第68話 敵討ち

「さて。気付いてんのにあいつら行かせるって事はなんか理由でもあんのかな?モンスターにしてはおかしいよな〜」


 そう呟くディーノは隠れる事をやめて巨獣系モンスターへと歩み寄る。

 すると巨獣はディーノの言葉に反応してかその目を開き、「ゴオォォォォ」と息を漏らすと前足を起こして立ち上がった。

 目の前にするとこれまで対峙してきたモンスターとは隔絶する存在であると思わせる、凄まじいプレッシャーと殺意を感じるディーノ。

 恐怖すら覚えるその迫力にディーノは獰猛な笑みを浮かべて前に出る。


 巨獣が一歩前に踏み出すと、ディーノもユニオンを逆手に持って駆け出し、爆音と共に姿を消した直後に接触、巨獣の右爪をディーノはユニオンで受けるも圧倒的なまでのその膂力から遥か後方に弾き飛ばされた。

 風の防壁を操り生い茂る木々をすり抜けながら体勢を立て直したディーノが大木に着地すると、巨獣も咆哮をあげながらディーノを追って向かって来る。


 先の一撃から考えれば巨獣の知覚する速度域はディーノにも対応できる程のものであり、振われる前足はディーノの動作速度をも超える程。

 ディーノは先の戦いから心配していたユニオンの刃先が潰れていない事を確認し、足場にしていた大木が爆散する程の風を放って巨獣に向かって加速する。

 この急加速時の方向転換は容易なものではなく、咄嗟の敵の攻撃には対応できないという不便はあるのだが、並のモンスターでは知覚できない程の速度で空を突き抜ける事が可能だ。

 しかし今対峙するモンスターはそのディーノの速度にも対応できる超生物であり、向かって来るディーノに対して再び右爪を叩きつけようと前に突き出す。

 これに対してディーノは風の防壁を膨らませる事で受け流し、巨獣の腕を転がりながらユニオンで斬り付け、その後方へと抜けると防壁を足場として巨獣を後方から追う。


 空を駆けるディーノと自然落下により地面にに近づいていく巨獣。

 巨獣の死角から駆け寄ったディーノはその背後から首へ向かって跳躍すると全身を使ってユニオンを薙ぐ。

 肉ではない硬質な何かとしか言いようのない手応えを感じながらもその表皮を斬り裂いたディーノだが、首への衝撃を感じた巨獣は体を前方に傾けながらも左前足を大きく後方に薙ぎ、その爪はディーノの前方を通り過ぎていく。

 その隙を突く為、自由落下では間に合わないと防壁を使って一気に急降下するディーノ。

 巨獣の胸へとユニオンを突き立てようとするもあとディーノの身の丈分が届かず巨獣の右爪がディーノを捉える。

 だがこれをただ受けるディーノではなく、防壁を爆破しつつユニオンを逆袈裟に斬り上げる事で直撃を避け、振り抜かれる腕に当たってその軌道が逸れていく。

 グルグルと回転しながら飛ばされるディーノと瞬時に起きあがろうと体勢を立て直す巨獣。

 ディーノが着地するよりも早く立ち上がった巨獣は、深く屈むとディーノ目掛けて一気に跳躍し、バランスの取れていないディーノへと右爪を横に薙ぎ払う。

 なんとかその一撃をユニオンで受けるも、耐えきれずに背中に深い傷を負い、血を撒き散らしながら遥か後方へと弾き飛ばされたディーノ。


 巨獣は空に向かって勝利の咆哮をあげた。




 ◇◇◇




 クランプスを探しながら領域内を彷徨うアークトゥルスとアリス、フィオレの六人。

 ディーノが巨獣系モンスターと戦い出した事で周囲の木々はざわめき、爆音と衝撃音が轟き、人とモンスターとの戦いとは思えない程に大地は揺れ響く。


「おいおい、ディーノがおっ始めやがったのか?こりゃまずいぜ、モンスター共が湧き出てきやがった」


「全部相手にすんのは無理だ。向かって来る奴だけ片付けるぞ」


 コルラードにカルロが答えると、アリスとフィオレも武器を構えてモンスターに備える。

 最初に向かってきたキャット系モンスターの目をロッコの矢が貫き、地面に転がったところをコルラードがトドメを刺す。

 それから一拍遅れて向かってきたリザード系モンスターをカルロが受け止めアリスが炎槍で貫き、空から舞い降りてきた巨鳥系モンスターをフィオレが射ち落としてネストレが首を刈る。

 咄嗟の連携だが各々自分の役割を果たすだけであればこの程度のモンスターは問題なく討伐できる。

 しかしこの混乱に紛れて現れたのは討伐しようと探していたクランプスであり、無傷の一体とフィオレが狙っていた多くの傷をもつクランプスだ。


「見つけた。僕の敵……僕の仲間を殺したクランプス!」


 弓矢を番えたフィオレは瞬時に矢を放ち、それを易々と躱した傷のあるクランプスは、以前逃した獲物だと気付いたのかもう一体のクランプスに向かって何か声ともとれる音を発する。

 どうやらクランプスにも意思疎通を図る言葉があるようだ。


「フィオレ落ち着いて。焦ると一瞬でやられるわ」


「おいアリス。お前ら二人で本当にあれ一匹やれんのかよ。相当やべぇぞこいつぁ」


 アリスもカルロもクランプスと対峙して初めてわかるこのモンスターの危険性。

 恐ろしいまでの実力を兼ね備えた人間に近いモンスターであり、身近なところで言えば殺意を放つディーノに近い存在であると感じさせられる。


「アークトゥルスはやれるの?私とフィオレは……大丈夫。抑えてみせるわよ」


「俺達も何とかしてみせるさ。正直勝てるかどうかも怪しいところだがな」


 アリスが魔鉄槍バーンを右に引くように構え、そのすぐ右後ろにフィオレが弓矢を番えてクランプスに備える。

 アークトゥルスも盾を前に突き出したカルロを先頭に、右にアタッカーのコルラード、左に遊撃をするネストレ、背後には回復役兼牽制を担当するロッコが弓矢を番える。


 傷のあるクランプスがフィオレに向かって駆け出すとアリスも同時に前進し、フィオレはアリスを目眩しにして左へと抜けながら矢を放つ。

 フィオレが視界から隠れた事で警戒したクランプスはインパクトが付与されているであろう矢を躱した事で減速し、そこへシーフに近い速度を持つアリスが接近。

 足元を狙ってバーンを横に薙ぐと、クランプスは跳躍する事でそれを易々と回避する。

 跳躍により次の回避行動が難しくなったクランプス目掛けて放たれた矢が直撃し、インパクトスキルにより体勢を仰け反らせたところに、後方に引いたバーンから炎槍を突き放つアリス。

 クランプスは咄嗟に体を捻る事で直撃を避け、左肩を貫いた炎槍はそのまま左腕ごと焼き落とした。


 絶叫するクランプスは後方へと退避し、それを追ったアリスは前進しながらバーンを薙ぎ、跳躍したところを再びインパクトで仰け反らせて炎槍を突き放つ。

 しかし同じ攻撃も二度目となるとクランプスも学習し、炎槍を自身の顔を掠めるに留めてバーンを掴んでくる。

 そのまま引き寄せられたアリスだが、バーンを右手に掴んだまま太腿に装備していたナイフ【フレイリア】を抜くと、クランプスの左目へと突き刺して胸を蹴る。

 クランプスのバーンを掴む手が緩んで後方へと跳躍して着地したアリス。

 目の痛みに苦しむクランプスをインパクトで跳ね除け、ナイフを収めたアリスは再びバーンを構えて前進し、炎槍によりクランプスの胸を貫いたのだが最後の悪足掻き。

 バーンを掴んだ手で雷撃を放ち、全身を貫く衝撃にアリスも膝から崩れ落ちた。


 これ程までに強力なスキルを持つクランプスであれば、一気に畳み込まなければアリスとフィオレに勝ち目はなかっただろう。

 作戦通りに戦いを運ぶ事はできたのだが、最後の最後に雷撃を受ける事になってしまった。

 フィオレはすぐさまアリスに回復薬を掛け、もう一つの回復薬を飲ませてから仰向けに寝かせておく。

 意識はまだあるものの、雷撃による麻痺で動く事も言葉を発する事もできずにいるのだ。

 今もまだ戦闘中のアークトゥルスの応援をしようとフィオレは立ち上がる。




 ◇◇◇




 アークトゥルスが対峙するのは傷のないクランプスだが、スキルがまだ判明していない為迂闊に近付く事もできない。

 傷のある個体同様に雷魔法であるサンダーボルトを使用する個体であれば触れる事さえ危険である。

 しかし傷がない個体であるが故に戦いによる経験が少ない事を意味しており、そのスキルも初撃から判明する事になる。

 両手を広げたクランプスは複数の氷槍を周囲に展開し、それを掴んで槍投げのように投げつけてくる。

 その恐ろしいまでの膂力から放たれる氷槍の威力は盾を構えるカルロが後方に押し退けられる程に強烈なものであり、盾に当たって砕けた氷の礫が周囲に飛び散る事でコルラードもネストレも前に出る事ができない。

 ロッコも同様にカルロの頭上から頭を出そうものなら狙い撃ちされる可能性もある。


 最後の氷槍が盾に打ち付けられると、その直後にクランプスからの体当たりを受けて後方に倒れるカルロ。

 カルロを押し倒した事で隙のできたクランプス目掛けてコルラードは唐竹に大剣を振り下ろし、ネストレは足の付け根を斬り付けるも、大剣が当たるよりも早くその下を潜り抜け、ダガーはわずかに掠めるのみ。

 クランプスの素早さはアークトゥルスの想像を超えるものであったものの、カルロの背後にいたロッコの矢が真正面から放たれると、頭を横に振り向ける事で顔面への直撃を避けるも首筋に深く突き刺さり、ロッコを跳ね除けて前方へと転がり込む。

 立ち上がったクランプスは首に刺さる矢を強引に引き抜くとその痛みから怒りの咆哮をあげた。


 クランプスに押し倒された二人が起き上がり再び陣形を整えると、盾を持つ左腕に凍傷を負ったカルロにロッコが回復スキルを発動。

 再び氷槍を作り出すクランプスに備えようと身構えるアークトゥルスだが、真横から射ち込まれたインパクトによりクランプスは大きく体勢を崩す事となり、これを好機と見たコルラードが距離を詰めて大剣を右に薙ぎ払う。

 咄嗟に右腕でガードしたクランプスの強度は高く、大剣を受けても斬り裂かれる事はない。

 それでも構う事なく力任せに大剣を振り切りクランプスを浮かせると、エアレイドを発動したネストレが首筋目掛けてダガーを振り抜く。

 しかし頭を抱えるようにしてガードされた事で強靭な手の甲に傷を残すのみ。

 再び矢を番えたフィオレを警戒してクランプスはバックステップをして距離を取る。


 フィオレのインパクトは絶好のタイミングであったにも関わらず、この攻撃が全て受け切られてしまったのは、クランプスの動きに身構えていたアークトゥルスの初動が遅かった為だろう。

 これが元々連携を取る事を前提にした戦いであれば今ので決着がついていたはずだが、想定よりも遥かに早いアリスとフィオレの決着はアークトゥルスにとっても予想外の事なのだ。


「おぅフィオレ、早えじゃねぇか。アリスはどうした」


「アリスは雷撃を受けて少し休んでる。クランプスは時間を掛けるよりも速攻で挑んだ方が倒し易いみたいだよ」


「って事は敵討ちは済んだんだな。おめでとさん」


 ネストレの言葉にロッコやカルロも続き、「ありがとう」とフィオレも笑顔を見せる。


「それよりもディーノの戦闘音が聞こえないんだ。あの巨獣の咆哮が聞こえたからもしかしたら……」


「確かにな。あいつがそう簡単にやられるとは思えねぇが一人じゃどうにもなんねぇ可能性もある。早いとここいつを片付けて手伝いに行ってやるか」


 唸り声をあげるクランプスに向かって武器を握りしめるアークトゥルスとフィオレの臨時パーティー。 

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