第69話 クランプス戦

 氷属性スキル【フロスト】をもつクランプスと対峙するアークトゥルスとフィオレの臨時パーティー。

 フィオレのインパクトを警戒してか近付いて来る気配が見えない事から、カルロの指示でこちらから仕掛ける事にする。

 先頭のカルロが盾を構えてジリジリと歩み寄り、その背後からいつでも斬り掛かれるようコルラードとネストレが控え、ロッコも油断なくクランプスへと矢で狙いを定めている。

 フィオレはロッコの背後から姿を隠しながら合図を待つ。

 しかしこの時点でまだ誰もが気付いていない魔法系スキルの危険性。

 氷属性であろうと他の属性であろうと最大威力を発揮するのは直接攻撃でのスキル発動であり、それを得意とするモンスターの魔法系スキルは恐ろしいまでの攻撃力を有する。


 前傾姿勢でアークトゥルスに備えるクランプスは全員の動きに注意を向けながら、手元に少量の魔力でフロストを発動する。

 互いの距離があと数歩となったところでカルロの合図と共に駆け出す三人。

 同時にその隙間から矢を射るロッコと、体の大きなコルラードに隠れていたフィオレは、横から飛び出すとわずかに遅れてインパクトを付与した矢を放つ。

 ロッコの矢に注意を向けた為にそれを払い除けたクランプスは、インパクトにより右へと体を傾けたところでカルロが体当たりをぶちかます。

 人間よりも一回り程大きいだけのモンスターである為、カルロの体当たりでも押し倒す事は可能だ。

 背中から倒れ込んだクランプスにネストレが腹部に向けてダガーを突き下ろし、一撃の重いコルラードの振り下ろした大剣は右腕によって防がれるも、その威力により上腕から右肩へと深い切り傷を残す。

 ネストレのダガーが腹部へと突き刺さった事でクランプスは苦しみの叫び声をあげ、右腕を振り抜く事で大剣とネストレを同時に払い除ける。

 倒れたクランプスをこのまま立ち上がらせるものかとコルラードは大剣を振り回し、身を起こそうとしたところを顔面目掛けて大剣を真横に薙ぐ。

 しかし素早さのあるクランプスはこの一撃にも対応してみせ、左腕で受けると転がり込むようにしてその威力を逃がす。

「カルロ抑えろ!」と叫ぶも、カルロとネストレは腕を押さえて蹲っており、どうやらフロストを直接打ち込まれた事で体の表面を凍りつかされてしまったようだ。

 その痛みに二人とも大粒の汗を流しながら少しずつ侵食していく氷結に苦しんでいる。

 ロッコが駆け寄って回復スキルを発動するものの凍りついた腕には効果が薄く、氷を溶かすか他の属性スキルによる相殺をする必要がありそうだ。


 立ち上がろうとしたクランプスに再びフィオレが矢を射るも、発動したインパクトは地面を大きく抉るのみ。

 転がりながら強引に飛び退く事でこれを回避する。

 両腕と腹部にダメージを負ったクランプスは唸り声をあげながらコルラードとフィオレを警戒し、距離をとってから最初のインパクトで刺さった矢を引き抜いた。


「まずいな。やっぱ俺らは魔法系の奴と相性が悪りぃみてぇだ」


 先の戦いで地属性スキルをもつイスレロとの戦いでは、コルラードも意識不明の大ダメージを負ってしまった事から苦手意識が強い。

 しかし魔法スキル系モンスターが相手であろうと物理攻撃職でも勝てないという事もないのだが、素早さや防御、攻撃に魔法と全てにおいてバランスよくステータスの高いクランプスともなればそれを上回る力で圧倒するしかない。

 アリスの場合は魔法攻撃という一点のみ上回る事で勝利を収めているのだが、以前のサジタリウスとの戦いから人間に対する油断もあった事は否めない。

 もう一度同じように挑んだところで勝利できる可能性はそう高くはないだろう。


「僕のインパクトじゃ倒す事はできないから隙を作るか時間を稼ぐくらいしかできないよ。コルラードさんに頑張ってもらわないと」


「そんじゃ俺が奴に一撃くれたとこでインパクトを頼むぜ。かなりリスクはでけぇがまともにやっても勝てねぇだろうからよ」


 フィオレがコクリと頷いた事を確認してコルラードはクランプスに向かって走り出す。

 傷の痛みから冷静さを欠いたクランプスとはいえこのわずかな時間でも戦闘を経験した個体である。

 コルラードの一撃の重さもフィオレのインパクトの厄介さも理解した上で二人を迎え討つ。


 接近するコルラードの素早さはそれ程高くない為クランプスもフィオレの動きに注意を向けながら駆け出し、コルラードの右袈裟が振り下ろされようという瞬間に左側から飛び出したフィオレ。

 クランプスは斬撃とインパクトを同時に耐えようと自身の左側へと身を寄せながら左右の腕でガード体勢をとると、コルラードのスラッシュによる斬撃がクランプスの左腕へと振り下ろされる。

 その威力、重さにより地面に叩きつけるとバウンドしたクランプスへとフィオレのインパクトが射ち込まれ、そこへ右袈裟から返す刃でコルラードのスラッシュ二撃目。

 地面を滑るように加速したコルラードは弾き飛ばされたクランプスへと接近すると、真横に大剣を薙ぎ払った。

 スラッシュスキルの二連撃ともなれば体に掛かる負担は大きいものの、いざという時にこそ使うべきコルラードの必殺技である。

 体勢を乱されたまま空中を舞っていたクランプスは体を屈めていたものの、その一撃に耐えきれずに顔の右半分から胸、腹部にかけて深い傷を負って地面を転がっていく。


 ここでトドメを刺しに駆け込むべきなのだが、引きちぎれた筋繊維の激痛にコルラードは動く事ができない。

 クランプスは追い討ちをさせまいと体を起こし、大量の血を垂れ流しながらコルラードとフィオレに備える。

 そこへ麻痺から解放され傷を癒したアリスが状況を把握して駆け込むも、クランプスの周囲に生み出された氷槍を投げつけられて近付く事ができない。

 やむを得ず全ての氷槍を払い除け、スキルの再使用時間までのわずかな時間に駆け込んだアリスとフィオレは、最後の抵抗をさせないようインパクトで体を払い除け、隙だらけのところをアリスの炎槍で胸を貫いた。




 アリスとフィオレが拳を打ち付け合いながら笑顔を交わし、コルラードの元へと戻ると「アリスに全部いいとこ持ってかれちまったな、ガハハッ」と笑い、体の痛みに顔を歪めながらロッコを呼んで来るよう頼まれる。

 しかしロッコがカルロやネストレに回復スキルを発動しているのを確認し、アリスは自分が持っていた上級回復薬をコルラードの口に流し込んでロッコの元へと急ぐ。


 ロッコは今もまだカルロとネストレの凍りついた腕に回復スキルを発動しており、氷魔法の相殺をアリスは頼まれる。

 魔法系スキルは体内の魔力を利用するものであり、他の魔法スキルによる相殺も可能な事はアリスもよく知るところ。

 自身も雷撃による麻痺を相殺した事で、短時間で戦線復帰する事ができているのだ。

 カルロの腕に魔力を流し込んで魔法スキルを解除するとあっさりとその氷は溶けて無くなるが、凍傷による壊死は回復薬や回復スキルによって癒す必要がある。

 あまりにも大きな傷であれば癒す事もできなくなるのだが、まだ氷結がそれ程進行していなかった事で回復も間に合いそうだ。

 ネストレの氷結も解除し、ロッコの法力を節約する為にも上級回復薬を傷口に掛けてやる。

 煙をあげて傷が癒されていく光景はなかなかに気持ちの悪いものなのだが、普段ロッコの回復だけを頼りにしているアークトゥルスにとっては回復薬の効果は珍しく映ったようだ。


「いやぁまいったな。さすがはアリス、二体共やっちまうとはとんでもねぇな」


「そんな事ないわよ。一体目は作戦通り上手くいっただけだし、二体目は今にも死にそうだったもの」


「それとフィオレにも助けられた。ありがとよ。お前さんが来てくれなきゃ俺達ぁとっくにやられちまってる。感謝しかねぇぜ」


「元々僕がお願いしたクエストだから……アークトゥルスの力になれたなら良かったよ」


 そう笑顔を向けるフィオレは敵討ちも済ませた事でまた少し穏やかになったように見える。

 しかしクランプス二体を討伐したところでまだ安心はできないのだ。


「それよりディーノを助けに行こうよ。今どこかで倒れてるかもしれないし」


 フィオレのこの言葉にアークトゥルスもアリスへと視線を向けるが、アリスは首を横に傾げて遠く離れた木の上を見る。


「ディーノの心配……いる?」


 誰もがアリスの視線を追うと、遠い木の上でこちらを見つめるディーノの姿があった。

 クランプスとの戦いを邪魔しないようにと考えたのか、そこそこ離れた位置で待機していたようだ。

 全員の視線を浴びたディーノは、木の上から空を駆けて近付いて来る。


「みんなお疲れさん。無事勝てたようだな」


「おうおう、そんな事よりあの巨獣はどうしたんだよ。まだ生きてんじゃねぇのか?」


 戦闘音は聞こえなくなったものの、その後もあの巨獣の咆哮や歩行音などは聞こえてくるのだ。

 巨獣系モンスターは間違いなく生きている為、カルロもディーノの安否を心配していたのだが。


「かなり苦戦するとは思うんだけど、殺していいか迷ったから一旦隠れる事にしたんだ。なんか人間くさい意思も感じるあたり、たぶんあの巨獣は獣王国の兵隊かなんかだと思う」


「獣王国!?【ルーヴェべデル】って言やぁ侵略やら戦争好きの危ねえ国じゃねぇか!兵隊って事ぁ【テイマー】系のスキル持ちだろ?そんならどっかに操ってる奴が……」


 ルーヴェべデルは獣王国とは名乗っているものの支配しているのはこの国と同じく人間であり、モンスターを操るテイマー系のスキルを持つ者が多く住んでいる。

 強力なモンスターであれば集団で捕獲してスキルによる懐柔を行う事で自国の戦力とするという。


「テイマーとは考えにくいけどな。あの範囲でスキルが届くとは思えないし一応は探してみたけど見つからなかった」


「だとすりゃ何のスキルだ?」


「さぁな。で、どう思う?あれを殺してもいいと思うか?」


 殺そうとする対象が他国の兵隊ともなれば冒険者のディーノとしても国を揺るがす可能性もある為、考えなしに戦う事も躊躇われる。


「ここは危険領域とはいえ俺らの国だ。不法侵入した上にこっちは迷惑も掛けられてるんだし殺していいんじゃねぇか?そもそも殺すのは人間じゃなくモンスターだしよぉ」


「んー、それもそうか。じゃああまり気にせずやっていいな。みんなは巻き込まれないようにだけ注意してくれ。また後でな」


 未知の巨獣系モンスターと戦いを前に、気負う事なくアリスの頭を撫でてから空へと駆け上がるディーノ。

 先の戦闘によりディーノの装備の背中側が大きく引き裂かれているものの、内側に着ている鎖帷子によって深い傷を負う事はなかったようだ。

 それでも無敵と思われたディーノが傷を負う程のモンスターが相手となればアリスとしても心配であり、祈るような思いでディーノの背中を見送った。

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