第60話 魅力的な誘い

「今日もお疲れ様でした!今夜は浴びる程飲んじゃいますよ〜っ!」


 ジャダルラックギルドに近い酒場にて、ヴィタと一緒に飲む約束をしていたディーノとアリスは、ご当地料理と地酒を大量に注文して傷心のヴィタを慰めるつもりでいるのだが。


「なんか元気になったか?あんなに落ち込んでたのに」


「無理してるのよ。言わないであげて」


 ヴィタを気遣う二人だが、すでに立ち直ったヴィタは酒をグイッと煽ると二人に向かって笑顔を向ける。


「ご心配お掛けしてすみませんでした。おかげ様で私はもう平気です!もう何て言うかですねぇ、お二人の戦いを見たらもう悩むのも落ち込むのもバカらしくなってしまって〜あはは〜」


 ディーノとアリスは視線を向け合い、実際にヴィタは立ち直れたのだろうかと疑問に思いつつ、美味しそうに料理を頬張る姿から本人がそう言うならと気遣うのをやめる。

 せっかくの受付嬢との酒の席であり、ギルドで把握しているジャダルラックの現状を聞き出すいい機会である。


 まずは昨日この店で噂を聞いた竜種の存在についてだが、実際にジャダルラックから馬車で東に半日程行った先にある【ワルターキ】という街に住み着いているそうだ。

 人的被害としては最初に挑んだ複数の冒険者や街の警備の者達だけとの事で、街人は全て他の村や街へと避難しているそうだ。

 竜種はそう多くの食料を必要とせず、地脈に流れる大地の力を吸い上げる事で糧としているとモンスター図鑑には書いてあった。

 食事をするのは暇潰しのようなものだろうとも書いてあったが、それが本当かどうかは定かではない。


 次にディーノとアリスが倒すべきモンスターの数を聞いてみたところ、他の冒険者達が自分達でクエストを選んでいる為、頼みたい討伐依頼はまだ二十件以上もあるとの事。

 そのうちいくつかは討伐失敗扱いになっているものもあるそうだが、中には元SS級パーティーであるサジタリウスの一人が仇として狙っているものや、ジャダルラック領唯一のSS級パーティーであるアークトゥルスが一人を欠いた状態で挑んでいるものなど、それらは臨時としてパーティーに参加して討伐を頼みたいと考えているらしい。

 元々はそれ程多くのモンスターが出現するような領地ではなかったのだが、先の竜種が出現してから危険領域の方角から大量に出現するようになったそうだ。

 ここ最近ではその出現は収まったと考えられているようだが、危険領域内がどうなっているのかは調査が入れない為わからないとの事。

 これからまだ数日から十数日程度は討伐の日々が予想されるのだが、ディーノにはそう長く滞在する時間はない。

 あと一月と少しもすればラフロイグ伯爵の護衛依頼が予定されているのだ。

 他の者に依頼する事もできるのだが、ディーノとしては自分がした約束事はできる限り守りたいと考えている。

 アリスとヴィタにも護衛依頼の約束がある事を伝えると、アリスからはまだ一月以上もあるじゃないと気楽な答えが返ってくる。


 ある程度の情報を得たディーノとアリスは、ラフロイグでの話や自分達の冒険の話をヴィタに聞かせ、ジャダルラック領が落ち着いたら遊びに来いよと誘ってみる。

 この誘いにヴィタは、この絶望の淵にあるジャダルラックで、ディーノとアリスに出会えた事で希望が見えてきましたと笑顔を見せた。

 そしてこの酒の席が楽しくなってきたヴィタは料理も堪能しながら次々と酒を注文し、水でも飲むかのようにクイクイと酒を煽っていく。

 顔色が変わらない事から相当飲める口なのかもしれない。


「それにしても良いですね。恋人同士で冒険者なんて幸せそうで羨ましいです」


 ヴィタは何か誤解をしているようだが、仲良く冒険をしているディーノとアリスを見れば誤解を受けても仕方がないのかもしれない。


「恋人同士じゃないけどな。仲間ではあるけどパーティーですらないし」


 ギルドの決まりで冒険者はソロ、または三人以上のパーティーで登録する事とある。

 ディーノとアリスの二人ではパーティー登録ができない為、ソロの限定期間が過ぎた今でもディーノはパーティーを組む事ができずにいるのだ。


「私は……こ、恋人でも……」


 尻すぼみになるアリスの声はディーノの耳には届かなかったが、アリスとしてはディーノに好意を抱いている為望むところである。


「恋人じゃない……もしかして私にもチャンスがあるのでは?」


「彼氏いるのにチャンスも何もあるか」と返したディーノに、「昼には別れましたよ」と苦笑いするヴィタ。

 話すつもりではなかったようだが、ダヴィデとは最近付き合う事になったばかりらしく、まだ食事に何度か行っただけの仲との事。

 そして元々ヴィタとバイアルドとは恋敵?のような関係だったそうで、付き合う事が決まった事でバイアルドは諦めるものと思っていたそうだ。

 ディーノ達がクエストに向かってからしばらくして、ギルドを訪れたバイアルドに腹の一つも刺してやろうと、ヴィタは手に持っていたフォークで襲い掛かったとの事だが失敗に終わったという。

 ヴィタのフォークから身を挺してバイアルドを守ったのがダヴィデであり、「もう彼無しでは生きられないんだ」などと言われてしまっては別れる他ない。

 バイアルドに熱い眼差しを向けるダヴィデを見てどうでも良くなったらしい。


「ですからジャダルラックにいる間だけでも私の恋人になってくれませんか?私をディーノさんの好きにしてもらって構いませんので」


 この誘いに「え、いいのか?」と少し乗り気なディーノと「ディーノの好きにって何を!?」と困惑するアリス。

 ギルドの受付嬢をするだけありヴィタも周囲が目を惹くような美人でありスタイルもいい。

 アリスからミラーナとの関係も娼館に行くのも禁止されていたディーノは、この魅力的な誘いにグラリと心が揺れる。

 しかしヴィタが宿の場所を説明し始めた事でさすがにアリスもディーノが泊まりに行くのではないかと気付き、そんなの絶対に嫌だと拒絶する。


「アリスさんが一緒でもいいですけど」


 このまさかの誘いに戸惑うアリスは動揺のあまり「ディーノ、どうすればいいの!?」と問いかけてくるが、冒険者仲間に手を出すつもりのないディーノは何も答えられない。


「三人で〜、楽しみませんか?」


 アリスに抱きついたヴィタは耳元で囁くと、そのままスヤァと眠りについた。

 この日どころか昨夜からいろいろとありすぎて疲れていたのかもしれない。

 顔を真っ赤にしたアリスは固まり、ディーノは寝込みを襲うわけにもいかないよなぁと少し残念そうな表情を見せる。

 ラフロイグのエルヴェーラの誘いには乗らず、ヴィタの誘いに乗ろうとするディーノは周囲の目を気にしての事だろう。

 エルヴェーラの場合はギルド内に多くの敵を作ってしまうが、ダヴィデに好意を寄せていたというヴィタなら敵を作る事はない。

 ディーノは色恋沙汰でモメないようザックからいろいろと教えを受けている為、彼なりに考えてこのような基準を設けているようだ。


 ヴィタをテーブルに突っ伏したまま寝かせておき、ディーノとアリスは酒を飲み直してから帰る事にする。

 まだ動揺から覚めないアリスをこのまま連れて歩くわけにもいかないだろう。

 ヴィタの宿泊する宿の位置は聞きそびれてしまった為、酒場近くの宿に放り込んでから伯爵邸へと帰って行く。

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