第183話 精霊召喚
地面に倒れたまま動けないディーノの体を起こし、腰に下げた袋から回復薬を取り出して飲ませてやるクレート。
意識を失ってはいないものの、そのあまりの威力に左腕は折れ内臓にもダメージがあったのだろう、大量の血を口から吐き出していた。
回復薬もうまく飲み込めずに一口目を吐き出してしまうも、効果が出始めると少しずつ飲み込む事ができた。
ダメージの大きさからへたをすれば死んでいたかもしれない一撃だったようだ。
多少時間はかかったものの上級回復薬を一本飲み干したところで、まだ会話をするには早いと思ったがクレートが少し思いついた事を提案してみる事にした。
「返事はしなくていいが少し話を聞いてくれ。今日オレとディーノが戦ってみたわけだがディーノの魔法とオレの精霊魔法では出力が全然違う事を理解したな?」
返事を返す必要はないが表情を見ているクレートに瞬きをして合図を示す。
「実のところオレの精霊魔法も元の世界に比べると半分程度の出力しか出せないんだが、おそらくはこの世界の魔法は魔核によって事象をスキルとして閉じ込めてあるようでな。オレのはほら、この腕輪の小さな魔核によって火属性の魔力に変換して精霊に渡してあるんだ」
精霊魔法は通常の魔力のみでも発動する事は可能だが、精霊の好む魔力は属性魔力に変換して渡した方が魔法出力は高くなる。
クレートの場合は小さな魔核であり、高額な腕輪だった事から色相竜の魔核である事は確かだが、小指の先ほどの薄い魔核となれば出力としては低い。
「ディーノの場合は魔力の放出量に見合うだけの魔核を使用しているだけに出力としては高いんだが、魔法に対するイメージ力が低い事から威力としてはそれ程でもないようだ」
出力が高くとも威力は低いとすれば無駄に魔力を消費しているともとれる言い方だ。
イメージ力を強化すれば今と同じ出力でも威力は高くなるという事だろう。
ディーノも話の内容に納得はするものの、やはり精霊魔法には敵わないと考えれば少し落胆する。
「そこで一つ提案してみようかと思ったんだが少しディーノの剣を見せてもらってもいいか?もしオレが思うような剣であればお前はもっと強くなれるからな」
強くなれると聞けば是非にとも剣を見てほしいディーノ。
無理をして動く右手でライトニングを持ち上げる。
クレートはライトニングを受け取り、魔力を流し込んでその性能を確かめる。
美しい剣であり、一時的にではあるが魔力を溜め込める性質も持ち合わせている。
「この世界にも魔剣が存在しようとはな。もう一振りも同じような性質の剣だな?ふむ。ではお前は精霊魔術師になるつもりは……当然あるだろうな。よし、体が癒え次第風雷の精霊魔術師にしてやろう」
ここにきてクレートから思い掛けない提案があがり、つい先程まで精霊魔導師であるクレートから嫌という程の実力差を見せつけられたのだ。
自分を倒した相手とはいえ、それに近い力が手に入れられるのなら願ってもない申し出である。
痛む体を起こしてもう一本上級回復薬を飲み干し、大きく息を吸って言葉を発しても大丈夫かを確認する。
念の為肺にダメージが無かったかを確認しただけだが。
「あ、あー、あー。声が枯れるけどそのうち治るかな。精霊魔術師?クレートと同じ精霊使いになれるって事か?」
「いや、オレは魔法陣も使うから精霊魔導師だ。ディーノの場合は精霊魔法を使える精霊魔術師になる。残念ながらオレは魔法陣を付与してやる事ができんからな」
クレートの魔法陣や精霊との契約、装備も全て魔王から与えられたものであり、精霊召喚だけは自身で行う必要があった事からやり方も召喚魔法陣も記憶として保存してある為、契約する条件さえ整えれば他の者でも実行可能だ。
しかし属性魔法陣に関しては記憶にあっても展開する為の魔道具が手元にない為不可能なのだ。
「あの出力上がるやつか。でも精霊魔法使えるとしたらオレはどれくらい強くなれるんだろな」
「単純に出力だけでも五割増しになる。精霊の持つ事象のイメージも加わればディーノの場合は二倍程度まで引き上げられるかもしれん」
「んー、最初からリベンジと同じ威力ってめちゃくちゃ強くなるんじゃないか?そんな凄いのをのオレに教えてくれんの?」
「せっかく魔剣を持っているんだ。精霊契約していない方が損だと思う」
この日戦う事になったとしても敵ではない。
自身と同じく高みを目指す者として、そしてやがて訪れるかもしれないという世界規模の竜害から多くの命を守る者として力を手にしてほしい。
平和を望む魔王の意志に添えばクレートにとっては当然の事なのだ。
「じゃあ、お言葉に甘えてお願いしようかな。オレはお返しに……黄竜の、あ、赤竜の魔核もあるけどやろうか?火属性の魔核でこれと同じくらいの大きさはある」
ユニオンの魔核を指差すディーノ。
それだけの大きさの魔核となれば、クレートの火属性魔法も元の世界にいた時に近い出力で錬成できるようになるだろう。
「いいのか?そのうち赤竜が現れたら倒しに行こうかと考えていたが、色相竜はなかなか現れるものでもなくてな」
「いいよやるやる。オレももらい物だし必要ないから」
思い掛けず赤竜の魔核を手に入れる事となったクレートも嬉しそうだ。
精霊剣の飾りとして埋め込んである宝石を外し、魔核を加工して大きさを調整すれば嵌め込む事もできるだろう。
紫色の宝石が赤い宝石に変わったとしてもそれ程違和感はないはずだ。
ディーノの体が癒えて動けるようになったところで、クレートの指示に従ってユニオンで魔力を放出しながら魔法陣を描くディーノ。
地面をガリガリと削るのはなかなかに難しくもあるが、精霊契約ができると考えれば楽しみで仕方がない。
二つの魔法陣が完成したところでクレートの詠唱に続いてディーノも召喚の呪文を詠唱する。
すると魔法陣から風の渦を巻いて顕現したのは風の精霊シルフ。
妖精のような姿をした人型の精霊で、背中から生えたキラキラと輝く羽が特徴的だ。
ディーノの周りを飛びながら召喚者の呼び掛けを待つ。
「名前をつけて魔力を与えろ。器となる剣を差し出せば契約ができるはずだ」
「え?名前?えっと……緑色の〜、み〜、み〜、みぃ……」
考えながら魔力を掌に集めたディーノ。
それを取り込んだシルフはユニオンを覗き込み、ディーノの顔を見上げてみーみー言っているのを名前だと勘違い。
契約条件が満たされてユニオンへと飛び込んだ。
「おいディーノ。そのみーみー言ってる間に契約が完了したぞ。おそらく名前はみーとかそんなのだ」
「は!?みーって名前になったのか!?」
ディーノが口にするとユニオンから飛び出してくるくると飛び回るシルフ。
肩に降りると嬉しそうに笑顔を向けてくる。
間違いなくみー、またはみぃという名前で契約されたようだ。
見た目は可愛らしいので似合わなくはないが、今後呼び出すときは少し恥ずかしい気持ちになりそうだ。
気を取り直して二つ目の魔法陣へと足を踏み入れ、クレートに続いてまた少し文言の違う呪文を詠唱するディーノ。
すると魔法陣が放電現象を起こすと同時に目の前に現れたのは小型犬のような精霊。
ディーノに一つ目を向けると座り込んで耳を後脚でかいかいし始めた。
黄色い放電現象は起こしているものの、どう見てもただの犬である。
「ディーノの場合は犬型か。マルドゥクも巨狼だしわからなくもない」
何がわからなくもないのかわからないが、いろいろなタイプがいるのが雷属性なのかもしれない。
「えっと、名前また考えてないや。黄色いしき〜、き〜、もうキィでいいか」
いい加減な名付け親である。
精霊契約するのがディーノである為問題はないのだが、将来子供ができた時の名前も適当につけそうで不安である。
のっそりと立ち上がったキィはディーノの魔力を取り込み、ライトニングをくんくんしてから飛び込んだ。
あっさりと、そしていい加減な名付けをして精霊契約は完了した。
精霊契約を済ませたディーノはまずは雷撃を試そうとライトニングを手に魔力を集中させる。
「キィ、身体能力の強化はわかるな?オレの体を強化してくれ」
すると尻尾をぱたぱたと振った精霊が飛び上がり、雷撃として少し離れた位置に落ちる。
ディーノの望む雷魔法ではなかったものの、自分が放った事のない中距離の雷撃である。
親和性が高くないとこちらの意思とは違う働きをするのも精霊の特徴のようだ。
「キィ、違う。こっちこっち。ほら、オレの体を強化するんだ。な?よし、魔力を受け取れ」
もう一度飛び上がって雷撃が地面に落ちた。
尻尾をフリフリと嬉しそうで何よりである。
「わかりにくいかもしれないな。よし、じゃあオレが走るのを速くしてくれればいい。いくぞ?ほら、魔力だ」
精霊に魔力を渡して走り出したディーノ。
全力で走り出したところ、後ろからもの凄い速度でディーノを追い抜いて行ったキィは、またも飛び上がって地面へと雷撃として落ちる。
難しい……
おそらくは動物型の精霊は理解に時間が掛かるのだろうと判断したディーノは、キィを出したまま好きに遊ばせておき、ユニオンを手にミィを呼び出した。
「よしミィ。オレは風魔法を爆破と防壁として利用する場合が多いんだ。だからとりあえずは防壁を張ってくれるか?」
わかりやすいようにディーノが魔法で防壁を展開し、解除してからミィに魔力を渡してみる。
するとミィが錬成した風の防壁が展開され、思い通りに精霊魔法が発動した事に喜ぶディーノ。
「よしよしよし。完璧だぞミィ。次は防壁を足場にしてオレは空を駆け回ったりするんだ。まずは見てろよ〜?」
ディーノは風の防壁を足場にして空へと駆け上がって見せる。
頭を縦にぶんぶんと振って理解を示すミィはなかなかに優秀な精霊ではないだろうか。
ミィに魔力を渡して合図を送り、ディーノが駆け出したところでミィの錬成した防壁が足場となって駆け上がる事に成功。
高く高く駆け上がって行くディーノはどこまで高度を上げて行くのだろうか。
ディーノの姿が小さくなった頃、地面でゴロゴロと転がるキィに気を取られたミィは、防壁の足場作りを突然やめた。
足場が当然あるものとして駆け上がっていたディーノも突然の踏み抜きにバランスを崩して落下。
地面ギリギリで自ら足場を展開して着地し、怪我をする事はなかったとしても思うようには精霊が働いてくれない事に落胆する。
「契約したばかりの精霊は子供のようなものだ。共に過ごすうちに思い通りに魔法を発動してくれるようになる」
「クレートも最初はこんな感じか?」
「シエンはオレがし……いや、オレが生まれた国の王女様にブレスを吐き出してな。機嫌を直してもらえるまで随分と掛かった」
遠い目をするクレートも苦労をしたのだろう。
王女にブレスを吐き出したとなれば大罪人として吊し上げられたのではないだろうか。
「まともに精霊魔法使えるまでどれくらい掛かるんだ?」
「毎日少しずつ慣らしていけば十日程でそこそこまともに魔法を使ってくれるようになる。怒るような事はせず地道に慣らした方がいいぞ。嫌われると契約は破棄される事もあるからな」
「ま、子供って事なら遊びに付き合ってやるのも親の務めだよな」
孤児院育ちのディーノは子供の扱いには慣れたもの。
言葉が通じないとはいえ精霊が子供のようなものであるならそれなりの付き合い方もあるというものだ。
気長に教えていった方が精霊との親和性も高くなりそうだ。
「なぁクレート。そのうちまたオレの相手してくれよ。もっと強くなっておくからさ」
「ああ。期待してる」
ディーノとクレートは固い握手を交わし、英雄と勇者の戦いは幕を下ろした。
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