第250話 エルスタウトへ

 国王から指定のあった日に合わせて王都南区ギルドに到着すると、アリスが言っていた使者のトレイスと従者二人、獣王国のテイマーにディーノが少し前に捕獲した巨鳥ヘヴンズクロウが待っていた。

 エンペラーホークよりも一回り大きな鳥で、飛行速度こそ劣るものの、学習能力が高く攻撃的な性格という特徴のモンスターである。


『ディーノダ。コワイ。キライ。アッチイケ』


 そして何気に人間の言葉を覚えて喋るという驚異的なモンスターでもあるのだ。

 空中戦で何度も爆破を叩き込まれたことで恐怖を刻み込まれたヘブンズクロウは、ディーノのことを危険人物としてしっかりと覚えているようだ。

 絶対に隠れられないほどの巨体でテイマーの背後へと回り込むと頭を背中に当てる。

 やってることは何気に可愛らしいが話す言葉には棘がある。


「なんかムカつくけど喋る巨鳥も悪くないな。エンペラーホークは喋んないのか?」


「喋るわけねーだろ。あとあまり変なこと言うなよ、覚えるから」


『ディーノシャベルナ。ムカツク』


 うーん。

 生意気な鳥だな。


「よし、ちょっと可愛がってやろうか。ほらこっち来い」


『イヤダ』


「じゃあオレから行こうか」


『クルナ!アッチイケ!』


 ビリビリっとした刺激的なふれ合いでお互いの仲を再確認しつつ、鳥との戯れもほどほどにして小国へと向かうことにする。

 やはり十人を超える人数にマルドゥクの表情が少し険しくなったこともあり、半分はヘブンズクロウに乗るように指示を出したところでまた文句が返ってきた。

 仕方なくもう少し構ってやることにするディーノだった。




 小国までは王都からの距離的に考えれば、ルーヴェベデル獣王国までとそう変わらないくらいだろうか。

 多少の起伏はあるとしても平原をほぼ真っ直ぐに進んで行けば辿り着けることもあり、昼二の時に出発してから到着したのが昼六の半時と、思ったよりも早く到着してしまった。

 エンペラーホークもまだ到着していないし、ヘヴンズクロウはまだ一の時以上は掛かるのではないだろうか。

 到着したと言ってもエルスタウトの王都が見える荒野ではあるが、直接王都まで飛び込んではまた騒ぎになる可能性もあるため、向こうからも見えるような位置で迎えを待つ。


 やはり巨狼マルドゥクの姿となれば、大きな一軒家並みの体躯を持つためエルスタウト側からも確認できたようだ。

 こちらに馬車が一台向かってくる。


 馬車からは貴族らしい男が身を縮こませながら降りてきてマルドゥクを見上げる。

 巨鳥は見たことがあっても巨狼は初めて見るだろうな。

 マルドゥクの体積はそんじょそこらの巨鳥よりもはるかに上回る。


「き、巨狼マルドゥクとお見受けする!冒険者ディーノ殿で間違いはないだろうか!」


 名前を呼ばれればさすがに降りないわけにもいかない。

 ディーノはマルドゥクから飛び降りて軽く一礼。


「黒夜叉のディーノ=エイシス=ドルドレイク。バランタイン聖王国国王様より依頼を受けて色相竜討伐に参上しました」


「ようこそお出で下さいました。私、エルスタウト宗王国のアルバン=フレンチェスと申します。貴殿のお噂は兼ねがね聞き及んでおりますのでな、色相竜の討伐とはいえ必ず勝つと信じております」


 戦いにおいては絶対なんてことはあり得ないが、色相竜相手でも負けるつもりはない。

 ここで苦戦するようなら鍛え直す必要もありそうだが、色相竜戦が決まってからは執筆活動の最中でも朝夕の鍛錬はしてあるためそこまで体は衰えていないはずだ。

 念のため実戦訓練としSS級のモンスター討伐もしている。


「ええ、尽力します。まだ連れが到着していないのでここで待たせてもらっていたのですが……どうしましょう。アルバン様にわざわざ来ていただいたのであれば私だけでも先に向かうべきでしょうか」


「そうですな。できればディーノ様にはマルドゥクの安全性を訴えていただければ、我らエルスタウトの民も安心なのですが」


 マルドゥクはなかなか可愛い奴ではあるが見た目は……うーん、勇猛、精悍、いや、違うな、怖いくらいだ。

 色相竜も食い殺すようなモンスターだし知らない人からすれば脅威そのものだしな。


「わかりました。マルドゥクには連れが来るまで待ってもらいます」


「そうしていただけると助かります。では馬車へどうぞ」


 アルバンに促されて馬車へと乗り込むディーノ。

 二人のやり取りはマルドゥクに寄生したウルが把握しているので問題はないはずだ。

 劇団員にもアルバンが到着する前にもしかしたら〜と話してあるし、巨鳥組と一緒にエルスタウト入りすればいいだろう。

 馬車が走り出したところでマルドゥクも身を伏せて休むつもりらしい。

 その辺に野生のボアやディアがいればオヤツになっていいのだが。




 エルスタウト宗王国。

 王都だとは思うが、やはり小国であるためか規模としてはそう大きくはない。

 せいぜい地方領ほどの大きさといったところだろうか。

 それでも王都だけあって人々の往来は多く、貴族の馬車が走ってくるとなればやはり注目を浴びることになる。

 都内の大通りを進んでいくと役所らしき大きな建物へと到着。

 どうやらここで降りることになるようだ。


「ディーノ様に色相竜の討伐をお願いするにあたり、エルスタウト他、四国の会議の場として設けた会館となります。すでに他国の皆様もいらっしゃっておりますのでご挨拶いただけますでしょうか」


 挨拶するだけなら問題はない。

 一応はディーノも伯爵家の養子であり、国王からも認められたお偉いさんでもある。

 会館にいるのが各国の重鎮であろうと立場的にはそう変わらないはずだ。

 アルバンについて進んでいくと、両開きの扉を開いて中へと足を踏み入れる。

 中央に大きな長テーブルと椅子に座る十人の男達。

 アルバンが入ってきたことで七人が立ち上がって頭を下げていた。

 残る三人も立ち上がってこちらに近づいてくる。


「ディーノ様、ご挨拶を」


 迎える側が先に挨拶するべきかとも思うがまあいいか。

 アルバンからすればどちらも客人で、貴族と冒険者という違いもある。

 もしかするとディーノが貴族の養子ということは伝わっていないのかもしれないが。


「この度、色相竜討伐の依頼を受けた冒険者パーティー、黒夜叉のディーノ=エイシス=ドルドレイクです。各国の皆様、よろしくお願いいたします」


 簡単ではあるがいいよな?

 誰も知らないし向こうも問題起こすつもりもないだろう。

 ペルエル、ケルシャルト、ヴァイツェと挨拶していき、その従者達も名前だけ簡単に挨拶してきた。

 うん、誰も覚えれない。

 アルバンと揉めたのがヴァイツェの侯爵だったか……

 挨拶だけ聞いた感じだと問題のありそうな男にも見えないのだが。

 女性蔑視な国だったか、こちらが男だからこそ何も絡んでくるようなこともないのかもしれない。


「ではディーノ様。色相竜討伐を前に何か準備などございましたら仰ってくださいますか?できる範囲で手配いたしますので」


 うーん。

 ここで何か要求するのはあまり良くないような気もするな。

 あ、でもこれは言っておかないと。


「じゃあ色相竜討伐後でいいんですけど、マルドゥクの餌用に巨獣を一体紹介してもらえませんか?難易度問わず美味しそうなのがいいですね」


 美味しそうな巨獣ってなんだろうと思わなくもないが、できればいくつかある選択肢から美味しそうなのを選ばせてほしい。


「マルドゥクの餌、ですか。本当にそんなものでよろしいのですか?」


「色相竜を食わせていいなら必要ありませんけど……素材として使いますよね」


「色相竜を食べさせるなど勿体無い!はい、ではギルドに確認しておきましょう」


 やはり色相竜はダメか。

 ウルに聞いたところマルドゥクは色相竜の肉をそこそこ気に入っているらしいが。

 ただ味は良いが固いし噛み切れないしで時々食べればいいとも思っているそうだが。


「一ついいだろうか。今、貴殿は色相竜を素材として使いますよね、と申されたということはこちらに素材を譲っていただけると捉えてもよろしいか?」


 名前は覚えていないがペルエルの要人から質問である。


「別に構いませんよ。ああ、でも分配はどうしましょうか。魔核は四等分としても他の素材は私には価値もわかりませんし」


 討伐報酬がもらえればディーノとしては素材はどうでもいい。

 相当な金額にはなるとしても、色相竜を討伐したからといって他国に被害をもたらした個体を自分のものだと主張するのはさすがに躊躇われる。


「我々で決めて良ければ話し合いますが」


 うーん、でも揉めるだろ。


「いえ、オークション形式にしましょう。討伐報酬をそちらから捻出すれば皆様にとっても利があるかと。落札すれば討伐報酬の支払いが多くなるとしても素材は手に入ります」


「なるほど。ディーノ様は懐が深い。しかし……バランタイン聖王国への借りが大きくなってしまいますなぁ」


 借りが大きくなるのか?

 んん、ああそうか、素材を譲るって購入しようと考えていたのか。

 だとすれば懐が深いとか借りが大きくなるというのにも納得がいく。

 トレイス伯爵に相談もなく決めてしまったが国王様からは好きにしろと言われている。

 アルバンが借りと言うならトレイスも文句はないはずだ。

 ここは気付けなかったことも含めて笑顔で誤魔化しておこう。

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