第61話 SS級パーティー【アークトゥルス】

 バイアルド事件から十日が過ぎ、一日に数件という脅威のペースで依頼をこなし続けたディーノとアリスは、ジャダルラックギルドでも最も有名な二人となっていた。

 依頼の難易度問わず全てをその日のうちに達成し、報酬を受け取るのと同時に新たなクエストを受注していくのだから注目を浴びるのも当然だろう。

 受付嬢のヴィタもディーノとアリスを特別贔屓にしているのだが、失敗の多い冒険者パーティーでは妬みや僻みもあるとはいえ何も言う事ができない。

 そんな中、ジャダルラック唯一のSS級パーティー【アークトゥルス】が挑んでいるモンスターの討伐に協力してほしいと依頼される事となった。

 アークトゥルスは現在、討伐予定のモンスターがいる【シンガリン】という街に滞在中との事で、三人では手に負えないとS級冒険者の応援をギルドに要請しているとの事。

 それならばディーノも臨時パーティーとして参加するのに不都合はなく、アリスもここしばらくは変態以外の男であれば普通に会話する事ができている為問題はないはずだ。


「ディーノさん。この依頼が終わったらまた食事でも行きませんか?討伐のお話を聞かせてください」


「ああ、今日中には帰って来れないし明日以降にはなるけどどこか美味い店を紹介してくれよ。アリスもいいよな?」


「いいけど……ヴィタは飲み過ぎ注意ね」


 ヴィタはバイアルド事件があった日の酔っ払ってからの記憶がなく、翌日はディーノを誘惑するような事もなかった為アリスはその後も食事に誘ってみたのだが、ヴィタは酔いが回るとかなり大胆な性格になるようで、アリスとしてはディーノを誘惑されてしまうのではないかと気が気ではないのだ。




 シンガリンまでは馬車で半日以上もかかる為、朝クエストを受注して準備を整えてから向かったとしても、到着は昼七の時を過ぎてしまう事が予想される。

 ジャダルラックでの依頼を受けるたびに目的地が遠くなってしまうのは仕方がない事であり、討伐のペースも落ちてくるのは当然だ。

 討伐してそのまま帰って来る事もできなくはないのだが、この日は現地で臨時パーティーを組んでの討伐である為、戦闘前にも準備を整える必要があるだろう。


 馬車を走らせるディーノは臨時とはいえパーティーを組むのかと少し思うところがあるようで、いつもの落ち着いた様子ではなく心なしかソワソワとしているように見える。


「ディーノもしかして緊張してる?」


「うーん、実はオレ、他のパーティーって知らないんだよな〜と今気付いた」


 冒険者登録時からオリオンとして在籍し、ソロになった今は同行という形で何人かを連れてクエストに行く事はあったが、他のパーティーがどのようなものなのかは知らない。

 緊張しているのかと問われればそうなのかもしれないと思うディーノ。

 そのうえオリオン以外のSS級パーティーであり、一人欠いている状態とはいえその実力は確かなものだろう。

 そんなパーティーが苦戦するようなモンスターであれば、ここしばらく死線を潜り抜けるような事がなかったディーノにとっては強敵に挑める絶好の機会とも言える。


「今度は嬉しそうな顔ね……何を考えてるのかしら……」


(まさかヴィタの事じゃないわよね)と訝しげな表情を向けるアリスはここしばらく色恋に興味津々であり、ディーノに好意を持ちつつもヴィタのように誘う勇気はない。


 しかしディーノが考えているのは今回のクエストでの戦いであり、パーティー内でどう立ち回ろうかと思考を巡らせている。

 アークトゥルスのメンバーは前衛のナイトとファイターに中衛のシーフ、後衛にクレリックアーチャーとバランスの取れたパーティーではあるのだが、現在はアタッカーであるファイターが意識不明という事で攻撃力に欠ける状態にあるとの事。

 ディーノのジョブはウィザードシーフセイバーであり、回復以外の全てを補う事ができる為どのポジションでも問題はない。

 しかし同時にウィザードランサーであるアリスはディーノ以上の攻撃力を持つアタッカーであり、アークトゥルスの不足分を補って余りある能力を有する。

 このままではディーノの活躍する場がないのではないかと不安になりつつも、アークトゥルスにはこの討伐を成功させたいという思いが強いだろうと、オリオンの時のようにある程度消耗させるまで任せてもらえるよう提案しようと考えた。

 また嬉しそうな表情で妄想するディーノを見て、アリスは更に不安を覚えているのだが当人は気付いてはいないようだ。




 シンガリンに到着したのは予定よりも少し遅い昼八の時。

 アークトゥルスが滞在しているという宿を二部屋借り、近くの酒場にいるとの情報をもらって足を運ぶ。


 シンガリンで最も繁盛する酒場との事だが客は誰もおらず、アークトゥルスの三人だけが席に着いて酒を飲んでいた。

 やはりこのクエストに苦戦している為か会話もほとんどないような状態で飲んでいるのだが、冒険者の装いをしたディーノ達に気付いて手をあげて席に招く。


「ジャダルラックギルドから来てくれた冒険者はお前らか?随分と若いが……俺達が要請したのはS級のはずだぜ?」


 アークトゥルスは冒険者としては古参のようで、歳はおそらく三十代後半と思われる。

 酒に酔っているとはいえ歴戦の猛者を思わせるような雰囲気を醸し出し、立て掛けてある得物も使い込まれた相当な業物のようだ。


「二人ともS級だから安心してくれ。オレはディーノ=エイシス。今の所属はラフロイグだがドルドレイク伯爵から指名依頼を受けてジャダルラックに来ている。よろしく頼む」


 先輩冒険者には言葉の使い方を気をつけるべきかとも考えたが、アークトゥルスの雰囲気から普段通りの話し方で挨拶をしたディーノ。

 アリスに視線を向けて挨拶を促す。


「同じくアリス=フレイリアよ」


 ディーノは(それだけか?)とも思ったが、初対面の男達に対して挨拶をしただけでも上出来である。

 少し慣れれば普通に話すようになるだろう。

 このアリスの挨拶に「いいなぁ兄ちゃん。こんな美人と一緒に旅ができて。羨ましいなぁ、毎晩お楽しみだろ」と、やはり下世話な話をしてくるあたりがアリスの男嫌いな理由でもあるのだが。

 しかしディーノはここはあえて否定する事なく「まあな」とだけ返しておく。

 下手に否定してアリスに手を出されそうになっては今後いろいろと面倒な事になるかもしれない。

 アリスはこのディーノの返答に顔から湯気があがるのではないかという程真っ赤になるが、それはそれで真実味が帯びたようで「いいねぇ若いってのは」と少し場が明るくなった。


「俺達はもう酔っ払っちまってるからよぉ、討伐は明日だ。だからまあ飲めよ。応援に来てくれた礼に驕らせてくれや」


 店員からグラスを持って来させた男はドバドバと酒を注いでディーノとアリスに押しやり、全員で乾杯してから自己紹介を始める。


「まずは俺。アークトゥルスのリーダーでナイトのカルロだ。期待してるぜお二人さんよぉ」


 髭面で強面のこの男は少しバイアルドを思い出してしまいそうで、今のディーノもアリスも少し苦手な見た目である。


「俺ぁシーフのネストレ。歳ぁ食ったが素早さならまだ誰にも負けねぇよ」


 この言葉にピクリと反応したディーノは、シーフならまず街の周囲にいたモンスターを討伐しろとでも思っているのだろう。

 アリスにはディーノの表情から苛立ちが読み取れた。


「僕はクレリックアーチャーのロッコだよ。よろしくね」


 身なりの綺麗な話しやすそうな男だが、アリスに視線を送り続けているあたりは女好きな男なのだろう。

 少し警戒する必要がありそうだ。


「もう随分前になるがファイターのコルラードがやられちまってな。まだ意識が戻らねぇんだ……あいつがこのまま意識が戻らなかったり何かしらの後遺症が残るようなら俺達は引退だな」


 そう言って酒をグイッと煽るカルロは少し寂しげな目をしていた。

 ロッコによる回復を施ししても意識が戻らなかったとなると頭を強く打ち付けたのだろう。

 傷が癒えても意識が戻らないという事はあり得るのだ。


「けどな、コルラードがやられてこのまま引き下がる訳にはいかねぇ。最後になるかもしれねぇがあれだけは倒さねぇと気が済まねぇんだよ」


 やはりやられたまま引き下がるのは冒険者らしくはない。

 ましてやSS級パーティーにまで上り詰めたアークトゥルスのメンバーであれば尚更だ。


「でだ、お前らは何ができる?俺らはコルラードを欠いてるせいで攻撃力が足りねぇんだが」


「オレはウィザードシーフセイバーで回復以外ならどのポジションでも対応できる。それとアリスの方はウィザードランサーでミネラトールを倒せるだけの攻撃力がある」


 ミネラトールを倒せると聞いて驚くアークトゥルスの三人。


「あれを倒すとは、すげぇな嬢ちゃん。しかも二人ともウィザード……ディーノはなんだって?」


 やはり重複ジョブも三つともなれば理解の範疇を超えるらしい。


「元はシーフなんだけど属性武器を持った事でウィザード、素早さは変わらないからシーフ、あとは武器が剣だからセイバーって事でウィザードシーフセイバーだ。それで提案なんだが……」


 ディーノは自分のジョブについて説明し、そのうえで自分が望む形での討伐を提案する。

 もちろんモンスターを翻弄して体力を奪う事が目的であり多くのダメージを負わせるつもりではあるのだが、最終的に討伐するのはアリスを含めたアークトゥルスのメンバーである。


「俺達は構わねぇがよ。本当に一人でやる気か?」


「ああ。もしかすると巻き込むかもしれないから一人でいい。まあオレが早々に倒れたら助けてもらう事にもなるんだけど」


 頭を掻きながら苦笑いするディーノだが、アークトゥルスとしては自分達がこれまで苦戦していたモンスターを相手に一人で挑もうというディーノに対して、自惚れがある若造という過小評価をする。

 ディーノの持つ雰囲気から相当な実力者である事はわかっても、自分がS級であると自惚れていては今後の成長はないだろうと、もしディーノが言うように早々に倒れる事があるようなら、先輩冒険者としても叱責してやろうと考える。

 ディーノとアリスがアークトゥルスをどう思おうと、冒険者としては後輩を思いやる事のできるなかなかにいい男達なのである。


 その後もまた酒を飲みながら翌日の討伐の作戦をとアークトゥルスとアリスの連携の取り方について話を詰めていく。

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