第182話 精霊化
幻影と隠蔽の複合技を使用するクレートを相手取るには、一撃の威力よりも速さと手数と考えたディーノ。
紫炎剣による高い攻撃力があるとはいえ、今は片手しかまともに動かせない事を考えれば連撃を捌く為にも出力を調整する必要も出てくるだろう。
ユニオンとライトニングを順手に持ち替えてクレートに向かって駆け出した。
ディーノが剣を順手に持ち替えた事を確認したクレートは、近接戦に持ち込むつもりだろうと判断して右手に精霊剣を括り付ける。
右腕に力が入らないとしても物理操作の魔法を使えば剣を振る事ができる為だ。
左手さえまともに動かせればある程度まともに戦う事もできるはず。
クレートの右方向へと回り込んで向かって来るディーノに備えて、紫炎剣を左に構えてその時を待つ。
爆破加速を利用せずにクレートへと接近したディーノは、見えない斬撃に備えてユニオンで前方を薙ぎ払いつつライトニングを左袈裟に振り下ろし、接触がなかった事から背後へと振り抜いたユニオンで爆破。
左逆袈裟に斬り上げるクレートの斬撃をやや下方での爆破によって跳躍で回避しつつ、視界に映るクレートが幻影である事を疑ってその背後の地面に向かって唐竹にライトニングを振り下ろす。
雷撃を込めたライトニングが受け止められた感触があり、そのまま受け流されたのか左方向へと流され地面に着地。
見えないクレートに向けてユニオンを右に薙ぎ払う。
それをしっかりと受け止めた衝撃があり、ここからはクレートの姿を想像して戦う事になる。
おそらくは固定した右腕を引き上げるようにして剣を真下に受け止めた体勢。
薙ぎ払いを受けて後方へと飛び退こうとしたのだろう、感触が消えると同時に距離を開かれてはまた見失ってしまうと前へと踏み出すディーノ。
しかし幻影と思われるクレートがこちらへと駆け出しており、これを無視して戦うべきか躊躇いつつも視界に入る剣を受けずにはいられない。
右袈裟に振り下ろされた斬撃がライトニングと接触し、この斬撃がクレート本体のものである事が判明する。
判断を誤れば一撃で斬り伏せられた事だろう、全身から大量の汗が吹き出してくる。
しかし目に映るクレートが相手であるなら戦いようはいくらでもある。
紫炎剣の威力により弾かれるも、ライトニングを右方向に引き付けつつ体を背面方向へと回転させながらユニオンを左袈裟に振り向け、振り下ろしから引き戻した紫炎剣と斬り結ぶ。
全力の爆破は紫炎剣を打ち払い、後方に弾かれたクレートを追ってライトニングによる右逆袈裟のリベンジヴォルトを振るうもこれを右袈裟に受け止めて相殺。
一撃の重さでは両手剣のクレートが勝り、押し退けられたディーノへと向かって左薙ぎに紫炎剣を振るう。
それを受けるディーノが放つのはリベンジブラストであり、出力では相殺できるものの完璧にクレートが魔力量を調整している事がわかる。
そこから続く剣戟はディーノの爆破と雷撃、にリベンジブラストとリベンジヴォルトを加え、爆破音と雷鳴とが響き続ける中を全て紫炎剣で相殺し続けるクレート。
ディーノの知らない魔法戦が今この時繰り広げられていた。
通常の物理戦とは異なる魔法スキルの奥深さ、魔鋼製武器の性質さえも理解した上での戦闘運び、完璧な出力調整によって相手の出力さえも調整する判断能力、全てがディーノの知識や経験としてディーノの記憶に刻まれていく。
モンスターからでは得られない、いや、それどころかこの世界の何者からも得られない貴重な経験を今積む事ができている。
ディーノにとってすでに勝敗などどうでもよく、この経験が長く続く事を願いながら全力でクレートに挑むのみ。
斬撃の重さに払い退けられる事があろうとも、受け流されて力が逸されてしまおうともただひたすらにクレートに向かって突き進むディーノ。
しかしそんな時間は長く続くものではなく、クレートからリベンジヴォルトを受け流された直後に襲い掛かるクレートの斬撃を回避するも、直感から姿を消したクレートからの紫炎剣を恐れて後方に退避。
再び幻影スキルとの戦いが始まった。
幻影と思われるクレートは楽しそうに前に進み、ディーノも知らずして獰猛な笑みを浮かべながらこの危機にも前に進む。
幻影を避けつつも戦闘勘を頼りに見えないクレートの斬撃を受け、躱し、さらには剣に受ける感触から攻めにまで回るディーノの才能は異常の一言に尽きる。
多くの強者を知るクレートとしても、このわずかな時間でこれ程までに成長する者など見た事がなく、更なる高みを目指してほしい、そんな思いから最後に自身の全力を見せようと、ディーノのリベンジブラストを上回る一撃で遥か後方へと払い退けた。
「ディーノ=エイシス。オレがこの世界で出会った最高の戦士よ。お前と出会い剣を交える事ができたこの時を嬉しく思う」
地面を転がりつつも立ち上がったディーノはユニオンを逆手に持ち替えて身構える。
「はあっ、はあっ……急になんだよ。まだまだオレはやれるぞ」
強がりは見せるものの、ディーノはすでに全身から血を流しており魔法出力も低下してきている。
多くの経験を積んだ事から傷を負ったとしても戦闘開始時よりも動きがよく、まだ戦えるのであれば限界まで挑みたい。
「この世界においては出力が低下しているができない事もないだろう。オレの本気を見せてやる……ふふっ。悪役みたいなセリフだな」
少し嬉しそうなクレートはこれまでも手加減しているようには見えなかったが、本気となれば今までの出力をさらに上回ってくる事だろう。
なんらかの魔法を発動するのか、それとも魔法とスキルの融合とも考えられなくもないが警戒を強める必要がある。
何より耐え切れるかすらわからないが。
クレートの背に掴まっていたシエンが叫び声をあげ、鞘元に展開されていた魔法陣が消失すると同じくして、翼の背後に巨大な魔法陣が新たに展開される。
爆発的に高められた魔力により装備の硬質な部分が光り輝き、クレートの全身から焔が吹き荒れる。
全ての魔人が敬愛する魔王の姿を思い返し、自身の最強とする姿をイメージをして魔力を錬成する。
この世界では火属性魔法を腕輪に嵌めた小さな魔核からしか発動する事はできないが、上級魔法陣によって火の魔力を引き上げる。
精霊剣に収まるは火の精霊サラマンダーであり、高められた火の魔力を喰らってクレートのイメージをその身に取り込み形取る。
紫色の巨大な火柱が一瞬噴き上がると、中に立つのは自身の最強の姿へと変貌したクレート。
頭からは複数の巨大で硬質なツノが生えており、装備までもが硬質で鎧装のような形状へと作り替えられている。
顔には黒い仮面が被せられ、その表情は怒りに満ちた凶悪そのもの。
モンスターではない……悪、この世の全てを滅ぼす厄災と思えるような禍々しい姿へと変貌を遂げていた。
悪役みたいなセリフを吐いたクレートは悪魔の如き形相をしているのだが、敬愛する優しき魔王の姿をイメージしたうえでの変身がこの姿である。
「見せてやろうって姿まで変わるのか……」
「精霊魔導師の最終形態である精霊化、そこに魔王様のお姿を連想するのは部下としての誇りだ」
「もうほとんど化け物だな」
「我々魔族が神と崇め心から敬愛し、全ての民を幸せに導く優しきお方が魔王様だ。化け物などでは……ない」
少し首を傾げてはっきりとは否定しないあたりは怪しいが、魔王という名の響きからは優しさは微塵も感じられない。
幸せであると洗脳する力を持っているのかは不明だが、その姿そのままに厄災と思える力と姿を持つのが魔王なのではないだろうか。
「ある意味何かしらの宗教の教祖様的な?」
「魔王様の教えは全てにおいて正しい。あのお方の歩む道が我々が辿る道でもある。その道の先で手に入れた魔王様の力の一端を今見せてやろう」
どうやらクレートを含めた魔族全てが魔王崇拝しているのがよくわかる。
宗教と疑われても当然の物言いだ。
クレートの背後に浮かんだ魔法陣がさらに輝きを増し、全身から放出する紫焔が膨れ上がる。
八十歩程も離れた距離があろうとも全身が焼かれる程の熱量があり、そう簡単に近づく事すらできない。
しかしこれはクレートが攻撃の為に放出する紫焔ではなく、自身の属性を相手に押し付ける為の能力だ。
これに挑むとすれば同等の出力の魔法を展開し続けながら接近する必要があり、すでに攻撃と思える程の出力となった紫焔はディーノの防壁では一瞬で破砕される事になるだろう。
または爆破によって紫焔を撒き散らした隙を突いて距離を詰めるか。
しかしこの紫焔は魔鋼製武器であれば相殺が可能であり、魔力を全開にまでチャージする事も可能だ。
精霊剣を鞘に納めたまま構えるクレートに対して、ディーノは威力を優先しようとライトニングも逆手に持ち替えてクレートの攻撃に備える。
体を傾かせたクレートが踏み込みから低空飛行で接近し、爆風により加速したディーノは向かって来る灼熱の焔をライトニングで薙ぎ払い、ユニオンで相殺しつつ双剣に魔力をチャージしてクレートとの距離を詰める。
本気を見せると言ったクレートがここで幻影を使用するはずがないだろうと、迷う事なく飛び込んだディーノ。
フルチャージされたライトニングによるリベンジヴォルトと、目に見えない程の速度で抜き放たれた白く輝きを増した紫焔剣がぶつかり合い、閃光と爆音を鳴り響かせてディーノを遥か後方へと弾き飛ばす。
地面に体を何度も打ち付けながら転がっていったディーノは立ち上がる事ができず、地に伏したまま動く事すらできない。
最大威力のリベンジヴォルトすらもものともしない出力は、魔法世界のクレートの強さを存分に見せつける形となった。
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