第63話 我慢の限界
イスレロを討伐したアークトゥルスは、今も医療所で眠るコルラードに報告に行きたいとの事で、打ち上げを今夜にしようと提案してくる。
しかしせっかくのアークトゥルスとの繋がりである為、彼らの仲間であるコルラードの姿を一目見ようとディーノとアリスも一緒に行く事にした。
医療所は怪我をした場合に回復スキルを施してもらえる施設であると同時に、病気の者や意識のない者などを一時的に預かって看護してくれる場所でもある。
領主の管轄する施設である為、領民の税金によって運営資金は賄われている。
シンガリンの医療所では意識を失って預けられていたのはコルラードただ一人。
病人は別室で看護されており、室内はコルラードの一人部屋のような状態だ。
「よぉコルラード。長え事待たせちまったがやっとイスレロを倒す事ができたぜぇ。だからよぉ、お前もそろそろ起きてくれねぇか……」
カルロが声を掛けるのは眠りについたまま目を開く事のない熊のような男。
すぐそばに立てかけられた大剣は巨獣を相手にしても両断できそうな程に重厚な一振りであり、これまでの戦いを物語る複数の傷痕が残っている。
「コルラードは僕の回復スキルでも目覚めてくれる事はなくてね……どれだけの時間を積み重ねてもあの豪快な笑顔を見る事ができないんだ」
クレリックであるロッコにとっては自分のスキルで目覚めさせる事ができないのはさぞかし辛い事だろう。
表情を変える事はないが、ただ静かに拳を握りしめている。
「こいつは酒が好きでなぁ。今日のこの討伐の話を聞きゃあ酔い潰れるまで飲むんだろうけどよ。普段はうるせぇ奴だがこいつがいねぇと酒も飲んだ気がしねぇんだわ」
ディーノとアリスに向かってそう語るネストレは、コルラードと飲む酒が好きなのだろう、その表情は寂しそうに見える。
そんな三人を見てディーノは自分がしてやれる事が何かないかと考えるが、意識を取り戻す程の神薬などは持ち合わせていない。
しかしもしロッコの回復スキルの出力が足りないだけであれば、ディーノのギフトがその不足分を補えるかもしれない。
ロッコはSS級パーティーのクレリックであり、法力も他のクレリックに比べても相当に高いはずだ。
ディーノの法力値は2000を少し下回る程度ではあるのだが、
「ロッコさん。ちょっと試しに回復スキルを全力で掛けてやってみてくれるか?オレのギフトを渡せば多少の足しにはなると思うから」
「ギフトって……あの物語にあるゼイラムのスキルかい?もしそうならダメ元でも試してみたいね」
ディーノの提案にロッコは賛同し、手を握る事で法力のギフトを贈る。
元々ロッコの持つ法力値は2500以上あり、クレリックとしては相当に高い数値となっているのだが、ディーノがさらにギフトを発動する事で約2000程の数値が上乗せされる。
法力値4500ともなれば、歴代のクレリックを優に上回る程のステータスである。
コルラードの額に手を置いたロッコが回復スキルを発動すると、触れた部分からその膨大な法力を示すよう青白い輝きを放つ。
ロッコのスキル発動時間の限界まで施した回復だったがコルラードは目覚める事はない。
アークトゥルスとしてはわずかに希望を抱いただけにその落胆は大きなものだろう。
「もしかしたらと思ったんだけど……気休めにもならなかったな。ごめん」
「いや、僕達の仲間を気遣って提案してくれたんだ。感謝しているよ、ありがとうディーノ」
ロッコが頭を下げるとカルロとネストレもそれに続いて頭を下げた。
大切な仲間が目を覚まさないのだ、身を引き裂かれる思いだろうと、ディーノも彼らを気にかけ、先に宿に戻ると部屋を出た。
室内からは啜り泣く声が聞こえてくるが、ディーノとアリスにしてやれる事は何もない。
二人は気分が沈んだまま医療所を後にした。
宿までの道のりを馬車で進むディーノとアリス。
沈んだ気分であっても空の陽気は二人を照らし、日除けに幌が欲しいと感じる程に日差しが眩しい。
ポッカポッカと響く馬の蹄の音とガラガラとうるさい車輪の音を聞きながら無言で馬車を進めて行くと、後方から叫び声が聞こえてくる。
「おーーーーーい!待てっ!待ってくれぇ!」
ディーノとアリスは馬車を停め、追って来た一人の男に視線を向ける。
それは先程別れたばかりのシーフ、ネストレであり、息を切らしながら馬車のそばまで駆け寄った。
ディーノは水袋を投げ渡し、蓋を開けてグイッと煽ったネストレは息を荒げたままこう告げた。
「コルラードがっ、寝返りをうちやがったんだ!でも引っ叩いても起きねぇからよ、それで酒を嗅がせれば起きるんじゃねぇかって……お前ら持ってねぇか!?」
ディーノとアリスは旅で野営をする場合もある為、お気に入りのカルヴァドスの酒をいくつか持ち歩いている。
チーズによく合う酒ではあるのだが、他の香り豊かな料理とも相性がいい。
「一瓶でいいか?結構いい酒だし気にいるだろ。ほら、持って行ってやれ」
「なんだこれ!?外国産の酒か!?いや、今はいい!ありがとう、恩に着る!」
そう言い残してまた元来た道を走って行くネストレ。
喜びの涙を流していた事から、コルラードの目が覚めるのもそう遠くはないだろう。
沈んだ気持ちから一転し、笑顔を向け合ったディーノとアリスはハイタッチしてまた馬車を走らせる。
シンガリンの街まで戻って来たディーノとアリスは昼前ではあるが早めの昼食をとり、宿に戻って夕方まで休む事にした。
シャワーを浴びて昨日開けていた酒をちびちびと飲みながら、自分のモンスター図鑑を眺めるディーノ。
宿で休みながらモンスター図鑑を読むこの時間はディーノにとってのお気に入りの時間でもある。
フンフンと鼻歌を歌いながら図鑑を読み漁っていると部屋のドアがノックされ、ネストレがコルラードの目覚めの報告にでも来たかと思いドアを開ける。
「えっと……図鑑……一緒に見たいなと思って……」
ドアの前にはディーノが買ってやったモンスター図鑑を抱えたアリスが立っており、ディーノと同じようにシャワーを浴びた後の為か髪が濡れているようだ。
先程までの冒険者としての装備ではなく、ミラーナと一緒に買いに行ったであろうディーノ好みの綺麗で可愛らしい服装をしている。
「おお、オレも今見てたとこだ。じゃあロビー行くか」
図鑑を取りに室内へと戻ろうとしたディーノだが、その腕を掴んだアリスが上目遣いで懇願してくる。
「ディーノの部屋じゃ……だめ?」
この表情にだめと言えない自分を情けなく思いつつ、部屋に招き入れるディーノ。
借りている部屋の室内はそれほど広くはなく、少し大きめのベッドと、ベッド脇に小さなテーブルと椅子が一脚あるだけで他には何もないような部屋だ。
しかし部屋の入り口側にはトイレとシャワールームが備え付けられており、一人で宿泊するには充分な設備が整っている。
アリスを椅子に座らせてテーブルの上に図鑑を広げ、ベッドに胡座をかいたディーノが覗き込むが少し見づらい。
アリスの背後に立って覗き込んでも部屋が狭く圧迫感がある為また見づらい。
そこで椅子から立ち上がったアリスはベッドへと上がり、うつ伏せになって図鑑を広げてディーノを手招く。
「これなら、見やすいから……隣に来てよ」
「んん、あのな、アリス。オレは男なんだぞ?わかってんのか?」
どう考えても誘われているようにしか思えないのだが、兄ちゃんモードのディーノはアリスを注意すべきだろうと少し眉間に皺を寄せてみる。
するとベッドに座り直したアリスは自分の気持ちを曝け出した。
「だって私……もうディーノ以外考えられないの。男はみんな苦手だけどディーノの事は好き。だから……誰に何を言われても、体で誘ったって言われても全然構わない。ディーノがずっとそばにいてくれるなら……ディーノが私だけのディーノになってくれるなら……私の全てをディーノにあげる」
顔を赤くしながらも笑顔を向けるアリスに、ディーノもベッドに座って胡座をかいてため息を吐く。
「はぁぁぁ……もう、無理だ。兄ちゃん設定も限界。まだアリスが興味を持つまで我慢するつもりだったのになぁ……」
我慢するつもりという言葉に引っ掛かりを覚えたアリス。
「我慢しないとどうなるの?」
「それは……やっぱりあれだろ……アリスの苦手な話なんだけど……簡単に言えば男と女の関係」
ディーノとしてはアリスに対して性的な言葉を使っていいか悩むところ。
しかしすでにミラーナから様々な事を聞かされているアリスは、頭の中での妄想ではあるものの知識だけは豊富である。
「大丈夫。回復薬は煮詰めて来たし毒消しも炙ってあるから。あ、お酒……あった!」
ポケットから回復薬の瓶と炙った毒消しが入った瓶を取り出したところで酒を忘れてきた事に気付いたアリスだが、ディーノがちびちびと飲んでいた酒がテーブルに置かれているのを発見して嬉しそうに顔を綻ばせる。
「そんな事まで知ってたのか……教えたのはミラーナだろ……それ、娼館でしか知られてないやつだからな」
「うん。ディーノに、興味も、ある。今日の戦いを見て抑えきれなくなっちゃった」
えへへと笑うアリスに手を伸ばしたディーノ。
毒消しの瓶を開けて汁を口に含むと、アリスを抱き寄せて唇を重ねた。
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