第181話 複合技
クレートのスキルと思われる距離を詰める能力に苦戦していたディーノと、両腕が上がらず距離をとって戦っていたクレート。
左腕が動かせる事を確認したクレートは向かって来るディーノに対して再び地属性魔法による土壁を作り出し、ディーノはそれが完成する前に急加速によって回避。
一気にクレートとの距離を詰める。
互いの間合いへと迫ると同時にユニオンを振るうディーノではあったが、クレートとの距離があと一歩というところで死の直感が働き、斬撃ではなく防御へと動作を切り替えたところ、何もない空間からユニオンへと衝撃が、そしてディーノの腹部へと届いたのは熱を伝える鋭い刃の感触。
何が起こったかもわからず続くクレートの斬撃に防御から咄嗟に回避行動に移ったものの、腹部には火傷の激痛が走り、斬撃による感覚すらわからない。
追撃を避けようとさらに加速してクレートとの距離をとったディーノは、現状の把握と上級回復薬を装備に染み込ませながら空へと駆け上がる。
クレートは斬撃後の肩の痛みに顔を歪めて警戒を強め、ディーノが駆け上がるのを見送りつつ左肩に魔力を集中させて回復を促す。
超速回復といえども物理に加えて出力の高い魔法攻撃を受けてはさすがに回復も遅く、動かせる左腕でさえも精霊剣を振る事はできても思うように力が入らない。
ディーノに一撃食らわせはしたものの、力が入らず紫炎剣による魔法ダメージしか与える事はできなかった。
ディーノが回復の為に距離を取っている間にどれだけ左肩が回復するのかがこの戦闘の鍵となるだろう。
腹部に大きな火傷を負っていたが切り傷がなかった事を確認したディーノは、体力も消耗し始めた為下級回復薬も飲みながらクレートとの距離を確認する。
クレートは先程の接触位置から動いておらず、おそらくは傷の回復に集中しているのだろう。
できる事ならクレートの傷が癒える前に挑みたいところではあるが、ディーノも複数の火傷を負っている為装備が擦れるたびに激痛が走って戦うどころではない。
上級回復薬を服に染み込ませた事で密着状態を維持する事はできているものの、癒えるまではまだ少し掛かりそうだ。
その後、火傷痕はまだ残るものの痛みが引いてきたディーノはもう一度上級回復薬を装備に染み込ませてからクレートへと向かって駆け出した。
未だクレートのスキルについてはわかっていないが、先に考えた瞬間的な移動をする能力、または視覚と事象との時間差を生み出す能力とも考えられなくもないが、さすがにそれ程の能力ともなれば対処のしようがなくなってしまう。
いずれにせよスキルを断定するとすればもう少し手がかりがほしいところ。
多少のダメージは覚悟の上でスキルを解読する必要があるだろう。
また、クレートの魔法は色相竜に比べれば出力としては高くなく、リベンジヴォルトを全力で放ったとしても以前の黄竜戦でのリベンジブラスト程の威力はなかった。
しかし魔法世界の住人であるクレートの事だ、火力を落として魔力を他に回していた可能性もあり、実際のところはわからない。
やはり長く生きる竜種とはいえ戦闘経験で言えば人間よりも遥かに少なく、魔法威力が如何に高くとも攻撃は単純で防御も雑となれば倒すのも難しくはない。
今戦っているクレートはおそらくディーノよりも戦闘経験が多く、それも自分と同格かそれ以上の人間(魔人)を相手にする事が多かったのだろう。
虚を突く形で大ダメージを与える事には成功したが、ディーノの全力でさえクレートと渡り合うのが限界であり、対するクレートはまだ判明しないスキルだけでなく多彩な魔法を隠し持っていると考えられる。
この戦いに勝つ事が難しいとは考えつつも、自身の成長を信じてユニオンとライトニングを握り締める。
動きを止めていたクレートはディーノが向かって来る事に気付いてはいるものの、充分に引き付けてから対処しようとタイミングを見計らう。
左肩のダメージはある程度は癒えている事から力が入らないという事もないだろう。
真っ直ぐに向かって来るディーノは無策なまま飛び込んで来るはずはなく、先に見せた幻影を利用した技に対処しようと何らかの方法を取って来るはずだ。
それなら次の手を用意するまで。
ディーノとの距離があとわずかとなったところで動き出したクレートは、左手で持つ精霊剣に紫炎を纏わせて左逆袈裟に斬り上げる。
これに対してディーノはクレートの少し手前でユニオンを前方で振るうも空振りとなり、続くクレートの斬撃をライトニングで受け……る事ができずクレートの体ごとすり抜けた。
一瞬の出来事ではあるが自身の取った手が悪手である事に気付いたディーノは咄嗟に体に寄せたユニオンから爆破を放って前方に飛び上がる。
しかしこれら全てを予想していたクレートは飛び上がるディーノの頭上に作り出していた豪炎球を放ち、ライトニングによって魔力へと還元、チャージさせつつも地面へと撃ち落としたディーノが地面へと着地したところに一瞬で詰め寄り、左薙ぎに紫炎剣を振り抜く。
それをリベンジヴォルトで受け止めたディーノだったがその出力を上回る威力で薙ぎ払われた。
体勢が崩されていたとはいえ先の迫り合いではリベンジヴォルトの威力が優っていたにも関わらず、それすらも上回る出力となればクレートの魔法攻撃力は色相竜の放つ魔法と同等かそれ以上。
戦い方から考えればディーノが飛び上がったところを斬り伏せれば勝負はついていただろう、しかしそれをせずに豪炎球からの魔力チャージをさせた上でのリベンジヴォルトを上回る威力による圧倒。
完全に力の差を見せつけられた状態だ。
地面を転がり着地から右方向へと走り出したディーノは、実力さを理解しつつもクレートがまだ決着をつけるつもりはないのだろうと判断し、先の戦いについて思考を巡らせる。
まずは一瞬で距離を詰めるだけの能力がありながらも気が付けば元の位置に戻っている事、次にクレートとの距離がまだある状況での接触前に攻撃を受ける事、そして今起こったのは目の前に迫ったクレートの体をすり抜けてしまった事。
これらの事を考えれば瞬間的な移動ではなくやはり幻影と考えるのが最も可能性としては高い。
しかし幻影を見せられているとしてもクレート本体はどこに……
幻影によって距離や動作を撹乱しつつ、自身の姿を隠す能力。
過去の記憶を振り返れば一人それを実現する事が可能な属性剣を持つ人物、フィオレがいた。
光属性隠蔽魔法【ステルス】と幻影スキルとの複合技が今のこのクレートの特殊な能力と考えれば全てが辻褄が合う。
「厄介な能力を掛け合わせたな〜」
思わず口に出してしまう程にステルスは厄介な能力であり、隠れ潜んだフィオレから射られる矢は余程の注意を向けていなければ防ぐ事はできない。
また、幻影スキルとなればこれまで聞いた事はなかったが、誰でも鏡を見た自分から姿を投影する幻影くらいは考えた事もあるだろう。
幻影を見せられればどちらが本体かがわからなくなり、視覚から多くの情報を得る生物にとってはどちらも実体のように映る事から、判断が鈍り対応が遅れてしまう。
さらにはこの二つの複合技ともなれば幻影を見せられているのか本体のままなのかもわからず、姿を隠して幻影を先に、後にと行動させるだけで相手の意識を誤認させ、視覚と事象の時間差を生み出すと思わせるだけの能力にまで発展されている。
まともに戦っていては勝負は一瞬で決まる事になるが、速度に特化したディーノに限ってはクレートの読みを外す事ができさえすれば戦闘の継続も充分に可能。
そして距離を詰めて接近戦に持ち込む事ができれば、双剣のディーノであれば片手のクレート相手にも押し切れる可能性もある。
ここからは単純な特攻を避けて空間を広く取って挑むべきだろう。
ディーノのリベンジヴォルトさえも払い除けたクレートはというと。
地上から空へと駆け上がるディーノを見上げながらたった今確認できた白と黒の剣について考えを巡らせていた。
紫炎剣と接触した際にはクレートの炎が魔力へと還元されているだけであれば、何らかの魔法によって相殺されているのだろうとも考えられたが、その後に放たれる魔法出力は通常の倍とも思える威力で発動が可能である事から、クレートの魔力をも取り込んで自分の魔法として発動できるのだと最初の段階で予想を立てていた。
その後も続いた超威力の魔法攻撃から考えた対策案は、魔力を取り込ませた状態でのそれを上回る出力での攻撃だ。
最初の一撃さえ出力を落として取り込ませれば、魔力の還元よりも放出に力が働くのではないかと考えた為だ。
豪炎球もある程度の大きさを持たせはしたものの内包する魔力はそれほど高くなく、そこから魔力への還元とチャージを行った為、威力としてはクレートとしても想定内のもの。
それを上回る魔力量を持って紫炎剣を振るえばディーノごと薙ぎ払えるのも当然だろう。
おもしろい性能の剣ではあるが、魔法による事象を魔力に還元する能力を備えさせた魔剣と考えれば対処するのも難しい事ではない。
しかし魔剣であるならば……
クレートはディーノの様子をうかがいつつ、以前収めたデータを脳内処理しながら複数の資料を引き出した。
この戦いが終わり次第一つ提案をしてみよう、そう考えて精霊剣から紫炎を吹き荒らす。
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