずだ。
「色相竜素材となれば我が国ではお目に掛かれるものではありませんからな。お譲りいただけるとあっては感謝してもしきれませんなぁ。あっはっは」
「戦力強化に欠かせませんからね。他国から仕入れようと思ってもそう簡単に手に入るものでもありませんし」
戦力強化に欠かせない……ディーノの装備に色相竜素材はあっただろうか。
あるとすれば双剣の魔核くらいのものだが、防具として一級素材となるのが色相竜となれば装備を見直すのも悪くない。
しかし軽さや動きやすさを優先するなら獣の皮素材が最適である。
なかなかに悩ましい装備選びだ。
「ケルシャルトでも色相竜素材の仕入れを?我が国でも仕入れてはおりますが、なに分傷物が多くて一枚物の装備などは作ることができないそうです」
「なに?ペルエルもか?ヴァイツェに入ってくる素材も傷物ばかりだが……それでも他素材に比べれば優れた素材ではあるのだがな」
なるほど。
状態の良い色相竜素材は手に入らないと。
少し前にオリオンで倒した緑竜も自滅覚悟で最後は爆破を全身に浴びていたな。
他に色相竜討伐となればザックやエンベルトが獣王国で倒した黒竜と赤竜がいるが、エンベルトは魔法で倒したからこそ傷のほとんどない死体が手に入ったものの、ザックが倒した黒竜はズタズタに斬り裂かれて背面側以外は素材として使い物にならなかったはずだ。
それなら魔法で圧倒すれば傷の少ない素材が手に入るわけだが。
今現在の魔力値から、ギフトを発動すればエンベルトすらも上回るな。
「できるだけ傷が少ないよう倒してみます。全力でやればそんな時間も掛からないと思いますし」
火山を根城にするだけあって今回討伐するのは赤竜である。
炎のブレスでユニオンとライトニングにフルチャージしてからの、リベンジブラスト、リベンジヴォルトに精霊魔法を乗せてみよう。
まだ試したことのない全出力の精霊魔法となればどれだけの威力になるのだろう。
「ディーノの全力か。ふふっ。国王様から聞いているが凄まじい強さらしいな。楽しみにしている」
「今回は傷を少なめってことで魔法主体ですけどね。最初から全力でいってみます」
観客が多かろうと魅せるための戦いをするわけではない。
他国に被害を出さないようできるだけ早く、確実に討伐できればそれでいい。
色相竜から得られる経験値としては低くなってしまうかもしれないが、自身の全出力を知っておくのも重要だ。
翌日。
エルスタウトの北、ペルエルの南、西にはヴァイツェ、東にケルシャルトという形で国があり、四国の中央に位置する火山に色相竜が住み着いたことで今回の合同会議が行われた。
四国が協力し合えば色相竜も討伐することができるとの結論には至ったものの、場所が場所だけに逃げられた場合にどの国に被害が出るかはわからず、さらには戦力を火山に集中させることでどの国でも対抗する術を失ってしまうことから、バランタイン聖王国への応援を要請している。
色相竜討伐の戦歴が多いバランタイン聖王国であれば、確実に仕留められるよう人員を配置してくれるのだとの認識から頼んでみたのだが。
トレイスからの発言により、空を駆け回ることのできる竜殺しの勲章を持つディーノに白羽の矢が立ったのだ。
パウルのいる聖銀でも良かったのだが、聖王国の最大戦力に協力を要請するとなれば四国にとっても借りが大きすぎる。
ディーノも国の重要人物ではあるがソロで戦うことを得意とし、聖王勲章を持たないとなれば聖銀よりも扱いとしては軽くなる。
協力するのに最適な人材としてディーノが選ばれたのだ。
もしこれが平原などの戦いやすい場所であればオリオンに戦わせるつもりだったそうだが。
小国であるが故に火山の麓までは馬車でも一の時ほどもあれば到着する。
マルドゥクに乗せていくこともできなくはなかったが、不機嫌な態度を見せるので要人には自分達の馬車で向かってもらったが。
話によると他の三国でもすでに火山の麓に野営地を設け、色相竜戦の見学をしようと待機しているらしい。
戦力を王都に置かなくてもいいのかと思わなくもないが、色相竜を逃すつもりのないディーノであれば問題はない。
最悪の場合はマルドゥクが参戦することにもなっているため、色相竜が生き残るとすればディーノ達の到着を前に逃げ出すことなのだが……
逃げるはずはないか。
火山の麓からでも見える色相竜はやはり火属性の赤竜のようだ。
敵意を向けられたわけではないため周囲を見渡す程度にしか警戒していなかったものの、マルドゥクが麓までやって来たことで警戒心を一気に高める。
エンペラーホークとヘヴンズクロウも到着し、観客全員でレジャーシート代わりの布を敷いて戦闘開始を待つ。
しばらくして要人達の馬車も到着し、従者が観戦用の準備を整えると要人達も降りてくる。
椅子に座って配されたテーブルに並べられたお茶や菓子を口にして色相竜を見上げている。
偉そうな態度が気に入らないが仕方がない。
今度は野営地として馬車周りの整備を始めたが、どれだけ長い時間ここにいるつもりだろう。
ディーノとしては短期決戦のつもりで挑む予定なのだが。
「ではディーノよ。確実に仕留めてくれ」
「はい。まあやりますけど」
トレイスの従者は野営の準備などはせずお茶の準備をするだけだ。
四国の要人達に視線を向けて目を細めている。
「ディーノ頑張ってね!」
「お前ならソロでも大丈夫だ。頑張ってこい」
アリスやマリオからも声を掛けられるが激励というほどではないか。
負けるつもりはないけど絶対はないのだが。
見学に来た劇団員達も頑張れーと声をあげている。
何かイベントか何かと思ってるのだろうか。
これは人とモンスターの戦いであり命の奪い合いである。
そんな緩い感じに応援されても困る。
「じゃあ行ってくる!ウルドゥク!何かあったら頼む!」
《ヴォウッ!?》
何やら前足をデシデシし始めた。
ウルとマルドゥクを混ぜて呼んだのがダメらしい。
気にせず行こうか。
「キィ!」
まずはギフトを発動して体内に限界まで魔力を引き出しつつ、雷属性精霊魔法で身体能力向上を発動する。
赤竜までの距離は停止状態から駆け出したとしてカウントで百以上はありそうだ。
これまでの経験から考えて、魔力を全放出した状態からのフルチャージまでカウント二百ほど。
出力を三割まで抑えた爆破加速なら、赤竜までの距離を考えてもフルチャージが可能だ。
しかし赤竜がこちらに向かって飛び立つとすれば若干足りないかもしれない。
それなら二割……
爆破を二割まで出力を抑えるとなると今のディーノでは調整は無理だ。
最低出力での爆破加速なら二割強といったところだろうか。
それなら最短距離を駆けるのではなく、上昇優先からの放物線を描いて向かえば少しは時間を稼げる。
これでいこうか。
「ミィ!頼むぞ!」
双剣を逆手に持ち、後方に引き下げたユニオンからの爆破加速で上空へ駆け上がる。
精霊魔法による爆破の威力は通常爆破のおよそ二倍。
大気を轟かせ、姿をかき消すかの如く一気に急上昇していく。
ディーノが空へと駆け上がるのを確認した赤竜は咆哮をあげて威嚇する。
小さな人間がたった一人で空を駆けて向かってくる様に理解が追いつかないのか、咆哮をあげるのみで飛び立つことはない。
ディーノにとっては嬉しい誤算であり、このまま接敵する頃には体内魔力もフルチャージが可能。
やや上昇し過ぎてしまったが落下加速も利用して更に加速するディーノ。
咆哮をあげていた赤竜もこのまま接近を許すわけにはいかないと、口内に魔力を集中させて炎のブレスを吐き出した。
ディーノにとって最大のチャンスが最初のターンで訪れた。
ユニオンとライトニングを交差するようにして前方に掲げ、ブレスを相殺しながら一直線に向かっていく。
体内にはディーノの魔力がフルチャージ、双剣には赤竜の魔力がフルチャージされ、ブレスを潜り抜けた勢いのまま喉元へとライトニングを突き立てた。
切先が触れ、喉元へ刺し込まれると同時にリベンジヴォルトを発動したディーノ。
ディーノの精霊魔法によって赤竜から発する稲光と轟音。
爆散するかの如き雷撃が赤竜の体を駆け抜けた。
地面に大半の雷流が逃げてしまったものの、生命活動を停止させるに充分な威力を持つ。
頭上を見上げたまま声一つあげることなく体を傾かせ、最強種である色相竜が地面へと崩れ落ちた。
「ヤバい。精霊魔法強すぎる」
そういえばクレートの精霊魔法も強かった。
小指の爪程度の小さな魔核を使用してあの強さだったのだが、今はユニオンに収まる風の魔核と同程度の火の魔核を手にしている。
正直なところ再戦を挑むのが怖いと感じるほどに魔法が強化されているはずだ。
今放ったリベンジヴォルトさえも上回ってきそうな気がする。
ともあれディーノの全出力の精霊魔法を試せた今、色相竜を一撃で殺せる威力があると知っただけでも充分な収穫と言えるだろう。
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