第64話 フィオレ
シンガリンの街、昨夜の酒場にて。
「おっせーぞお前ら。もう先に始めちまってるぞ。まったくよぉ、日中からお楽しみか?」
文句を言いながらもカルロは上機嫌そうに下世話な話題を問いかけてくる。
「悪いな。気付いたら時間が過ぎてた」
ディーノは否定せずに遅れた事を謝るが、昨日のように嘘をつく必要はない。
そんなディーノに嬉しそうに寄り添うアリスはとても幸せそうである。
「おいおい何だよこの美男美女はよぉ。俺らが待ってたのはこの二人か?」
そう問いかけてきたのは昼にベッドに横たわっていた、熊のような見た目の男コルラードだ。
「コルラードさんが目覚めたのか。それは良かったな。オレはアークトゥルスの友人でディーノ=エイシスだ。で、こっちのは恋人兼仲間のアリス=フレイリア。よろしくな」
ディーノの挨拶にある恋人という言葉に満足そうに頷くアリス。
そしてディーノに友人と言われた事に気分を良くしたのか、笑顔を向けて席に着くよう促した。
「乾杯前に……飲んじまったけどな。まずは礼を言わせてくれ。イスレロ討伐のみならずコルラードがこうしてまた元気な姿を見せてくれんのも全てお前達、いや、ディーノとアリスのおかげだ。感謝してもし切れない程の借りができちまった。ありがとう。いずれはこの借りは返させてもらうからよぉ。何かあったら言ってくれ」
ありがとうと頭を下げたカルロに合わせてアークトゥルスも続く。
ディーノは自分のような若造に頭を下げて感謝を述べる姿に誠意を感じ、いい人達だなと昨夜の印象を改めた。
「オレ達も一緒に戦えた事を嬉しく思うよ。こちらこそありがとう」
そう返すと、「お前は一人で戦ったろうが」とガハハと笑い出す。
そしてこの戦いに参加していないコルラードが酒を我慢し切れずに、話の腰を折って「乾杯!」と勝手に酒を飲み出した。
熊のような見た目で自由な男でもあるようだ。
ディーノとアリスの酒を注文し、準備されていた店のおすすめ料理が大量に運ばれてくる。
ディーノ達が店に入って来ると同時に料理を作り始めたようで、湯気の上がる料理に食欲も増す。
六人で酒と料理を楽しみながら、アークトゥルスの今後の活動について問うと、シンガリンの街周辺のモンスターはイスレロを討伐する為にもステータスを少しでも上げようと討伐に向かった為その全て一掃しており、明日にはジャダルラックに戻る予定との事。
ディーノとしてはジャダルラックの街でも先にモンスター狩りをしてくれ言いたいところだが、素早いモンスターは全てネストレが討伐する事になる為、パーティーとしての活動ではなくなってしまう。
しかしこの日見たネストレの実力からそれが可能な事もわかっている。
ディーノとアリスはジャダルラックの中心から始めて相当な数のモンスターを討伐しているが、まだ討伐の必要なモンスターは多い為、難易度に関わらず受付嬢から紹介された依頼を受けてくれるようアークトゥルスにお願いする。
「これを聞いてくれるなら今回の貸しは無しな」と言うと、「欲のねぇ奴だな」と笑い、そんなディーノを気に入ってまた酒を注文するカルロ。
女好きだと思われたロッコも、恩人におかしな真似はしないようで、アリスが感じる視線も昨日のものとは違うように思える。
ネストレはディーノからもらったカルヴァドスの酒を飲みたかったそうだが、寝たままだったコルラードに匂いを嗅がせた瞬間に飛び起き、ネストレから酒を奪い取ってグイグイと飲み「美味い!」と言って目覚めたそうだ。
コルラードが起きた事にネストレは抱き着いて喜び、カルロやロッコも涙して喜んだそうだが、その間にクイクイと酒を飲んでいたコルラード。
三人が喜び合っている間に一瓶飲み干していたとの事。
空腹に蒸留酒を一瓶飲んでも平気なこの男は異常な程酒が強いのではなかろうか。
今も熊男はグラスをテーブルに打ち付けて新たに酒を注文している。
だがアークトゥルスの誰もが四人揃っての酒が楽しいようで、出会った時の会話のない酒の席とは違い笑顔のあふれるこの場は本来の彼らの姿なのだろう。
ディーノはそんなアークトゥルスの在り方を羨ましく思った。
◇◇◇
「あ、お帰りなさい!ディーノさん、アリスさん。イスレロの討伐は終わったんですね!?」
ジャダルラックのギルドに帰って来たディーノ達が受付へと向かうと、ヴィタが笑顔で出迎えてくれる。
「ああ、アークトゥルスもこの後来るよ。ヴィタの紹介する依頼を受けてくれるよう頼んであるから、危険度よりも緊急性の高いやつを依頼してくれ」
「ほんとですか?ありがとうございますっ!ディーノさんには感謝しっぱなしですよ〜」
「ま、お互い様な。ヴィタの選んでくれる依頼にオレも感謝してる。バイアルド討伐以外はな、ははっ」
「あいつは討伐してほしいですけど……もうどうでもいいかな。今夜食事行きますよね?楽しみにしてます!」
出発前に食事の約束をしていた為、今夜はヴィタの紹介してくれる店で料理と酒を楽しむつもりだ。
「ヴィタ。飲み過ぎは絶対だめよ。ディーノは私のなんだから」
独占欲を見せるアリスは出発前とは違う事にヴィタも気付き、先を越されてしまったかとぽりぽりと頬を掻く。
しかしアリスとの関係も拗らせたくないと思いつつ、ディーノという有能な男をこのまま逃してもいいのかと少し悩むヴィタ。
恋愛は早い者勝ちではなく奪い合いなのだと考えればまだチャンスはあるだろうと、いろいろと悩めるところではある。
と、そこへ。
「ねぇ、君達がディーノとアリス?もしそうなら少しいいかな」
ディーノ達の背後に立っていたのはアリスと同じくらいの身長をした、ショートカットの銀髪と肌の浅黒さが特徴的な美しい容姿をした女性のよう。
おそらくはバランタイン王国の南部に住む者ではないかと思われる。
見た目に反してハスキーな声をしており、ギルド内でも少し浮いたような存在だ。
背中に弓矢を背負っている事から遠距離戦闘を得意とする冒険者という事がわかる。
「壊滅したSS級パーティー【サジタリウス】のフィオレさんですよ。近々お二人に助けて頂けるようお願いするつもりでしたが、フィオレさんから接触してきましたね」
「クエスト扱いって事になるのか。じゃあヴィタ、また今夜な」
ヴィタの説明にそう言い残してディーノとアリスはフィオレの後を追う。
ギルドの待合席ではなくどこか別の店に向かうようだ。
フィオレはギルドから随分と離れた店に入って席に着き、三人分の飲み物と店のシェフのイチオシ料理を注文。
ディーノとアリスに向かって話し始めた。
「ヴィタから聞いたと思うけど、僕はフィオレ=ロマーノ。SS級モンスター【クランプス】に挑んで壊滅したサジタリウスの生き残りだよ。これまで全てのクエストを達成しているという君達に仲間の敵討ちを手伝ってもらいたいと思ってたんだけど……」
ここで区切ったという事は何か別の問題があるのだろうか。
少し嫌な予感がしつつフィオレの言葉を待つ。
「クランプスがね、複数体いる事がわかったんだ。一体でもSS級パーティーである僕達が壊滅したというのに……さすがに倒すのは難しい、よね」
クランプスとはツノと尻尾を生やした人型のモンスターであり、SS級モンスターの中でも攻撃、素早さ、耐久力とバランスの取れたモンスターであり、さらには個体により属性は異なるが、強力な魔法スキルを使えるという特徴を持つ。
「クランプスか。あれは強かったな……」
「え……ええ!?君は戦った事があるの!?」
ディーノが強かったとこぼせばフィオレも驚愕の表情で問いかける。
ディーノの言葉から察するに、戦った事があるだけでなく今ここにいるという事は生き延びる事ができたという事だ。
フィオレは素早さに自信もあるのだが、基本的に遠距離戦闘を得意とする為クランプスには近付かない事から、サジタリウスが壊滅しても生き残る事ができたのはその為だ。
モンスター図鑑でクランプスの記述を読んだ事のあるアリスも驚きに目を見開く。
「ソロの時に緊急クエストでな。SS級クエストでもこっそり調査って形で紹介してもらって……怒られた」
「怒られたのはその時だったのね。でも強かったっていうのは……」
「無理なら逃げればいいかと思って挑んでみたら思いの外強くてな。本気でやって何とか勝てた」
ディーノが本気で戦って何とか勝てるという強さを持つのであれば、他の冒険者パーティーでも相当な苦戦を強いられる事はアリスにもわかる。
しかしフィオレからすれば勝てたという言葉すら信じられず、理解できない程に困惑しているようだ。
理解できずにいるフィオレをほ、よそにアリスはディーノに問いかける。
「私はクランプスを相手にできると思う?ディーノでも難しいとなると自信ないんだけど」
「一人だと速度に対抗できないだろうな。アリスが知ってるとこだとソーニャよりも早い相手だから……フィオレと連携取れるかどうかかな〜」
「フィオレと連携をねぇ……ちょっと可愛いわねこの子」
戸惑いからキョロキョロと大きな目を向けるフィオレは二人の勝てるかどうかという会話に混ざりたそうな表情だ。
「僕とアリスで連携……取れるかなぁ。まだ戦うとこ見てないけど」
「ま、作戦次第かな。フィオレは重複ジョブか?」
フィオレは横に首を振りながら「僕はインパクトスキルのアーチャーだよ」と答える。
インパクトとは攻撃に衝撃を乗せる事のできるスキルであり、珍しいスキルではあるのだがどちらかと言えば近接ジョブに使用者は多いと言われている。
フィオレの回答に対してディーノが「アリスと相性が良さそうだな」と答えると「ディーノと相性が良くなりたい」と口を尖らせるアリスだが、ディーノは誰かと連携を取るよりもソロが最も強いのだ。
「それと複数体って事ならもうすぐアークトゥルスも来るだろうし、合同パーティーで挑むべきだろうな。もし厳しいようならアリスとフィオレには逃げてもらうけど」
「ディーノとアークトゥルスは?」
ディーノを置いて逃げる事など考えられないアリスなのだが、ディーノが逃げろと言えば逃げなければアリス自身が足手まといになってしまうだろうと逆らう事はできない。
しかしアークトゥルスでも倒せない可能性もあり、逃げるのがアリスとフィオレだけという事は考えられない。
「オレが慣れるまでは一匹抑えてもらう。倒せれば良し、倒せないなら耐えるだけ。耐え切れるようならオレが全部狩る」
「え……一人で?」
最終的に残るのがディーノ一人となったとして、フィオレには本当に勝てるのか信じたくとも信じ切る事ができない。
これまでのディーノは全ての依頼を達成してきたとしても、クランプスの強さはフィオレがこれまで見てきた中でも最上位に位置するモンスターであり、巨獣系のモンスターとは違った戦い難さがある。
「でも今日はまだ無理だな。ユニオンがまだ回復してないから挑みたくない」
そう言って属性剣ユニオンを抜いて刃を見ると、一部刃の潰れた部分が残っている。
先日のイスレロ討伐する際に、最初の一撃目で激しくツノに打ち付けてしまった事が原因で刃が潰れてしまったのだ。
普通の剣であれば刃を潰して新たに研ぎ直す事になるのだが、魔鋼製のユニオンは時間経過で形状が元に戻るのだ。
潰した直後に比べればかなり元に戻っているが完全に直るまでは使用を避けたいディーノ。
「とりあえずアークトゥルスにも協力を依頼しよう。フィオレ、臨時ではあるけど今からオレ達はパーティーだ。よろしくな」
「よろしくフィオレ。先に言っておくけどディーノは私の……彼氏だからね」
「……でも危険なクエストだよ。本当に、いいの?」
仲間を三人も失っているフィオレとしては、危険とわかっているこのクエストに二人を巻き込む事が怖くてたまらない。
カタカタと震える手を握りしめたフィオレをそっと抱き寄せるアリス。
「大丈夫。ディーノは強いもの。私もできる限り頑張るわ」
「ありがとう」と柔らかい笑みを浮かべたフィオレが可愛らしく、アリスは自分がディーノからされて嬉しかったように頭を撫でてやる。
目を少し細めたフィオレは頬を赤くしながらも少しだけ嬉しそうな表情を見せた。
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