第180話 英雄vs勇者

 キルデービルの南区で朝を迎え、召喚者達が作った朝食を摂ってからそれぞれ待機させていた馬車の元へと集まりだしたところ。


 朝食は昨夜残ったカレーがスープへとリメイクされ、海の具材が使われたライスボールと焼き魚というどこにでもありそうなメニューだったが、やはり異界の味付けが違うのかどれもが驚く程に美味しい料理だった。

 ライスボールは黒い海苔と呼ばれる薄い紙状の物に包まれており、甘辛く煮込まれた昆布に味付けされた魚卵、そしてツナマヨという謎の魚具材ではあったが、味、香り、食感全てが美味しいと感じさせるに充分な迫力を持っていた。

 焼き魚は一夜干しと呼ばれる干物を焼いた物で、少し匂いは強いが味が引き締まった魚はただの焼き魚にはない独特の旨味を引き出していた。

 センテナーリオでも普通に食べられる食材との事だが、生魚よりも少し高くつく一夜干しは料理店ではあまり提供されていないそうだ。

 カレースープは昨夜のシーフードカレー程の濃厚さはないものの、食欲そそる香辛料の香りは朝の緩んだ体を引き締めてくれる。

 そしてあっさりとした中に感じられる強い旨味はただシーフードカレーを水で薄めた物ではなく、何かしらの調理法でスープに作り替えられてある事から、これもまた一つの完成された料理だ。

 朝食には多過ぎるだろうと思われた量であったにも関わらず、気が付けば全てが無くなっていたのだから召喚者の料理が如何に美味しいのかがわかるというもの。

 食後の締めに出されたお茶にフルーツのジャムを入れたフレーバーティーでさえもまた美味しく、朝からもう動きたくない、怠惰な生活を送りたいと思える程に満足していた。


 しかしこの日はディーノとクレートが戦う日。

 互いの実力というよりは自身の実力の確認と言った方が正しいだろう、おそらくは自分の全力を出しても問題がない相手としてディーノはクレートを見ている。

 クレートの実力の程はわからないが、雰囲気から察するにザックやエンベルトにも匹敵する、いや、それ以上と考えてもおかしくないだけの凄みがある。

 ディーノの予想が正しければ格上の相手がクレートなのだ。




 帰りの身支度を整えて出発の準備ができたところで、ディーノとクレートは街から離れた位置で向かい合う。


「悪いけど全力で、殺すつもりでやらせてもらう」


 ディーノはギフトを発動して右手にユニオンを、左手にライトニングを逆手に構えて魔力を全身に張り巡らせる。

 雷属性魔法による身体能力強化は、体から放電現象を起こす程の出力でクレートと相対する。


「喜べシエン。久しぶりに楽しい戦いになりそうだ」


 クレートの肩に掴まるよう顕現された火蜥蜴が、鞘の付け根に展開された紫色に輝く魔法陣によって巨大な炎の化身へと姿を変貌させる。

 そして巨大な翼を広げたクレートの姿は紫炎の小竜といった様相だ。

 精霊剣を右下方に構えてディーノの攻撃に備える。


 先手を譲るつもりだろうと判断したディーノは爆破を放ってライトニングによる最速の斬撃をクレートに振るう。

 クレートは予想を遥かに上回るディーノの速度に驚きつつも、戦闘勘から虚をつくつもりで一歩前に踏み込みながら左腕を斬り上げようと斬撃を振るい、咄嗟に肘を曲げる事で腕ではなくライトニングで受けたディーノ。

 上方に回転するように跳躍して回避し、クレートの真上で風の防壁を蹴ったディーノは頭上から爆破を込めたユニオンを振り下ろす。

 これをあっさりと体を捻る事で回避したクレートは、ディーノが地面に着地する直前に全身から豪炎を放って牽制し、爆破によって相殺しつつも追撃を避けようと後方へと緊急離脱。

 クレートが振り抜いた背後回し蹴りをギリギリで回避した。

 ディーノが後方へと退避すればクレートが攻勢を奪おうと後を追い、着地したディーノが左方に駆け出したところに前方へとシエンによる豪炎弾のブレスを放つ。

 このまま背を向けては背後を狙われると判断したディーノは、あえて向かってくるクレート側へと進路を変え、狙い先が詰まったクレートと斬撃を斬り結ぶ。

 もちろんただ斬り結ぶつもりはなく全出力の雷撃を叩き込んだのだが、そこは魔法世界の住人であるクレートは紫炎剣で相殺し、魔鋼による魔力への還元能力があろうと構わずこれを防ぎきる。

 しかしディーノはさらにユニオンによる爆破を振るい、クレートは出力を高めた紫炎剣で防いだものの、魔鋼製武器の特徴を知らないクレートは次の一撃に驚く事になる。

 リベンジヴォルトとして放たれた一撃はクレートの魔力をも上乗せされた超威力の一撃であり、雷鳴を轟かせて打ち込まれた一撃はクレートの紫炎剣をも上回って遥か後方へと弾き飛ばした。

 地面を跳ねるようにして転がっていくクレートは展開された魔法陣により魔法出力を高め、雷撃による痺れや麻痺を相殺して地面を蹴って空へと舞い上がる。

 ディーノも追撃を振るおうとクレートを追っており、風の防壁を踏み込みながら空へと駆け上がっていく。


 身を翻したクレートは下方から向かってくるディーノに超重の紫炎剣を振り下ろし、まだ多少残るクレートの魔力を含んだリベンジブラストによって受けるも、出力が足りずに地面に向かって降下。

 クレートから地面に叩きつけられそうになるも、ライトニングによる斬撃を繰り出す事で急停止させる事に成功。

 ディーノは地面に着地すると再び移動を開始して空へと駆け上がる。


 爆破を繰り返しながら加速していくディーノはおそらく戦闘中のクレートの飛行速度よりも速い。

 クレートが如何に飛行性能の高い翼を使用しているといえども、あくまで飛行である事から翼が必要であり風の力を利用する為苦手な部分は必ずある。

 それに対して空を縦横無尽に駆け回れるディーノは空中戦において不利になる要素が一切ない。

 この事から空中戦ではディーノが有利であるはずだが、高い魔力を有するクレートは地上戦であろうと空中戦であろうと不利であるとは感じていない。

 これまでさまざまな強者を見てきたクレートとしては、ディーノは速度に特化するタイプの強者であり、魔法出力の高い強者、肉体性能の高い強者、奇なる能力を持つ強者ではない為だ。

 クレート自身は魔法出力の高い者という認識であるが、この世界に来て手に入れたスキルは奇なる能力であり、色相竜には通用しなかったもののディーノに使用した場合にはどうなるのか試してみたい。


 空を駆けるディーノを追って最短距離で迫るクレート。

 しかしディーノの速度はそう簡単に接近を許すものではなく、直線加速するクレートとは違い多角的な回避も可能である。

 充分に魔力を巡らせた事を確認し、速度とクレートとの距離を調整しつつ、斜め後方から接敵する瞬間を狙って防壁を踏み上がる事でクレートの頭上を取り、降下からのユニオンによる斬撃を振り下ろす。

 これに反応したのはシエンであり、真上に頭を向けると同時に豪炎のブレスを吐き出した。

 しかしそれはディーノの狙い通り、ユニオンとライトニングを交差させる形でブレスを魔鋼の魔力還元能力を利用して、相殺と同時に魔力をチャージ。

 重力魔法による下降回避に移ろうとするクレート目掛けて、超威力の爆破加速でその背後からライトニングを振り下ろす。

 落雷の如き一撃が襲い掛かり、重力による落下加速でも間に合わないと判断したクレートは咄嗟に身を翻してその斬撃を受ける。

 しかしその威力は尋常なものではなく、紫炎剣の出力を持ってしても受け切れずにクレートは地面へと叩きつけられた。

 シエンの背中の炎を最大噴射する事で衝撃を和らげるも、地面がひび割れる程の衝撃ともなればクレートといえどもただでは済まない。

 地属性魔法による肉体強化のできないクレートは自身の身体能力のみで耐える必要があり、如何に魔人の血を引く人魔種とはいえ耐え切れる一撃ではなかった。

 精霊剣ごと押し除けられ、ライトニングが右肩に食い込む程の一撃ともなれば通常の人間では致命傷となった事だろう。

 しかしクレートは頭や背中、肩から腹部にかけて血が噴き出し、内臓にもダメージがあったであろう大量の血を吐き出しつつも、自分の攻撃の反動に顔を歪めたディーノの腹部を左足で蹴り上げ、体を浮かせたところでさらに遠くへと蹴り飛ばす。


 距離が開いた事で地面に埋まった体を起こし、全身に魔力を張り巡らせる事で超速回復を促すクレート。

 ディーノは口に溜まった血を吐き捨てると上級回復薬を飲み干し、上がらない左腕の回復を待ちつつもクレートの傷が少しずつ癒えていくのを確認。

 このままでは自身の腕が回復するよりも早くクレートのダメージが癒えてしまうと判断したディーノは、ライトニングを鞘に収めてユニオンを握りしめ、爆風を放ってクレートへと迫る。

 さすがにクレートといえども右肩にはライトニングが、左肩には自身の精霊剣が食い込んだとあってはすぐに斬撃は振るえない。

 地面を踏み込んでディーノの前方に土の壁を錬成し、行手を阻みつつ次なる手を用意する。


 ディーノは土の壁を避けてクレートへと向かおうとしたところ、一瞬にして目の前に現れたクレートから斬撃が振り下ろされ、咄嗟に爆破を放って左へと回避。

 しかしその判断が悪手となる。

 クレートの十烈炎弾がディーノへと降り注ぎ、一発を相殺するも放たれた炎の弾丸は多方向から同時に着弾する為、九発もの炎弾が直撃。

 燃え上がる瞬間にリベンジブラストを放つ事によって緊急回避に成功したものの、直撃した部分は火傷となり、全身に激痛が走る。

 だがここで動きを止めれば魔法の的になってしまうと、再びクレートに向かって駆け出した。

 しかし斬撃を振り下ろした位置にクレートはおらず、ディーノから離れた位置、それもひび割れた地面の位置にいる。

 何かあるだろうと考えたディーノはクレートから目を逸らさないよう注意しつつ、目の前に再び土の壁が現れようとしたところを跳躍して回避。

 爆破加速で一気に距離を詰めようと防壁を踏み込むと、一瞬で目の前に現れたクレートに驚き動きを止めてしまう。

 再び放たれた十烈炎弾の一発を相殺すると同時にリベンジブラストを叩き込み、直撃する前に右下方に抜けたディーノは回り込むようにしてクレートへと駆け出した。

 たった一度見た技とはいえ、これまでの経験から瞬時に対策を打ち立てたディーノの戦闘勘は相当なもの。

 回復を待つクレートとしてもこれ程の相手に持久戦を強いては戦士としての誇りに傷がつくとばかりに、まだ上がらない右腕は後回しにして多少は動かせる左腕のみでディーノと相対する。


 クレートから目を離したつもりがないにも関わらず、一瞬で距離を詰められた事から瞬間的な移動、または一時的な接敵するスキルを疑うも、やはり気が付けば元の位置に立っている事を考えるとどちらも当てはまらない。

 認識阻害などのスキルとも考えられなくもないが、もしこちらの脳に直接働きかけるスキルだった場合には防ぎようがない為できれば違う事を祈るのみ。

 何にせよ一瞬で距離を詰める何かしらのスキルであり、ディーノはそれ以上の速度と思考を持って相手にする必要がある。

 両腕がまともに使えない今であるからこそ距離を取ろうと魔法に頼った戦いであり、これまで見た豪炎弾と十烈炎弾は判断さえ遅れなければ対処もできなくはない。


 互いに片腕がまともに動かない状態ではあるものの、この戦いに決着をつけるべく魔力を張り巡らせて向かい合う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る