第67話 言葉は選ぶべき

「……とまぁ、そんな事があったんだよ。これがその魔核な。だからフィオレが狙ってるクランプスは危険領域内にいる」


 コトッとテーブルに置いた青い魔核を見て誰もが呆れた顔をする。

 なぜかこの日も食事に参加したヴィタも「これがクランプスの……」と魔核を覗き込みながら呆れ顔を見せている。

 クランプスの魔核は人型なモンスターの為かは不明だが、他のモンスターに比べると小さく宝石のように透明度が高い。


「ガハハッ。何がそんな事があっただよ。一匹殺ってきてんじゃねぇか」


 笑う熊男コルラードはディーノの戦いを見ておらず、クランプスとも戦った事がない為ディーノの話を面白そうに聞いていた。

 しかしディーノの実力を知る者は調査ついでに一体を軽く討伐して来た事に呆れるしかない。

 クランプスの強さを知るフィオレなどはディーノが無傷なのかを確認する為にペタペタサワサワと体を触り出す。

 慌てたアリスがフィオレの手を止めに入ったのだが、ディーノは見ての通り無傷である。


「安心しろフィオレ。クランプスとはいえ不意を突けば瞬殺できるんだからさ」


「それはお前だけな」とネストレからツッコミが入るも話を先にすすめるディーノ。


「でな、ちょっと条件が変わってオレの知らない巨獣系モンスターがいたからさぁ、そいつを誰かが抑えないとまずいな。オレか、アークトゥルスのどっちかが相手する事になるけどどうする?」


「その巨獣はディーノに任せる。ディーノが知らねぇって事は余程珍しい個体だろ。俺らぁクランプスを倒してみるからよ」


 アークトゥルスとしては巨獣系モンスターの方が戦いやすいのだが、図鑑を読むのが好きだというディーノが知らないのであればどんなモンスターかはわからない。

 もし素早さに特化、魔法系スキルに特化していた巨獣であるとすれば苦戦するどころか全滅する可能性もある。

 前回戦ったイスレロも地属性スキルを持つモンスターであった事からかなりの苦戦を強いられる事となったのだ。

 また、これを完全に抑えきれなければ他の者にも迷惑が掛かってしまう。

 それならば一人でも抑えきれる可能性の高いディーノが臨むべきだと、カルロはクランプスを受け持つ事にする。


「あとはアリスとフィオレだな。今日の討伐はどうだった?」


 この日は二人のみでのモンスター討伐に向かったアリスとフィオレ。

 紹介してもらったクエストは近場という事でBB級モンスターではあったものの、素早いモンスターの討伐であった為、クランプスとの戦闘を想定したものと考えればそう悪くもないだろう。


「すごく戦い易かったわ。私がここだと思うタイミングで隙を作ってくれるから完璧な位置で狙えるんだもの。フィオレはとても優秀なアーチャーよ」


「僕はアリスの強さに驚いたよ。回避能力の高さと魔法スキルの使い方がすごく上手いんだ。だから僕は射線上にアリスが入らないように注意して矢を射るタイミングを測るだけだったもん」


 どうやら二人の連携は上手く噛み合ったらしく、思うように戦いを運べたようだ。


「じゃあアリスと組めば勝てそうか?」


「どうかな、わからない。でも気負いなく戦えるから余裕はあるかも。それにアリスの攻撃力ならクランプスに大ダメージを与えられるよ」


 フィオレのように遠距離戦闘を得意とする者は戦いの全体を見る必要があるのだが、危機的な状況に追い込まれれば視野が狭くなりやすいものであり、気負う事なく戦えるようであればどんな状況でも対処しやすい。

 アリスとの連携が上手く機能すればクランプス相手にも充分通用するとディーノは考える。


「それならなんとかなりそうだ。フィオレは敵討ちを成功させるといい」


「うん。ありがとうディーノ。アリスもよろしくね」


「こちらこそ」と笑顔を向け合うアリスとフィオレは仲が良さそうだ。

 そこにヴィタも混ざれば綺麗で可愛らしい三人が集まってなんとも微笑ましい空間が広がる。

 そんな三人を見て、ロッコは現在フリーであるヴィタに目を付けたようで声を掛ける。


「ヴィタはダヴィデの事、残念だったね。もし良ければ……今度僕と一緒に食事をしないかい?」


 やはり女好きと思われたロッコがヴィタを誘い、これに対してディーノは何の気無しにこう告げた。


「ヴィタはやらん。悪いけど他を当たってくれ」


 完全に誤解を生むようなセリフを吐いたディーノだが、優秀であるヴィタは今後貴族などの上流階級の者と繋がっていくものと考えており、色恋沙汰で躓くべきではないと判断していたディーノは言葉を選ばずに言ってしまった。

 他人から聞けば「オレの女だ」とでも言っているようなものである。


「英雄色を好むたぁよく言ったもんだぜ。なあお前ら。ガハハッ」


 コルラードがそう言うと、アークトゥルスのメンバーは楽しそうに笑い出す。

 ロッコも「仕方ないね」とあっさり引き下がる事から軽い気持ちで声を掛けたのだろう。

 ヴィタも誤解をしているようで頬を赤く染めており、フルフルと震えるアリスは泣きそうである。


 この後泣き始めたアリスを連れ出して、誤解を解くのに苦労するディーノだった。




 ◇◇◇




 日が上り始める早朝に出発したディーノ達とアークトゥルス。

 馬車二台での移動となるのだが、ディーノ達の馬車ではなぜか御者席に三人座っている。

 肩が当たって窮屈なのだが、アリスはディーノの隣がいいと言い、フィオレはアリスの隣がいいと言う。

 これでは狭いままの移動となってしまう為、ディーノが提案する乗り方での馬車の旅となる。


「なんで縦なの……」


「並びが横から縦になっただけだろ」


 横が狭ければ縦に並べばいいと適当な事を考えたディーノは、幌を二枚広げて座る席を前後に配置し、馬車で縦並びに座るという方法を取る事にした。

 どう考えてもおかしな並びなのだが細かい事をディーノは気にしない。

 馬車を停めてアークトゥルスからは何やってんだあいつらと冷めた表情を向けられているのだが。


 昼過ぎになるとディーノがここから先は危険と判断した位置まで到着し、周囲にモンスターがいない事を確認して野営地をこの場所に設ける事を決める。

 馬を連れたままクランプスに挑むわけにもいかない為、馬車から外してこの場に繋いでおき、餌として飼葉を与えておく。

 もしこの場にモンスターが来た場合には馬を殺されてしまう可能性もあるが、括り付けた紐に切り込みを入れておけばいざとなれば逃げる事も可能なはずだ。

 飼い慣らされた馬である為、人間が呼べば戻って来る事もあるだろう。


「じゃあここからは歩きになるけどすぐに戦闘になる可能性もあるから食事は無しだ。携帯食は忘れずにな」


 ディーノの指示にモシャッと携帯食を噛み締めるコルラードは無視して、進む順番も指示を出す。

 ディーノを先頭にカルロ、フィオレ、アリス、コルラード、ロッコ、ネストレの順に一列に並んで進む事にし、ネストレには後方の警戒をしてもらう。

 カルロには前方の盾役をしてもらい、フィオレとロッコには弓矢での牽制をしてもらうつもりだ。


 大型のモンスターも危険領域から出て来たと考えられており、やはり草木が倒され踏み潰されている部分が多く、歩き進むのもそう難しくはない。

 列を乱す事なく進んでいき、危険領域付近に捨てたクランプスを確認しに向かうと、食い荒らされた状態で死体が転がっていた。

 モンスターの多いこの場所では仕方がないとは思うのだが、討伐しても素材回収隊が近寄るのは危険かもしれない。


「ここから先が危険領域になるから気を付けろよ。強力なモンスターが多いし戦闘も避けられないと思う。長期戦だけは避けて一気に叩き潰すつもりで行こう」


 ひっそりと話すディーノの声は一人一人伝言のように伝えられ、ロッコのところで吹き出すような声が聞こえたのはコルラードが妙な事を伝えた事が原因だろう。

 正しく伝わったかはわからないが、もう一度伝えたところでまた同じ事が起こるかもしれない為そのまま進む。


 前方に死肉を貪るモンスターを発見したディーノは音もなく近寄り瞬殺し、その後も発見したモンスターの命を次々と刈り取っていく。


「おいディーノ。お前一人で全部殺っちまってんじゃねぇかよ。ちょっとは後ろに回せや」


「いいけどできる限り静かにな」


 仕方なく暗殺するのを諦めてモンスターを釣る事にしたディーノは、顔を出したまま石を投げつけて襲い来るモンスターをカルロに回す。

 キャット系のモンスターの飛び掛かりを盾で受け止め、フィオレの矢が弾き飛ばし、アリスの炎槍が体ごと貫く。

 見事な連携であっさりと討伐を済ませるが、自分も戦いたいコルラードがこっちにも回せと指でちょいちょいと招く。

 次のスネーク系モンスターを釣ってカルロがその牙を受け止め、フィオレの矢がその巨体を跳ね除け、コルラードの大剣が空を斬る。

 普段とは違いフィオレが跳ね除けた事でその一撃を外してしまったようだ。

 やむを得ず返す刃でその頭を両断し、一撃で倒せた事からアリスに向けて勝気に笑う。

 どうやら同じアタッカーとして対抗意識を燃やしただけのようだ。

 ロッコとネストレもやるのかと思ったが、必要ないならわざわざ金にならない討伐はしなくていいとの事。




 その後も何体か討伐をしながら奥へと進んでいくと、昨日ディーノが見た巨獣系モンスターがそこにいた。

 所々に体毛が生えているものの岩を思わせる硬質な表皮を持つ巨獣であり、先日ディーノが戦ったイスレロよりも一回り小さなモンスターではあるのだが、隆起した筋肉はその巨体をも軽々と動かす事ができるであろう強靭なもの。

 間違いなく尋常ではない素早さを持つ巨獣であり、通常の冒険者が挑んでも傷一つ負わせる事なく全滅する事になるだろう。

 敵意を見せる事なくその場に伏せたその巨獣に誰もが震え、汗が噴き出す程の存在感を放つその巨獣は竜種にも匹敵するのではないかと思われる。

 中位とも上位とも判断をする事はできないが、アークトゥルスとしてもイスレロを優に超える危険な存在であると認識する。


「これはオレが相手にするとしてもまずはクランプスも見つけないとな」


「いや、ディーノはこいつを頼む。俺達ぁクランプス探しに向かうからよぉ」


 そうとなればディーノはこのままこの巨獣を相手に戦闘するだけなのだが、クランプスと戦うアリスとフィオレのサポートが出来なくなる。

 しかしアリスも今ではS級冒険者であり、これまで数々の強敵を相手に死線を潜り抜けて勝利を収めてきたのだ。

 クランプスが相手とはいえアリスを信じて送り出すべきかもしれない。


「アリス。クランプスはかなり強いモンスターだけど、いつも通り敵の動きをしっかり見て戦えばアリスなら大丈夫だからな。フィオレもサポート頼むぞ」


「うん。ディーノも頑張って」と答えるアリスとコクコクと頷くフィオレ。

 ディーノの代わりにネストレが先頭に回り、風の防壁が使えるアリスが最後尾を進む事にしてクランプスを探しに進んでいく。




◆◆◆




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 ストックが尽きましたので、今後は書け次第投稿とさせて頂きます。

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