第174話 国王の訪問

 色相竜討伐から七日が過ぎ、どうやらこの日の夕方に国王と王妃がお忍びでブラーガ家を訪問するようだ。

 ここしばらく家の周囲が綺麗に整備され始めたのはデニスが何かしらの手配をした為だろう。

 貧民街への入り口でもあるはずが、隣家の穴の空いた壁は補修され、色を白く塗り直されて明るい雰囲気に変貌している。

 荒れた石畳も補修されていて貧民街でも歩きやすくなっており、数日前はボロ布を着た者達が歩き回っていたはずが、今ではまともな服を着た者達が貧民街を徘徊している。

 どうやら服の配給と一日一度ではあるが貧民街で炊き出しが行われているらしい。

 国王と王妃が訪れるまでの期間だとは思われるが、パッと見ただけでは貧民街とはわからなくなっている。

 また、ブラーガ家の室内にも手を加えられており、床材は新しく張り替えられ、炊事場は料理店さながらの立派な物に交換。

 壁や天井は白く塗り直されてテーブルや椅子も上質な物に新調し、小さな料理店のように作り直されていた。

 風呂場はクレートのこだわりもあって自然を感じられる作りとなっている事から手を加える必要はなかった。

 やや手狭ではあるが問題はないだろう。

 ここまで手を加えてはお忍びでの訪問も何もあったものではないと思うが。




 夕方デニスと共にやって来た国王と王妃、世話係の女性二人は、普段とは全く違う一般人が着るようなローブを着てブラーガ家の扉をノックする。

 デニスから国王が来る事を先に知らされていた為準備は万端であり、王妃に顔を覚えられているニルデが家の中へと招き入れた。

 今食事をするのはこの四人であり、毒味役は率先してデニスがするそうだ。

 スパイスの効いた食欲を誘う香りだけでも期待ができる。


「いらっしゃいませ。国王様、王妃様。本日の料理を作らせていただきましたジーナ=ブラーガです。まだまだ未熟者ですが今作れる最高のものをお出ししますのでお召し上がり下さい」


 ジーナが挨拶を済ませると他の四人が料理を運び、テーブルに大きな皿とサラダが置かれた。


「ふむ。ライスに茶色いスープがかかっておるが。あとこれは……肉か?」


「庶民の味で申し訳ないが魔王様もお好きな料理でな。ジーナと改良に改良を重ねた自信作だ」


「はい、カツカレーです!少し辛いのでお気をつけ下さい!」


「毒味も大丈夫です。おかわりが欲しいくらい」


「ダメでーす」


 毒味が問題ないのであれば早速と、国王はカレー部分を掬って口に運ぶ。

 スパイスの効いた刺激と塩味に野菜から溶け出したであろう甘味、奥深い旨味が口いっぱいに広がる。

 しかしこれ単体では塩味が強すぎると、ライスと共にカレーを口に運べば、ちょうどいい塩加減にこの辛味がまた美味い。

 そしてカラッと揚げられたカツにもカレーがかかっており、濃厚な肉の旨味とカレーが調和してさらに深い味わいを生み出している。

 ではカツとカレーとライスでは……

 唾を飲み込んだ国王はカツカレーライスとして口を大きく開いて咀嚼すると、そこには絶妙なバランスで構成された奇跡の味が待っていた。

 多くの強い味が混ざり合う料理であるはずが、ライスから甘味を感じるとは不思議な料理である。


「これは美味いな。この味を再現するのにどれだけの手間がかけられた事か」


「サラダも美味しいですわ。濃厚なのに爽やかで野菜の甘味が強く感じますもの」


 世話係としてついて来た二人も国王と王妃が早く食えと急かすと、口に運んでその味に表情を綻ばせる。

 サラダのドレッシングも最初こそクレートが持って来た異世界の調味料を使用していたが、今出したのはこの王都で集めた材料で作った特製調味料で味付けしている。

 少し磯の香りを効かせたセンテナーリオならではの味となるだろう。


 普段なら絶対にする事のない国王が、カツカレーのおかわりを要求する。

 サラダを食べておかわりが盛られるのを待ち、サラダの味にも満足そうに頷いていた。

 しかしカツカレーは最初の半分の量を盛り付けられており、「デザートとお土産もありますから」と言うとそれも楽しみだとまたカツカレーを咀嚼する。

 世話係も料理にこれ程興味を持つ国王を見るのは初めてだが、これ程美味いカツカレーやサラダであれば素直に頷ける。

 最後に水を飲んで口をリセットしたところ、この水さえも果実が少し搾られているのか爽やかな飲み口だ。


 デザートにはクリームやフルーツで飾られたプリンアラモードが出された。

 国王はそれ程甘い物を食べる事はないと聞くが、マドレーヌは気に入っていたという事から美味くて甘い物は好きなのだろう。

 ただ甘いだけではダメなのだ。

 少し小さなスプーンで一掬いすると口に含んで破顔する。

 国王らしからぬ表情に世話役も少し戸惑うも、王妃と共にプリンを口にしてその気持ちを理解する。

 美味すぎる!

 生クリームと一緒に食べても美味く、フルーツと生クリームを食べてもまた美味い。

 それら三種を同時に口に含んでは一つ味が多いなと感じるがやはり美味い。

 デザートのおかわりは用意していないが、さすがにこれだけ食べれば腹も膨れて満足するだろう。


「ふう。満足だ。こんな幸せな気分になる事などそうはないな。ジーナよ、馳走になった。実に美味い料理だったぞ」


「お気に召していただけたようで良かったです」


「ニルデもとても美味しかったわ。今後も楽しみにしてるわね」


「お土産にプリンを用意してますよ。保冷箱に入れてますので……あ、デニス様に運んでもらいましょう!」


 世話役は国王と王妃の着替えなどを持っている為保冷箱まで持つ事はできない。

 さすがに国王と王妃に荷物を持たせるわけにはいかない為、同行するデニスに預けるのが最も良いだろう。


「あの、ヴィル様。私共にも、そのぉ……」


 世話役もやはり美味い菓子やプリンなどが欲しいのだろう。

 ここ七日間毎日嬉しそうにお菓子を食べるヴィルジーニアを羨ましく思っていたようだ。


「貴女方にはいつも世話になっているものね。ニルデ、この二人の分も作っていただけるかしら」


「はい。多めに作って持って行きます」


 もともと王妃と国王の分も渡してあったが、量がただ倍になるだけならまだまだ作るのに余裕はある。

 すでに料理店並みの設備が揃っている状況で、試作品とマドレーヌを日数分作るだけならニルデにとってそれ程手間ではない。


「カレーを鍋ごと運ぶのは……さすがに今夜の料理がなくなるか。惜しいが諦めよう」


「国王様?私からもお土産もありますよ?」


「む?カツカレーのお土産か?」


「いえ、カレーパンを十個程用意してあります。冷やしてありますが少し温めてから食べると美味しく食べられますので」


「カレーパン。これも楽しみだ。是非いただくとしよう」


 どうやら国王はカレーを随分と気に入ったらしい。

 さすがに鍋ごと持って行かれてはまた鍋を買ってくる必要もあり、また今夜の料理も作る必要も出てくる為諦めてほしいところ。


 国王と王妃に料理を振る舞う事には大成功と言っていいだろう。




 次にクレート自慢の風呂だ。

 三人ずつしか入れない風呂だが、先に世話係に石鹸とシャンプー、コンディショナーの説明をしてから国王が世話係と風呂に入る。

 温度管理は外からもできる為、ぬるいようなら温度を上げるまでだ。


 世話係が国王の体と頭を洗い、シャワーを浴びて湯船に浸かる。

 そして世話係も自身を洗って湯船に浸かっているようだが、召喚者達は国王と女性である世話係が一緒に入る事に戸惑いを隠せない。

「え?え?いいんですか?」と王妃に問うも、王宮では当たり前の事らしく王妃は首を傾げていた。


「良い湯であった。クレートの自慢の風呂と言うだけはあるな。それと石鹸と申したか。この体の肌触り、全身が清まる思いよ」


 風呂にも満足してもらえたようで何よりである。

 国王が風呂をあがったところで一度セストとピーナで風呂場を流し、泡の残りなどがない事を確認してから王妃ともう一人の世話係が風呂に入る。


 国王の風呂上がりの水分補給に複数の果実を搾って味を整えたカクテルを出し、世話係には酒はどうかと思い冷たいお茶を出す。

 いつもオヤツにと焼いてあるクッキーと魚貝の干物を出せばツマミにちょうどいいだろう。

 その間に風魔法と精霊魔法による熱を利用して国王の髪と世話係の髪をブローするクレート。

 何でもできるクレートは子供達の自慢の父である。

 世話係は頬を赤らめる程に自分の髪の変化に驚いており、クレートを潤んだ瞳で見つめていた。


 しばらくして風呂から上がってきた王妃はというと。


「このシャンプーとコンディショナー?を作ったのはどなたですの!?」


「はい。俺、僕ですが。クレートさんから習ったのを今は僕が調合して作ってます」


 家の掃除や雑務をいつもこなしてくれるセストには、洗い物用にいいだろうと洗剤や石鹸などの作り方を教えてある。

 そこに独自のアレンジを加えて華やかな香りのシャンプーやコンディショナーを作ったセストはなかなかにセンスがいい。

 シャンプーで汚れを落としつつ匂いのベースを残し、コンディショナーで甘く艶やかな髪を演出する。

 あえて石鹸には匂い付けをしていないあたりは匂いの混ざりをなくす為だろう。


「わたくしにも作ってくださらない?こんなに滑らかな肌、そして指通りがよく華やかな香りのする髪は生まれて初めてですわ」


「作るのは構いませんが王妃様の好みを把握したいです。少しお話しさせていただいてもよろしいですか?」


「わたくしの好みに作ってくださるんですの?是非!」


 興奮気味の王妃はもしかすると新しいものが大好きなのかもしれない。

 とはいえ女性が甘い物が好きな事も綺麗になろうと日々努力している事もよく知るクレートとしては、子供達に好感を持ってくれるのならそれでいい。


「王妃も座ってくれ。髪を乾かすのでな」


 またもブロー魔法で王妃と世話係の髪を乾かすクレート。

 風がまるで指を通すかのように頭皮を吹き抜け、温風が水分を奪い乾燥させていく。

 長いストレートヘアの王妃はツヤサラヘアに、やや癖毛でセミショートの世話係はふんわりエアリーヘアに仕上げてみた。

 この髪の指通りの良さに二人は感激し、セストとの好みの話も盛り上がる。

 花や果実の香りをある程度は再現できるとなれば匂いが強い香油よりもずっと良い。

 髪も重さが出てしまいこのサラサラとした触感も得られないとなれば、香りを残すこのシャンプーとコンディショナーは貴族界に革命をもたらす代物と言えるだろう。




 食事と風呂を楽しんだ国王と王妃、世話係二人は満面の笑みでブラーガ家を後にする。

 デニスは保冷箱を運ぶ為付き添いはするものの、王宮に送り届ければまたすぐに戻ってくるはずだ。

 荷物を持たせてはいけないと思った王妃だが、紙袋に入れた作り置きの石鹸とシャンプー、コンディショナーを抱えて帰って行く。


 国王と王妃がやって来るという一大イベントを終え平穏な日々を過ごしていくのだが……


 十日後にはまたやって来た。

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