第62話 ディーノの通常戦闘
アークトゥルスとの臨時パーティーを組んだ翌日の昼三の時。
昨晩は打ち合わせもそこそこに、一晩ゆっくり休んで酒も完全に抜けた万全の状態で戦いに臨む。
討伐対象のいる放牧地へと向かうと、家畜である牛を山のように積んで食事をする一体のモンスター【イスレロ】。
バッファローのようなツノを持ち、立ち上がればそれこそ牛の体長の六倍以上にもなるであろう超巨大な肉食獣がイスレロであり、地属性のスキルを持つ為大地を味方として冒険者を足元から打ち砕く。
SS級モンスターにして下位の竜種に匹敵する強さを持つのだが、小さな人間を食料とする事はない為ギルドの評価する危険度としてはそう高く記されていない。
しかし一度戦闘を始めれば振われる拳は空を切り裂き、大地を破る程の威力を持ち、叩き潰されれば人間などひとたまりもない。
「今から俺達はあれを相手にする事になる。ディーノ、アリス、覚悟はいいんだな?」
「もちろん」
「ミネラトールよりも大きいのね……」
イスレロを前に今にも駆け出しそうなディーノと、これまで戦ってきた中でも最大級のモンスターに少し怯えるアリス。
モンスターを前に対照的な態度を見せる二人ではあるが、勝利を信じて疑わない事だけは共通の認識である。
「ディーノ。お前の言うように最初は一人でやらせてやるがよぉ、危険と思ったらすぐに引けよ。その後はネストレと一緒に俺のサポートに徹してもらう」
「悪いが限界までは挑ませてくれ」
ディーノは普段の穏やかな表情からは一変し、殺意を漲らせてイスレロを見据えている。
アリスでさえ感じた事のないディーノの狂気じみた殺意に、空気が痺れる程に張り詰めている事がわかる。
体内に練り上げた魔力をユニオンへと流し込み爆音を轟かせて一気に加速したディーノは、イスレロに音が届くよりも速くその距離を詰めて斬撃を振るう。
ディーノの刃はイスレロの首元に向けていたのだが、その巨体さ故に首を下に傾げるだけで狙いが外れて巨大なツノと接触した事によりディーノは大きく弾かれる。
そのまま身を翻したディーノは足元に防壁を展開して跳躍し、空中を駆けて再びイスレロに接近。
複数のフェイントを入れながらイスレロを揺さぶり、ディーノを狙って右拳を振り下ろした瞬間に伸び切った腕を回避と同時に斬り付ける。
ディーノからすれば深い傷を負わせたとしても、巨体を持つイスレロにとってはそう大きくない傷であり、斬られたとしても構わずに左の拳を横に振るう。
空中を蹴って後方に回転しながらそれを回避したディーノは地面に着地すると再び爆風を放って再接近。
イスレロの首へとユニオンを突き立て、すぐに退避する。
痛みに怒りを覚えたのか、咆哮をあげてディーノを追うイスレロは拳を地面に叩きつけながら進み、地面に着地しないディーノはタイミングを見計らってさらに加速する。
イスレロの左拳をすり抜けるようにして後方へと抜けていくディーノは左横腹を斬り裂き、地面を滑るように着地しながらイスレロの視界から外れようと左方向へと回り込む。
左向きにディーノを目で追うイスレロだが、視界から外れたままのディーノは空を駆けている為足音も聞こえない。
再接近したディーノの一撃はイスレロの首の後ろへと突き立てられ、痛みと苛立ちからか咆哮をあげて地面を踏み付けた。
地属性スキルにより大地が突き上げられ、イスレロは自身を囲み込む事でディーノを捕らえようとしたのだろう。
しかしディーノは攻撃の直後にはすぐに離れるようイスレロの攻撃に警戒しており、土の檻に閉じ込められる事はない。
そのまま檻を破壊するよう両手を振り回したイスレロは、ディーノを潰した感触がなかった事から再び咆哮をあげる。
イスレロはディーノを探して周囲を見回し、ディーノが地面にフワリと着地した瞬間に屈伸から大地を踏み砕いて飛び掛かる。
同じように前へと踏み出したディーノはイスレロよりも動きが速く、イスレロが地面に足を付いた時には視界から外れており、再び翻弄して次々と攻撃を加えていく。
そのディーノの戦いを見守るアークトゥルスとアリスの四人。
「お、おい、あいつ……本当に一人で戦ってやがるぞ」
「常時エアレイドの使い手がいるとはな……」
シーフのネストレはディーノのあまりの素早さにエアレイドを使用していると思っているようだが、もちろんディーノはエアレイドなど使う事はできない。
「僕には目で追い切れないんだけど。ネストレより素早い人間なんて初めて見たよ」
SS級パーティーであるアークトゥルスのメンバーでさえ驚愕する強さを見せるディーノは、評価値102という脅威の値でさえ表面上の強さを数値化しただけの化け物である。
ディーノの本来持つシーフとしての俊敏値2500を上回る速度に、風属性の加速を加える事で俊敏値だけを計測するなら4000を優に超えている。
爆風の出力次第ではさらに加速する事も可能だが、直線的な動作でしかない為俊敏値とするならまた話は違ってくる。
「これがディーノの本当の強さ……」
初めて見せるディーノの本気の戦いにアリスの胸は高鳴るばかり。
これまで行動を共にして来たアリスでさえも震える程の強さを見せるディーノは、通常の冒険者とは次元の違う存在として映る。
すでにイスレロが圧倒され始めているような状況であり、攻撃を加えられるたびに叫び声をあげ、何度もディーノに抗おうと拳を振るうも全て回避されてしまう。
傷を負うごとに動きは鈍り、攻撃も単調になり動作範囲も狭まっていく。
しばらくしてイスレロがバランスを崩して後方に倒れると、そろそろ頃合いかと判断したディーノは待機するアークトゥルスの元へと戻って来た。
「ふぅっ。結構削れたと思うからあとは頼むよ。アリスも頑張れよな」
この日は珍しく額に汗を流し肩で息をする程に消耗したディーノだがその表情にはまだ余裕があり、アークトゥルスはそんなディーノに畏怖の念を抱きながらもイスレロを倒そうと武器を強く握りしめる。
アリスは惚けたような表情でディーノを見つめ、これから戦おうという時にも関わらず集中力を欠いており、何かを求めているような表情にも見える。
そんなアリスを心配になったディーノは少し考え、必要ないとは思ったが確実に勝てるようアリスの手を握る。
「
「え……」とディーノの言葉に違和感を覚えたアリス。
アリスに続いてカルロとロッコにもギフトを贈り、ネストレには初めての
立ち上がって唸り声をあげるイスレロに向けてアリスの背中を押してやる。
「パーティー戦だから打ち合わせ通りしっかりな。アークトゥルスと声を掛け合いながらやるんだぞ」
戸惑いながらもアークトゥルスのメンバーと共にイスレロへと向かうアリス。
カルロの「いくぞ!!」という掛け声と共にイスレロとの戦いに臨んだ。
イスレロの一撃に対してパーティーの立ち位置を考えて横に逸らすカルロと、相手の懐に飛び込んで遊撃するネストレ。
ネストレに攻撃が及ばないように隙を作ろうと矢を射り、合間にカルロに回復スキルを発動するロッコ。
臨時で入ったアリスと完璧な連携は難しいだろうと、打ち合わせ通りカルロの合図に合わせて攻撃に専念したアリスは、攻撃力の欠いたアークトゥルスにとって予想を遥かに上回る出力を有している。
放たれる炎槍の威力は凄まじいものであり、その巨体さから攻撃の通りにくいイスレロの体内へと次々とダメージを蓄積させていき、臓腑を焼き焦されたイスレロは大地を揺らして倒れ込む。
大量の血が口から溢れ出ると、巨大な目からも生気が失われた。
この勝利に抱き合って喜び合うアークトゥルスのメンバーはアリスをも抱き寄せようと手を伸ばすも、それだけは絶対に嫌だと距離を取る。
そこに「お疲れ様〜」と労いの言葉を掛けながら近付いて来るディーノに向かって駆け出したアリスはその胸に飛び込み、勝利の喜びをその抱擁によって味わうあたりは強敵との戦いのご褒美とでも思っているのかもしれない。
またはロッコを警戒して関係を見せつける為かもしれないが。
そして抱きつきながら戦闘前に感じた違和感を確認しようとディーノに声を掛ける。
「もしかしてディーノ……自分には
「お、おぉ、よく気付いたな。ちょっと自分を追い込むつもりでそのままやった」
ディーノの返答に全身が粟立つ程の戦慄が走るアリス。
ギフトを贈られた三人とネストレの四人パーティーで挑んで尚もかなりの苦戦を強いられたというのにも関わらず、まだ動きの鈍っていないイスレロを相手にスキルも発動せず翻弄し続けたディーノ。
あまりにも規格外の強さにアリスは胸の高鳴りが収まらない。
息が荒くなるのも構わずディーノに顔を埋めるアリスは以前よりも随分と大胆になってきている。
ディーノとしてはアリスに異性としての意識が向いてしまう為困るのだが、これがアリスにとっての勝利の余韻の浸り方なんだろうと諦めた。
「いやぁ、まいったぜ。臨時でパーティーに入ってもらったつもりだったんだが完全にお前らに持って行かれちまったなぁ、がははっ」
そう笑うカルロはディーノのギフトには気付いていないようだ。
ディーノがイスレロを弱らせていた事で受けるダメージが低下しているとでも思っているのかもしれない。
同じようにカルロを回復していたロッコも気付く事はないだろう。
アークトゥルスと拳を打ち付け合い、この勝利の喜びを分かち合う。
「ディーノもアリスも大したもんだぜ。俺らが今まで会った中じゃ一番の強さじゃねぇか?」
ネストレの言葉に間違いないと頷くカルロとロッコ。
SS級パーティーやS級冒険者でも、上位の者と下位の者ではその実力は天と地程の差があるのは言うまでもない。
アークトゥルスが中位のパーティーと考えれば、ディーノもアリスも上位に位置するとネストレは考えている。
しかし上位者と考えられたアリスから見ればディーノの存在はその枠にも収まらず、常識で考えても届く事のない遥か高みに至っていると考える。
そう思うとさらに興奮が増して息を荒くするアリスなのだが、「汗をかいたから匂いを嗅ぐな」と引き剥がされて不満そうな表情を向ける。
しかし引き剥がされても興奮冷めやらぬアリスは、帰ってシャワーを浴びればまた抱き着いても問題はないのだろうと前向きに考える事にした。
やや危険な思考に走り出したアリスはどこに行くのだろう。
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