第175話 王家との関係

 クレート=ブラーガがセンテナーリオ精霊国に召喚されてから八十日もの月日が過ぎた頃。

 この日もまたお忍びでブラーガ家へとやって来た国王と王妃は、あれから十日に一度はブラーガ家へとやって来て食事と風呂を楽しんで帰って行くという、召喚勇者と王族との関係というよりは友人としての関係ができあがっていた。

 ここ最近では国王が家で酒も呑むようになっており、到着すると先に風呂に入ってから食事をするという流れになっている。


 最初の頃こそセンテナーリオという国を良く思っていなかったクレートではあるが、毎度のように家を訪れては世間話や元の世界の話を聞かせたり、センテナーリオの少し政治的な話や国王の愚痴などを聞いていれば親しみや情も湧いてくるというもの。

 国王も王妃も召喚者である子供達にも良くしてくれており、さまざまな施設の見学に使いの者を出してくれるだけでなく、王宮お抱えの料理人による調理講義や、文官による語学や歴史、計算などの教育者も手配してくれている。

 忙しい二人が直接何かをしてくれるのではなくとも、子供達の為に気を利かせて周りの者を手配してくれるだけでもありがたい。


 また、召喚者が属性魔法の全てを扱えるようにと加工された竜種の魔核を散りばめた腕輪を他国に特注し、クレート含めて六人分を仕入れてくれたそうだ。

 もともと召喚スキル史上のセンテナーリオでは属性武器などは扱っておらず、他国から仕入れる必要があった事もあり、召喚者が魔法を使えない時点で色相竜に挑ませるべきではないと判断したとの事。

 仕入れるにもこれまで関わる事のなかった隣国にわざわざ使者を送り、海産物の輸出などの交易を条件に魔法の腕輪を作ってもらったそうだ。

 おかげで威力こそ高くはないが召喚者全員が火、水、風、地の四属性魔法が扱える事となり、モンスターと戦う程の力はないとしても元の世界と同じように魔法を日常のものとして使用する事ができている。

 ついでにクレートが倒した青竜の魔核を組み込んだ属性武器を注文しており、剣やダガーなどの違いはあるものの子供達の護身用武器として装備させる予定だ。

 属性剣も特注品となる為高額な商品となるのだが、全員分を注文したとしても色相竜の報酬で充分に支払える為問題はない。

 ただこのままではクレートだけが氷の魔法を使えない事になってしまう為、センテナーリオの鍛冶屋で魔法の腕輪から風の魔核を外してもらい、代わりに同じ形に加工した青竜の魔核を組み込んだ。

 風魔法に関しては召喚当初から問題なく使用できる為必要がないらしい。

 また、地属性魔法に関しては元の世界と今の世界とでは用途が違うらしく、元の世界では肉体の強化にも使用していたのだが、この世界ではそれができないようだ。

 地属性魔法も使用できる為地の魔核も必要ないが、今後また新たな属性が手に入るようなら交換すればいいだろう。


 そして風呂あがりのブロー魔法も済ませ、今日も異世界料理を口に運ぶ国王と王妃、世話係二人はというと。


「このてんぷらもまた格別の味だな。カツカレーに勝るとも劣らぬ美味さよ」


「本当は天丼にする予定だったんだがな。料理人から上流階級の者にはライスと別々に出すべきだと聞いて天ぷらとして出させてもらった。丼ものは早くて美味いがやはり庶民の料理だからな」


「天どん?それはこの天ぷらとはまた違うのか?」


「具材は同じだが甘塩っぱいタレを絡めた天ぷらをライスに乗せた料理だ。天つゆとはまた違った美味さではあるな」


「甘みがありますの?わたくしそちらも食べてみたいですわ」


 ブラーガ家で出される料理にはどれも興味がある王族二人は丼物であろうと気にする事はないだろう。

 王宮から派遣してもらった料理人からは格式だの原則だのといろいろと厳しく説明を受けた為、ここしばらくオカズと主食という形で料理を出していたのだが。


「そう仰ると思いご用意しております。ハーフサイズですがよろしければどうぞ」


 これを予想していたジーナが国王と王妃にミニ天丼を出し、声をあげなくとも物欲しそうな表情をした世話係二人にも出しておく。

 ニルデのお菓子を王妃からもらっている事から、ブラーガ家での料理まで要求する事は躊躇われたのだろう。

 ミニ天丼を受け取ると、頬を赤らめながら嬉しそうに礼を言う。

 ここ最近では毒味もさせずに料理を口に運ぶ国王もどうかとも思うが、世話係さえも国王と王妃が口にするのを待って食事を始める為、この四人は王宮内よりも警戒していない事になる。

 王族としてではなく友人として訪れている為かはわからないが、この毒味の一つだけでもクレートとしては嬉しくもあり、ブラーガ家への信頼を感じさせるに充分な効力を持つ。


「これもまた美味そうな……おお!塩味に負けぬ甘味ではあるがライスと合う合う!」


「この甘い香りが食欲をそそりますわね。味も……塩味を包み込む甘さと香ばしさ。食材のぷりぷりとした食感も楽しめて……素晴らしいお味ですわ……」


「天ぷらのさくさくとした食感にしみ込む天つゆもあっさりとしていて美味しかったですが、天丼のタレはまた別の料理であるかのような深い味……」


「もうタレだけでライスが食べれますっ!」


「では具をください」


「いやっ!やめてっ!私のエビ天ちゃん!」


 世話係の二人も満足そうで何よりだ。

 やはり丼物は庶民だろうと王族であろうと奪い合ってでも食したい狂気の料理と言える。


「言い過ぎじゃない!?」


「でもあの二人は必死だぞ」


 どうやら世話係のやり取りを見ていたクレートの独り言が漏れていたようだ。

 奪おうとする者と奪われまいと抵抗する者とで食卓が戦場と化しているのだから仕方がない。

 国王と王妃は自分の天丼に夢中で世話係の争いなど興味がなさそうだ。

 天丼を食べ終えると天ぷらを天つゆにつけてはパクり。

 そしてテーブル中央に置かれた香り塩をつけてはパクりと口に運び、天ぷらの魅せるさまざまな味に頬を緩ませる。

 そして国王はクレートが厳選してきた酒を口に含み、天ぷらの塩味と酒の辛さが生み出す大人の楽しみにこれでもかといういい笑顔を見せている。

 王妃には爽やかな味の酒を用意してあり、キンキンに冷やされた酒が天ぷらの油を抑える事で気持ちのいい酒が楽しめているようだ。

 仕事中である世話係には酒を提供する事はできないが、アイスの天ぷらでも出しておけば満足してくれるだろう。


「それは何ですの?……え?あいすの天ぷら?アイス!アイスクリームの天ぷらですの!?わたくしにもお願いします!」


 結局王妃にも振る舞う事になったが。

 そしてこの日のデザートはティーフロートでお土産はアイスクリームである。


 天ぷら料理にも満足してもらえたようでこの日の接待も大成功のようだ。


 石鹸やシャンプーなどの風呂用品は二十日に一度、匂い違いのものを三組用意しているが、前回渡している為この日の納品はない。

 しかしここ最近では社交界などで王妃の髪の美しさが注目を集めており、貴族間ではどのような手入れをすればあの髪が手に入るのかと話題となっているらしい。

 髪を飾り立てるのが習慣となっている社交界の中、飾り一つなくとも光り輝く程に艶めく髪は貴族達の注目を集めるのに充分な効果を持つとの事。

 セストの作るシャンプーやコンディショナーを広めて商品化するのもいいが、今しばらくは優越感に浸りたいと王家と世話係の二人だけで使用しているそうだ。




 食事も終えてティーフロートを王妃達が楽しむ中、国王はまだ酒を呑みながらクレートが喜びそうな土産話を始めた。


「今日も美味い料理に満足だがクレートよ。其方には朗報があるぞ。ここからは少し距離があるが湯の湧く川が見つかった」


「なに!?本当か!?」


「うむ。モンスターの多い場所ではあるが其方なら問題はあるまい。王都から馬車で一日程は掛かるが山から流れる小川に魚がおらんという場所があってな。そこを調査した者の話ではあるが川の水が何やら温かいという。その川の水は冬でも雪は積もらず凍りもしない。そして雪解けの季節でさえも温かいという事は……」


「温泉だ!上流に行けば熱い湯が湧いている可能性がある!」


 普段冷静なクレートも珍しく興奮気味で国王の話に食いついた。

 ここしばらくモンスター討伐に行く以外は何でもないような生活を送っていたものの、風呂好きなクレートは温泉となれば気持ちは高揚する。


「そこが温泉になるかはわからんが調査するのもいいだろう。子供達の方はデニスに任せて行って来るといい」


「国王様のご命令とあらば喜んでお受け致しましょう。クレートは安心して調査に向かってくれ」


「デニスは妙な気を起こすなよ。セスト。しっかり見張っておいてくれ」


「任せて下さい」


「おいこら、信用しろよお前ら。そもそも魔法を使えるようになったこの子らを相手に下手な真似はできん」


 デニスと一対一で臨むとすればまた別の話かもしれないが、自分の意思でいつでも魔法を発動できる召喚者達は、多くの戦いを経験してきたデニスといえどもそう簡単に押さえ込む事はできない。

 仮にデニスがいなくともある程度の防衛ができる能力を持った今、クレートとしてもそれ程心配はしていないのだが。


「冗談はさておき、実のところ王都からは近々離れようと考えていてな。ここ王都にはオレを引き込もうと考える輩が多くてかなわん。召喚勇者として国に奉仕しろだの配下となって自分に仕えろだのと煩わしくて……ところであの男はどうなった?オレを敵に回した男は」


「あの者は爵位を剥奪し国に反逆の意思ある者として牢獄に入れてある。気の良い男と思っておったがまさか其方を使って王位を奪おうなどと考えるとはな」


 今から三十日程前の話だ。

 国王が訪問した翌日に訪れたこの国の侯爵を名乗る男が、クレートに接触して配下になるよう指示してきた。

 当然のごとく断ったクレートに、側近か護衛かはわからないが周囲の男達から武器を突き付けられるもあっさりと撃退。

 しっかりと脅してその場は見逃してやったのだが。

 それから十日程経ってその存在を忘れていた頃に風呂の水張りをしていたピーナが誘拐され、配下になるか王族を抹殺するよう要求する置き手紙が残されていた。

 怒りに震えるクレートはその男の邸を襲撃し、ピーナを人質に脅されるも、姿を消したシエンの精霊魔法で両手を炙りピーナを奪還。

 クレートを包囲する者達を皆殺しにしようかとも考えたものの、ピーナが見ている前で人殺しはすべきではないと各種魔法を行使してその全てを制圧した。

 子供達が巻き込まれたのはこの一件だけだが、今もまだクレートを引き込もうと考えている者は多くいる。

 国の為に、国王の為にと考えて勧誘する者もいるかもしれないが、部下ではなく友としての関係を築いている今この関係を崩したくはない。

 国王も色相竜討伐後には貴族達を集めてクレートを召喚勇者として扱わない事や、国に仕える者ではなく客人である事をきつく厳命しているのだが、やはり国王からの支持を得たい貴族はこのクレートという戦力を国に引き込もうと考えてしまうのだろう。


「馬車で一日程度の距離であればオレなら一時間とかからず辿り着けるだろうし、もし温泉があるようならそこを開拓して家を建てるのも悪くない」


「クレートさん、俺達は!?」


 焦ったセストが声をあげるも、まだ温泉があるかもしれないという情報を得ただけである。


「もし家を建てるとしてもまだ先の話だ。毎日ここに帰って来るしお前達を放っておくつもりはない。ここが我が家で別荘を作りに行くとでも思ってくれればいい」


「よかった〜。でもクレパパがそっちに住むって言うなら私も一緒に住むからね!」


「俺も!クレパパと一緒の方が楽しいしな!」


「ピーナも!」


「もちろん私もだけどその場合は国王様の訪問はどうするの?」


 誰もがクレートと共に暮らすつもりであり、もし新たな家に住むとすればそこがモンスター蔓延る山の中であろうとついて行く覚悟もある。

 しかし国王夫妻とのこの関係も続けたいジーナとしてはその先の話を放ってはおけない。


「まだ何も決まってないんだが。しかしオレも国王との関係は今後も崩したくはないし相談に乗ってほしいしな。もちろん困り事があればオレやお前達で協力するつもりだし、この関係はこれから先も変わらん。我が家で食事がしたければいつでも振る舞うし……いずれは共に酒を呑み交わすのもいいかもしれないな」


「ふむ。では近々義母の誕生日がある。其方を我が友として紹介させてもらっても良いか?できればジーナやニルデには料理を用意してもらいたいが」


「最近ではピーナも配膳を手伝うんだ。ピーナも料理を、セストはライナーと一緒に石鹸やシャンプー作りをしてくれ。プレゼントとして持って行こう。オレはそうだな……王都や王家の写真でも用意しようか」


 写真となれば国王としても是非とも欲しいが、自分の誕生日にでもプレゼントしてもらおうとこの場は我慢する。

 クレートと召喚者達を招いての誕生日となれば今までにない異世界盛りの一大イベントとなり、忘れられない思い出となるだろう。


「其方と呑める時を楽しみに待つとしよう」


「母も喜ぶと思いますわ」


 こうして王家との関係は良好なものとなり、のちにクレートは源泉を発見してそこの開拓を始める事になる。


 ブラーガ家での十日に一度だった食事もクレートが開拓を進めるにつれて二十日に一度となり、国王や王妃は残念がるものの温泉ある家が完成すれば泊まりに行く事もできると、その時を首を長くして待つ。

 王家が一般家庭に泊まりに行くのもどうかとは思うが、クレートの元であれば国のどの場所よりも安全である為問題はないだろう。


 また、クレートを引き込もうとする貴族達の勧誘をなくそうと、クレートを召喚勇者ではないとして王都を離れると説明。

 クレートの国に対する態度からさまざまな噂が広まり、センテナーリオ精霊国の求める勇者ではなかった、目的のない召喚に怒りを覚えて王都を離れるのだとして貴族間では囁かれるようになる。

 しかし貧民街のすぐそばの家を頻繁にというよりは毎日訪れ、国王夫妻は二十日に一度お忍びで料理を楽しみに来ていたりもするのだが、デニスと世話係以外には知らされていない。

 仮に王都で見かける事があったとしても、村を興す為に物資の買い付けに来ているとされ、日中クレートは王都にいない事から貴族が接触する事もできない。

 そして以前クレートを敵に回した男のように召喚者に手を出そうとした貴族もいたのだが、魔法を使える子供達はそう簡単に捕らえられる事はない。

 あっさりと逃げられただけでなく、その後はクレートの報復が待っている。

 これもまた貴族間での噂が噂を呼び、国に愛想を尽かして出て行くのだとして召喚勇者としてではなく、召喚者クレート=ブラーガとしての存在がこの国に定着する事となった。

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