第173話 クレート=ブラーガ
さて、この日の目的である色相竜討伐に向けて軽く身体をほぐすクレート。
色相竜がどれほどの個体であるかはわからないが、情報から考えられる強さであれば今のクレートの力でも討伐する事は可能だろう。
多くの精霊召喚士が色相竜討伐の際に命を落とし、結果敵わなかったとしても、デニスの力を見る限りではそれも仕方のない事かもしれないと思ってしまう。
色相竜はモンスターとしても恐ろしいまでの強さを持つだけでなく、魔法の力が元いた世界の精霊魔法に近いものと予想される為、出力の低いセンテナーリオの精霊魔法では到底太刀打ちできるものではない。
せいぜい二流の冒険者が放つ魔法威力と同程度、それを精霊が制御する事で出力を底上げしているのだろうと考える。
クレートの精霊魔法出力が以前の半分程度の威力とはいえ、デニスの出力に比べれば天と地程の差がありそうだ。
「じゃあ色相竜を殺してくる。デニス、子供達を頼んだぞ」
「ああ。死ぬなよ、クレート」
色相竜の強さがわからない以上は子供達の事を信用のできるデニスに預けるべきだと声を掛けたクレート。
もちろん死ぬつもりはないが、倒し損ねて王都に被害を出そうものなら子供達も行き場を失ってしまう。
命を賭して色相竜の討伐を成功させる必要がある。
「シエンよ。竜狩りの時間だ。力を貸せ」
クレートの二枚巻かれた腰布のうち外側の一枚が持ち上がり、形状を変形させて巨大な翼へと姿を変える。
そして背中にしがみつくよう姿を現したのは炎の精霊シエン。
さらに鞘からは光り輝く小さな魔法陣が形成され、クレートの装備の硬質な部分が紫色に輝きを放つ。
これまでデニスにさえ見せた事のないクレートの戦闘モードがこの光り輝く姿であり、巨大化したシエンの背中からは炎が噴き荒れる。
通常時クレートが発動する精霊魔法とは違い、属性魔法陣を展開した場合には精霊【魔導】となる。
翼を一度はためかせたクレートは爆風を纏って急上昇し、空高い位置から急降下しながら色相竜が棲むという山へとその向きを変える。
恐るべき速度に精霊国の重鎮達もこれが勇者の力かと信じて疑わない。
上空を舞うクレートの魔力に反応し、これまで眠りについていた真っ青な色相竜が目を覚まして起き上がる。
想像よりも大きな色相竜に驚きの表情を向けるクレートだが、かつて見た最強とされる竜に比べれば大したものではない。
そして物理攻撃も通用するであろう色相竜であればクレート一人でも勝てない相手ではないだろうと剣を握りしめて精霊魔導を錬成、翼を広げたクレートよりも巨大な豪火球を射出する。
色相竜に向かって真っ直ぐに放たれた豪火球に対し、色相竜も口内に魔力を集めて魔法を錬成し、氷結のブレスを吐き出した。
しかしクレートの精霊魔導は色相竜のブレスでも相殺しきれず、威力は減衰したものの胸元へと直撃。
胸から腹部、右前脚にかけて紫炎が燃え上がる。
絶叫する色相竜と、追い討ちに斬撃を加えようと下降するクレート。
色相竜の魔力が膨れ上がり、広範囲に冷気を放出すると紫炎を払い除けて空へと舞い上がる
凍てつく程の冷気を纏った色相竜と背中に掴まるシエンから炎を噴き流しながら加速するクレート。
色相竜の周囲の水分が凍りつき、氷の礫として展開されたと思った瞬間、体を翻してその巨大な翼を利用した氷の散弾がクレートへと撒き上げられる。
その氷の礫一つ一つに多くの魔力が込められている為か、クレートの熱量を持ってしても簡単に溶けるものではない。
目の前に迫る氷弾を精霊剣で払い除け、加速度を殺されたクレートは火炎の防壁を展開して大量の礫を破壊する。
自身の翼を守る必要もありここで無理に攻める必要もないと判断した為だ。
クレートの知る飛行戦闘においては上空を取る事こそ優位であるはずだが、色相竜はその優位すら上回る能力を持つ事に驚きと面白さを感じる。
粉砕した氷の礫が顔を掠めた事で傷を負いつつも、魔王から与えられた装備には傷一つ残らない。
顔の傷も回復能力を持つクレートであればそう時間もかける事なく癒す事もできる。
体を翻した色相竜は下方を舞っており、上空にいるクレートに敵意を向けながら様子を伺っている。
色相竜が空を舞いながら山に近付くだけでも木々が白く凍りついていく事から、相当な冷気を纏っているのだろう。
並みの人間であれば近付くだけで凍りつきそうだ。
クレートの耳に付けられた神器リルフォンに表示される色相竜の纏う温度はマイナス160度程となり、およそ人間が耐えられる温度ではない。
空を舞いながら水分を凝固させ続ける事で氷の礫も巨大になり、色相竜の周囲に展開していつでもクレートの攻撃に備える事ができるよう準備も整えている。
クレートが防壁を解除して空を再び舞い始めると、警戒を強めた色相竜も加速し、背後から迫るクレートに向けて展開した氷塊を一つずつ射出。
しかし向かって来る氷塊を全て打ち払う必要もなく、その飛行性能の高さから全てを躱しながら色相竜へと迫る。
どうやら向かい合うよりも背後から迫る方が色相竜には有効なようだ。
氷塊を全て射出し終えたところでクレートはファントムを出現させて左右から色相竜へと向かう。
全身をシエンの熱量で包み込む事で氷結を防ぎ、斬撃を振るおうとしたところでクレートの本体に気付いた色相竜が横向きに振り返ると同時に左前脚を振り向ける。
それを高度を上げて回避したクレートはファントムが通用しなかった事を少し考え、展開された冷気とクレートの熱量の差から気付かれた事に少し落胆する。
ファントムスキルと色相竜の相性もあるが、初の全力戦闘でこれまで訓練したスキルが不能となれば落ち込まないはずがない。
飛行を続けつつ色相竜との距離にだけ気を付けながら左右の爪での攻撃を回避し、背面飛行となった瞬間を狙って質量魔法を使って一気に距離を詰め、唐竹に斬撃を振り下ろす。
胸元に深い斬り傷と紫炎を燃え上がらせながら落下していく色相竜と、その後を追いつつ背面側へと回り込むクレート。
翼を使って上手く体を返した色相竜は地面へと四足で着地し、上空を見上げるもクレートはそこにいない。
次の瞬間首の後ろに衝撃が走り、首を振られて地面に倒れ伏す色相竜。
「なかなか頑丈だな。精霊剣で斬れないとはかなりの強度だ。だが……弱い」
地面に降り立ったクレートはそう呟くと、ファントムを諦めて魔法のみで戦う事を決める。
実力が半減していようと勝てない相手ではない。
咆哮をあげる色相竜に向き直り、吐き出された氷のブレスに豪火球で返すクレート。
最初よりも出力の高められたブレスは豪火球を相殺し、凍てつく冷気が吹き荒らされるもクレートは熱量によって相殺。
互いの出力が拮抗するものの、クレート自身はまだ切り札を出してはいない。
いや、切り札と言うべきか、もう一段出力を上げられる他にも切り札があると言った方が正しいか。
また他にも攻撃力を上げる手段があるものの、色相竜相手には必要もなさそうだ。
モンスターを嬲るような趣味はないが、安定した能力を発揮できる今の状態で魔法や魔導を行使できるのであれば、もう少し付き合ってもらおうと色相竜との戦いを続行する。
再び空へと舞い上がった色相竜を追って複数の魔法を同時展開するクレート。
攻撃には最も出力の高い精霊魔導を使用するも、飛行には翼を変形させる物質操作と揚力を得る為の風、さらには上昇と下降を加速させる質量魔法とを同時に発動する事で高い飛行能力を発揮する。
竜種も属性を持ちつつも、あの巨体を軽々と持ち上げるだけの飛行能力と考えれば何かしら別の魔法も使用しているはずだ。
スキルによる属性能力に加え、おそらくは出力は低いものの魔法としての能力を持つのではないか。
個体によって飛行能力にも差があり、翼を巨大化させる個体、魔法によって飛行能力を高める個体とさまざまなな竜種がいるのではないかと考えた。
これには他のモンスターの魔核の接種が必要であり、食性のない竜種がモンスターを食らうのは力を得る為である事にも結びつく。
そしてこの色相竜【青竜】は飛行能力がそこそこに高く、翼が極端に大きくはない事から後者であろうと予想する。
これもまた面白いと色相竜を追い回し、豪火球に十烈炎弾、炎波砲に紫炎剣とさまざまな精霊魔導を駆使して色相竜を追い込んでいく。
青竜も氷結の魔法で防御と攻撃で抵抗するも、それだけでは通用しないと判断し、上空に打ち上げていた氷弾をさらに膨れ上がらせて巨大な氷塊を広範囲に渡って降り注がせる。
高位精霊魔導士の殲滅級とも思える魔法ではあったものの、青竜に比べれば小さな存在であるクレートからすれば付け入る隙の多い雑な魔法でしかない。
この殲滅級の魔法に対して青竜に接近する事でこれを回避。
魔法の行使に魔力を放出する青竜の脳天目掛けて紫炎剣を振り下ろし、質量を増大させると共にシエンの背から噴き出す炎を最大噴射。
脳天から腹下まで斬り裂くと、青竜は紫炎に包まれ燃え上がった。
クレートの戦いに打ち震えるセンテナーリオ精霊国の面々。
色相竜をも物ともしないその強さにただただ畏怖の念を抱くのみ。
その力を我がものとしたい、精霊国に取り込みたいという欲望に満ちつつも、勇者として過ごすつもりはないというクレートの意志に国王は友として共に歩もうと心に決める。
勇者を強要してもし敵に回してしまえば……
クレートの敬愛するという魔王から引き剥がしただけでなく、拒絶するクレートを強引に国に引き込もうとした場合にどうなるか。
人間を害する事を魔王は良しとしないとは言うものの、部下や仲間を大切にするという魔王が部下を害する者がいた場合にはどのような指示を出しているかはわからない。
想像するに、敵と判断すれば、魔王に害なす存在であると判断すれば滅ぼす事も厭わないとの指示があるかもしれない。
属性は違えどかつて精霊国の精霊召喚士を半数も失っても尚討伐する事が叶わなかった色相竜を、たった一人で、それもこの短時間で討伐したクレートはこの世界で最強の存在である事は確実だろう。
敵に回す事だけは絶対に避けなければならない事は今この時に誰もが知ったはずだ。
たとえ色相竜によって王都が襲われる事があろうとも、部下ではなく友としてそばにいるだけでも子供達に笑顔を与える優しいあの男の事だ。
何の見返りがなくともきっと助けてくれる事だろう。
勇者として国に受け入れるよりも友として手を取り合う事が何よりもクレートの力を借りられる。
欲の強い貴族達は是が非でも引き込むべきだと声をあげ、何かしらの行動を起こす者もいるかもしれないが、爵位を剥奪してでもクレートを敵に回す事だけは避けなければならない。
これから貴族の全ての者に厳命しておく必要がありそうだ。
そしてデニスと共にクレートの戦いを見守っていた召喚者の子供達はというと。
「クレパパ強すぎ!かっこいい!」
「強い強いとは思ってたけど予想以上だな。なんだあれ。クレパパが魔王の側近であの強さって事は魔王はどんだけ強いんだ?」
戦いを観戦しながらキャッキャと騒いでいたようだ。
「やばい。惚れちゃいそう」
「だめよ。先生は私のだからニルデにはあげない」
「ジーナ姉のじゃないしー!あたしだって負けないしー!」
ジーナもニルデも年頃の娘であり、優しくて強いクレートを慕っているだけでなく、その想いには好意も含まれているようだ。
とはいえこの二人がクレートに想いを伝えたところで、可愛い娘が嬉しい事を言ってくれるとさらりと流されるだけだろう。
「二人ともこんなとこでやめてよ!お偉いさん方が見てるから!デニス様も何か言ってくださいよ!」
「やばい。惚れそう」
「いや、何言ってんですか!?クレートさんは男なんですよ!?」
「いや、クレートは美形だしな……って冗談だぞ?本気にしないでくれ」
ジーナとニルデの争いはおさまったものの、デニスに向ける目は気持ち悪いものを見るような怯えた目であり、冗談だったとはいえ真に受けられてはさすがに困る。
デニスはおっさんに軽く足を突っ込んだような年齢をしている為これくらいの冗談は気軽に口にできるものの、色恋に耐性のない二人にはこの手の冗談は受け入れられないらしい。
どうやら普段からクレートを知る彼らは、この色相竜討伐に全く不安を覚えていなかったようだ。
その後は野営地へと戻って来たクレートと一緒に昼食を摂り、センテナーリオ王都を見渡せる展望台からその景色を楽しんだ。
しかし色相竜を倒せるだけの力を見せたクレートを手駒にしたいと思う者も多いだろう。
今後子供達に近付こうとする者もいる事が予想され、何かしらの自衛手段を用意する必要があるだろうとクレートは少し警戒を強めていた。
それが王妃のようにお菓子を作ってほしいなどの悪意あるものでなければ問題はないのだが、力を欲しての接触となれば話は別だ。
今回の色相竜の魔核から子供達の武器や魔法の道具を作る事を考えておく。
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